32,懐幕

二〇三九年六月二十一日午前五時半。

横浜 根岸湾ねぎしわん付近―――。



潜水艦「オーロラ ルクス号」より、

包帯でグルグル巻きとなった

グレイスさんの部下に、

人気のない海辺まで運ばれ―――。


現在私は、美幸さんと響鼓きょうこさんを

フランス行きの為に用意した筈の

トランクの上で待っている。


今更なのだが、此処最近。

私のスケジュールを考えたらヤバい―――。


以下、私のスケジュール8日間。


6/13  東京→フランス×→神奈川

6/14~20神奈川→島根→神奈川→潜水艦

6/21~ 潜水艦→神奈川→空港→イギリス


父さんの命がかっているこの状況、

仕方がないのは、重々承知の上―――。

だけど、正直、しょ―――じき、


「―――家に、帰りた――――――い!」


誰も居ない事をいい事に、海へ向かって

叫んでみる。だが、叫んだところで、

別段状況が変わる訳もなく―――。


海猫うみねこの鳴き声が、「ニャ―――ニャ―――」っと、

むなしく聞こえるだけっと、

そう思ったが―――。


「そうだよね、帰りたいよね?」


「えっ!?」


唐突に桜の左耳から、“病院”で聞いた事のある

声が聞こえてきた。


「おひさ―――」


声のする方向に、視線を向けた桜。

その視線の先に居たのは、右手を振りながら、

ニヤけた笑みを浮かべる少女。


「あ、貴女!いつから―――」


彼女は首を傾げ、空を見上げ、「えっと―――、

『今更なのだが、此処最近。私の―――』」っと、

言ったところで、「もう、いいです」っと、

頭を抱えて塞ぎ込む。


「で?貴女は、何しに来たのよ?」


「冷たいなぁ―――。そんなに邪険にするなら、

 イイ事教えてあげないよ?」


「イイ事?」


「――――――」


桜の言葉に反応せず、少女はねた表情で、

海を眺めながら「海は広いな―――」っと、

呟いている。


「じょ、冗談よ、ね?

 だから、イイ事教えてくれませんか?」


桜は少女の両肩をポンっと、掴み、

肩揉みを始めて彼女の機嫌を取ろうとする。


「しょうがないなぁ―――。教えてあげよう」


ドヤ顔で機嫌を直す少女は、鼻で笑っている。


面倒な神―――。あ、ヤバ!心を読まれ―――。


「ヴィヴィアンは、黒坂 和樹の言った通り、

 私たちの仲間ではない」


あれ?読まれていない?


