33,壊示

2つの鍵穴という特殊なドア。その先にあったのは、地下へと続く階段だった。


ギシ、ギシ、ギシ、ギシ。


3名は薄暗い明かりの中、木製の階段を一歩ずつ、ゆっくりと降りていく。そして、終着点である少しカビ臭い部屋に辿り着いた。


部屋の左右の壁には本棚があり、本がぎっしりと詰まっている。部屋の中央には、いくつもの瓶が陳列されており、中身は薬草や剥製はくせいの生き物たちだった。


そして階段のすぐ横には、紅い竜と白い竜の形が掘られた台座の上に、“黒電話”が置かれていた。


「今更だけど、都合が良すぎない?」


「ですよね―――」


響鼓きょうこの質問に返答する桜は、銀の鍵をみつめる。


「あれ?」


桜は、鍵の取って部分を擦ると何か違和感を覚え、違和感の箇所を確認する。すると、その部分には、以下の内容が刻まれていた。



「mend」「itas」



「メンド?イタス?」


刻まれた内容をそのまま読む桜は、首を傾げた。彼女の左横で、美幸も同じ個所をみつめる。


「何かの暗号かしら?mendは、英語だと改心とか更生という意味だけど―――。itasは、ピザの一時滞在の事ぐらいしか―――」


「私は専門外なので、先に調べておきますね」


響鼓は銀の鍵を見る事なく、桜たちに背中を向けながら、中央の机を調べ出す。


「ん―――。これは物知りの“和樹君”か、“しゅうちゃん”に調べてもらうしかないかな」


「―――」


「桜ちゃん?」


「あ、いえ。そうですね。それじゃあ、私は右の本棚を調べますね」


桜は銀の鍵を自身の鞄にしまうと、何かを誤魔化すかのように、慌てて右の本棚へと移動した。


「え、えぇ」


2人のやり取りを背後で静かに聞いていた響鼓は、深刻な表情を浮かべながら、手に持った瓶を元の場所に戻すのだった。




私は美幸さんの言葉に、違和感を覚えていた。

昨夜、グレイスさんからオカルト研究第七支部について教えてもらった。その中に、当時の学年についても聞いていた。


確か、父さんが当時2年の時。

和樹さんは3年、美幸さんは3年。そして、鷲さんは“4年”。


『これは物知りの“和樹君”か、“鷲ちゃん”に調べてもらうしかないかな』


なのに、彼女は鷲さんを“ちゃん”付けした。

父さんが1年浪人した事は、補足的に聞いたがその他に、誰かが特別な境遇だと聞いていない。つまり、3年の美幸さんが、4年の鷲さんを“ちゃん”と、呼ぶのは―――。


いや、考え過ぎか。

仲が良ければ学年の上下も関係ない。ましてや今は皆、社会人。1つや2つの年など些細な事。あの子の発言を意識し過ぎただけ―――。捜索に集中しよう。


桜は気を取り直し、自身の探すべき本棚を改めて見渡す。収納された本は英語、フランス語、ドイツ語、ラテン語など、どれも外国語が記されており、彼女は本のタイトルすら分からなかった。


今更だけど、この本から賢者の石に関係する本を探すのは至難の業だ。そう言えば、父さんの部屋にあった“あの本”を見付けた江は、どうやってあの本を見付けたのだろうか?


当時、私よりも優秀とはいえ、英語もアルファベット程度しか分からなかった筈。なのに、江は、ピンポイントであの本を見つけ出した。


「あの子がくればよかったのかも」


独り言を嘆いても、状況は好転しない。

私は適当に一冊の本を取り出した。


Vitaヴィタ meaメア?」


本のタイトルを呟くも、発音があっているか分からない。しかし、その本の1ページを開くと状況は一変した。



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


537年6月19日 天気は、雨。


雷雨が収まりつつある中、丘の上で愚かな人間たちの争いに、幕が下りた。1人の女がきっかけで起きたこの戦争、余りにも下らない。


一様、王側が勝利を収めたようだが、その王は瀕死の状態との事だった。主の予測は、数日の命だとの事。


王は腹心のベディヴィアきょうを我等に寄越し、交渉の末、我等の英知を付与した剣を我等に返還する事を条件に、その命を生かす事となる。それ故に、あの者を約束の島へと移送する。


