39,悪変

二〇三九年六月二十二日午前二時十五分。

三浦 城ヶ島 付近―――。


桜を含めたメンバー4名は、護の能力により日本へと帰還する。その場所は、桜がグレイスの戦艦と別れた根岸湾よりそう遠くない海辺だった。


「それは?」


桜は護に場所を問う。何故ならば、彼は浜辺のとある砂に埋もれた扉を護が足で払ったからだ。


「和樹が数年前に建設した隠れみのの一つだ」


人ひとりが通れそうな扉の側面を、丁寧に護が手で払うと1から9の番号が付属された電子版が現れる。彼はそのままとある番号を入力すると、「ティン」という音と共に、扉が開きだす。


「とはいえ、これだと隠れていないがな」


4名が扉の奥を覗くと、パイプや鉄で覆われた階段が見える。護を先頭に、ゆっくりとその階段を進んでいく。すると4名の視界には、何とか原形を保ったルクス号が一同の視界に飛び込んでくる。


「酷い」と、美幸が思わず口にした。


その光景は、ボロボロになった体で、必死に潜水艦の修理を試みる者と、その手前には臨時で設営された病棟施設でうめき声をあげる負傷者たちだった。


「まったくだ」


4名全員が、声のする方へと視線を移す。そこには、体の至る所に包帯をまとった痛々しいグレイスが居た。彼女は、積み荷と思われる木箱の一つに座っていた。


桜は思わず「グレイスさん!?」と叫び、響鼓きょうこがグレイスの近くに歩み寄り「大丈夫?」と声をかける。しかし、彼女は無表情のまま、ルクス号を見つめたままだった。


一同がグレイスの反応に不安を覚える中、彼女は、急に桜を右手で指を差す。そして――。


「近衛、その子を捕まえろ」と、告げる。


女性陣が驚く中、護は「何故だ?」と、質問する。すると、彼女の視線が4名の方向に向けられた。


「既に聞いていると思うが、アタシの船は大破し、傷を負った者もいる」


「それと桜ちゃんと何が――」


「その要因に“鹿島家”が関係していると言ったら?」


美幸の言葉を遮るグレイスは、桜を睨みながらそう口にする。


「いや、そもそも“鹿島家”は、本当に存在したのか?」


そう呟く彼女は、ルクス号の医務室で起こった出来事を語りだす。



二〇三九年六月二十二日午後一時十一分。

オーロラ ルクス号 医務室


「状況報告!状況報告!艦内にて侵入者発見!動ける戦闘員は速やかに格納庫へ向かえ!繰り返す―――」


サイレンが鳴り響く艦内、桜を除く鹿島家の3名が医務室に居た。


「さっきの衝撃といい一体何が――」


江は医務室のスピーカーに目をやっていると、横に座っていた母の様子がおかしい事に気付く。


「どうしたのお母さん?」


両手を口で抑え、驚愕している江の母親の視線は、薫が寝ているベットだと江が気付き、その方向へと視線を移した。すると――。


「お、お父さん?」


そこには、今まで目を覚まさなかった薫の姿。江も母親と同様に驚き「嘘」と、目に涙を浮かべる。


しかし、様子がおかしい事に、江はすぐ気付く。薫の目は生気を欠き、江の呼びかけにもまったく反応しない。江は急いで薫の元に近寄り、彼の肩に触り「大丈夫?」と、声をかける。


それでも薫からの応答はなかった。江は、艦内の内線電話に手をかけようと手を伸ばす。が、その手は薫に掴まれ、阻まれる。


「状況が変わった」


「え?」


ようやく口にした薫の言葉に、2人は困惑する中、彼の視線はゆっくりと2人に向けられた。そして――。



「主からの命令だ。本日を持って“鹿島家は解散”。各々、あの場所へ集合する事、以上」



その言葉を聞き、江と母親は互いを見つめ合う。互いに溜息を漏らす。それと同時に、母親は自身の長髪をたくし上げる。それと同時に彼女の弱々しい表情は消え、飄々とした表情に変貌した。