その時が訪れるまで、彼等は静かにあの島で、安らかに眠るだろう。そして、我らが主は結論として「人は愚かではあるが、生かすべき愛すべき玩具である」っと、位置づけた。


主がそう結論するのであれば、我々もそれに賛同する。この“ヘルメス旅団”に祝福を―――。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


「何で、私読めるの?」


そこに記されたのが、何語なのかさえ理解していない筈の私が、何故この文を読む事が出来たのか?


それに、この話の内容は一体―――。


「どうしたの?」


響鼓さんが呼びかけられ、知らない文字が読めた事、本の内容を共有する。


「桜ちゃんが、この本を読める事については、後々解決するとして、問題は、本の内容ね。何処かで聞いたようなお話だけど―――」


美幸さんが携帯を取り出して、何かを調べようとするも「電波が―――」っと、言って階段をギシギシと、音を立てて地上へと昇って行った。


「気になる事は沢山あるけど“ヘルメス旅団”って、何だろう?」


「―――何でしょうね?」


言えない。

神から既に教えてもらった情報ではあるが、ヴィヴィアンが所属する組織の事くらい。それに知った経緯も話さなければ、それはつまり、“あの事”も言わなくていけない。


「―――」


うん、無理。

少しだけ考えたが、より状況を悪い方向にしか行かない気がする。それよりも―――。


「537年」


その本に書かれた年数を口にする私は、少々怯えていた。何故ならば、この本の背表紙を確認すると「Vivianeヴィヴィアン」っと、記されている。内容から察するに、これは“彼女の日記”。


だとすれば、彼女は少なくとも1500歳という事になる。そんな存在が本当に居る。そして、それ以上と思われる“神”が、父さんたちを狙っている。


途方もない数字。だからこそ、今の状況が異常であり、死がこちらを覗いているように感じてしまう。


ギシ、ギシ、ギシ、ギシ。


「分かったわ」


美幸さんは、階段から降りてきたのだが、その表情は優れなかった。


「悪い結果ですか?」


響鼓さんも私と同じ印象だったのか、美幸さんに尋ねると、美幸さんは頷く。


「正直、ここまで大事だとは―――、悲観しても仕方がないか」


美幸さんは覚悟を決めて、自身の携帯画面を確認する。


「まず、桜ちゃんが言った内容と著者を和樹君に相談したの―――で、これが和樹君の見解よ」


ピッという音と共に、携帯から和樹さんの声が聞こえてきた。


『正直、これが事実であれば、世界の歴史を揺るがす大事です。まず、“537年””1人の女がきっかけで起きた戦争”“王は瀕死の状態”“ベディヴィア卿”“英知を付与した剣を返還”“約束の島”この6つのキーワードから導かれた単語は―――』



『アーサー王物語』



何処かで聞いた単語に、私は血の気が引いた。


『アーサー王物語とは、聖剣エクスカリバーや円卓の騎士と、様々な題材に引用された有名な話で、先程の話と辻褄が合う』


『537年はアーサー王の最後の戦いにして彼が亡くなるきっかけとなった戦い“カムランの戦いの年号”。その戦いのきっかけは、彼の妻が“部下の騎士と不倫関係”となり始まった。


王はその戦争で“瀕死の状態”となり、彼の代名詞とも言える“聖剣エクスカリバー”は、元の持ち主に返す為、彼の腹心“ベディヴィア”という人物に返させた。


そして、アーサー王は“アヴァロン”という伝説の島で永眠したという』


『一つ一つの内容が此処まで合致する話。本来であれば信じ難い。が、一番信じがたいのは、返還先についてだ―――』


和樹さんに暫しの沈黙が訪れる。


とてつもなく、嫌な予感がした。

そして、その予感は当たってしまう事となる。


『アーサー王物語によると、返還先の人物の名は、湖の乙女こと―――ヴィヴィアン』

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