「ようやく、この家族ごっこから解放出来た」


今まで何かに束縛されたかのように、彼女は体を大きく伸ばす。江も壁に持たれかけ、安堵する表情になるのだが、何か思い出し、薫に詰め寄った。


「姉さんは?姉さんはまだ“人間”のところに――」


「主から言及はない。つまり、気にする必要はない」


「そんな――」


「それに“姉さん”と言うのは適切ではない。既に、役を演じる必要性はないからな」


その言葉に江は、不安の表情から一変。薫に対し、見下した表情を浮かべ「貴方に何が分かるというの?」と、言葉を発した。


しかし、「理解するつもりはない。カテリーナ」と、江をないがしろにし、母親であった筈の人物に、薫は呼びかけた。


「あの代物は用意出来ているか?」


「オマエに名前で呼ばれる筋合いはない」


カテリーナは自身の懐から、長方形の黒い箱を取り出して、薫に渡す。


「まったく、何故よりにもよって、わたくしが弱い女を演じなくてはならなかったのか」


足を組んで座り、鞄から出した煙草に火をつける。


「嬉々としたオマエのその表情では、計画が崩壊するからだ」


煙草の白い煙を天井に吹くカテリーナは、不満の表情を浮かべた。


「計画ね。以前から思っていた事だけど、その計画とやらに意味があるのかしら?」


「主を疑うのか?不敬ではないか?」


「別に主を疑った訳ではないわ。こうして延命してもらっている訳だし」


「では、何が気に食わない」


「26年前に立案したこの計画。わざわざ、一つの家族をでっち上げて、いざとなったら簡単に解散。その理由と意義を知りたいだけよ」


カテリーナの言葉に、江は「意義ですって?」と、2人に聞こえない声で呟く。


「十分にオマエの発言は不敬だ」


「何故?あの方は自ら、『いいたい事は言え』と、私たちに述べていたのに?」


江は「そんな事は簡単よ」と2人の会話に割り込み「それは―――」



二〇三九年六月二十二日午前二時半。

三浦 城ヶ島 付近―――。


「これが医務室で行われていたやり取り。鹿島江の言葉の途中を最後に、医務室は爆破。カテリーナと呼ばれた女性は、遺体として発見。


残りの2人の遺体は見つからない為、恐らく逃亡したと思われる」


グレイスの言葉に桜は「嘘」と口にしてその場に崩れ落ち、両手で頭を抱え込む。


「これでも彼女に、まったく害がないと思う?」


護は「いや、冷静になれ。この子の反応は――」と、擁護しようとするも「無関係って?なら、彼女は一体何者?父も母も、妹ですら“他人”だった彼女は――」と、口にした瞬間。


「グレイス!」


それまで沈黙を保っていた美幸から唐突な怒号に、グレイスは口を紡ぎ、周囲は委縮した。心が壊れた桜を除いて――。


「言い過ぎよ」


重い空気が漂う中、暫しの沈黙が流れる。


「いいえ」


その沈黙を破ったのは、桜だった。


「グレイスさんの言う通りです。近衛さん私を捕まえて下さい」


しかし、それは心が治った訳ではなく――。


「もう私は――私自身が――分からない」


心が崩壊し、思考を停止した人の成れの果てだった。



二〇三九年六月二十二日午後二時二分。

浦賀ICを過ぎた車内―――。


城ヶ島に向かう1台の車には、和樹、陳鷲、冥、希、仁の5名が乗車している。


「わかった」


和樹は通話を終え、携帯電話を胸ポケットにしまう。


「状況は思った以上に深刻のようだ」


重い空気が流れる中、陳鷲が「医務室の映像は見たけど、ホントに薫君も江ちゃんも例の――あれ?何だっけ?」と口にすると希が「ヘルメス旅団です」と、フォローする。


「そうそれ!ありがとう希ちゃん」


3名の後部座席のやりとりから、「けっ!」と、助手席より吐き捨てたのは仁だった。


「大学時代からおかしいと思っていたぜ」


「なら、その時に言えばよかった。後からなら誰だって言える」


運転手を務める冥は、一瞬左横を睨みつけ仁の発言に反論するが「へいへい」と、仁は生返事すると外の景色に視線を移す。


こんな状況で、第七支部が再び集結するとは、さていつ“あの事”を皆に伝えるべきか――。


状況は時が経過するに連れ、悪化の一途を辿りつつ、黒い車体の車は、城ヶ島へと進むのだった。

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