「彼女は「ヘルメス旅団」のメンバーの1人」


「ヘルメス旅団?」


「中世まで錬金術師の中で、

 唯一「賢者の石」を手に入れた人物の名前を

 かんした組織の名前。


 名前以外、素性すじょうも目的もメンバー構成すら

 不明な組織」


「構成が不明なのに、何でヴィヴィアンが、

 メンバーの1人だって分かるの?」


「それは―――知りたい?」


フフフっと、不敵な笑みに、

桜は危機を察知し、「いえ、大丈夫です」っと、

少女から視線を逸らした。


「あら、残念」


「じゃあ、そろそろ君の迎えが、

 来るから帰るね?」


何故それは分かるのに、さっき私の心は

読めなかったの?何かカラクリでも―――。


「あ、もう一つ言い忘れていた」


背後に聞こえる少女の声に、溜息が漏れる。

「何ですか?」っと、応えるっと―――。


「僕、“9名”の誰かだから―――」


「え?それって―――」


桜は慌てて振り向くも、そこに少女の姿は、

既に跡形もなく、消えていた。



二〇三九年六月二十一日午前九時四十五分。

黒坂家専用プライベートジェット機内―――。



やはり、神は私の敵だ。

とんでもない事を暴露して消えて―――。

こっちは、あれからずっと気が気でない。


ほぼ初対面の人たちだったが、

父さんの仲間で、私たちを助けてくれる

良い人たちと思った矢先、この仕打ち―――、

あんまりだ―――。


「桜ちゃん、大丈夫?顔色が悪いけど―――」


「だ、大丈夫です。

 ―――多分、寝不足なだけかと」


和樹さんが用意してくれたジェット機に

搭乗してから、朝食を済ませるまでずっと、

私がそわそわしていたからか、

美幸さんが声をかけてくれた。


「じゃあ、今の内に寝ておきましょ」


機内に常備された寝具しんぐ一式を、私と美幸さんに、

配ってくれた響鼓きょうこさん。


「あ、ありがとうございます」


「気にしないで」っと、言わんばかりに、

軽く手を挙げ、彼女は自身の席に戻っていく。


「私も朝練で疲れ―――ふぁ―――」


響鼓きょうこさんは、我慢できず欠伸あくびをしつつ、

自分にモーフをかけた。


「朝練って、黒坂パイレーツの?」


「はい。暫く―――離れるから―――

 気合を、注入して―――あげ―――て―――」


「響鼓さん?」


桜の返事に、響鼓は応えず、代わりに、

「ス―――ス―――ス―――」っと、

寝息が聞こえてきた。


「寝ちゃったね」


「そうですね」


桜と美幸は、顔を見合わせクスクスっと、

小声でささやきあった。


「桜ちゃんも、寝なさいな。

 あと最低でも18時間は空の上だし、

 此処最近、まともに寝れていないのでしょ?」


「美幸さんは?」


「私は、イギリス着いてからの

 ルートチェックっと、敵討ち班の

 状況確認をしたら寝るから」


「分かりました。では、お休みなさい」


「お休み」


パソコンと向き合う美幸の横顔を見つめる桜は、

気付かれるのを恐れ、すぐにモーフで頭を隠す。


この2人が、神とは到底考えられない。

あの発言は、神の嫌がらせ―――。

そう思いたい気持ちで一杯なのだが、

恐らく冗談ではないのだろう―――。


―――だからこそ、だからこそだ。

私は―――絶対―――。


秘めたる思いをせつつも、桜の意識は、

深い夢の海へと沈んでしまった為、最後まで

その内容は、言葉に出来なかった。



二〇三九年六月二十二日午後十一時半頃。

※イギリスの時刻は、午後二時半。

ティンタジェル ヴィヴィアン宅前―――。


日本の空港からイギリスまで20時間。

イギリス空港近くのホテルで1泊。

時差ボケで、皆が移動出来たのが午前11時頃。

イギリスの空港からティンタジェルまで3時間。


結局、私たちが目的の家まで着いた時には、

1日と3時間近くを要していた。


美幸さんが事前に、調べてくれた為、

心の準備は出来ていた。

が、それを上回るモノだった。


特に時差ボケ。私が重度だったようで、

イギリスのレンタカーの独特な臭いが原因で、

しばらく、乗る事すら叶わず―――。

結局、昼を過ぎてしまった。


「御免なさい」っと、2人に謝るも、

「気にするな」っと、響鼓きょうこさんに、

ポンポンと軽く肩を叩かれ、

美幸さんには、「大丈夫、大丈夫」っと、

頭を撫でられた。


「それにしても、思った以上に普通の家だな?

 もう少し、こう魔女!みたいなのが、

 住んでいるびれた家かと―――」


ヴィヴィアン宅は、白とこげ茶色で

構成されたレンガの壁と、黒くくすんだ白い屋根。

周囲の家と何ら変わらない特徴のない家だった。


響鼓きょうこの魔女の家は、分からないけど、

 如何いかにもっていうよりも、

 何の変哲もない家の方が、

 隠れみのとしては都合がいいんじゃない?」


「そういうモノか」


2人は真っすぐに玄関まで歩いていき、

響鼓きょうこは、躊躇ちゅうちょなく呼び鈴を鳴らす。


ホント、響鼓きょうこさんって、迷いがない人だ。


ジリリリリリ、ジリリリリリ、

ジリリリリリ、ジリリリリリ。


「――――――」


「――――――でないわね?」


「まぁ、居ないのは、想定内です」っと、

言った響鼓きょうこは、すぐさま玄関のドアノブを回す。


「あれ?」


「どうしたの?」


「空いてました」


―――何か、デジャブ。


その後、3名はヴィヴィアン宅に侵入し、

手分けして家内から賢者の石に、

関係するモノを探し始めた。


しかし―――。


「何もなかったです」


「こっちも、本の一冊もなかったわ」


「キッチンには、麦と“コレ”しかなかったわ」


美幸さんはそう言って、

黒い丸薬のようなモノを見せてくれた。


「明らかに、マズそうですね―――」


1粒だけ貰って、近くで眺めてみる。

親指よりも小さく、臭いは―――。


「くんくん―――ん!」


―――嗅いだ事を後悔した。


「賞味期限的なの切れていそうだから、

 食べないでね」


鼻を抑えて「ふぁい」っと、

美幸に返事をする桜。


「さて、どうしましょ?」


「こういう場合、地下に続く床下とか、

 鍵のかかったドアとかあったり―――」


「桜ちゃん、そんな都合よく―――」


「鍵がかかった場所はあったけど―――」


「あったの!」


「でも―――」っと、響鼓きょうこが言葉にしただけ

あり、その扉には、“二つの鍵穴”があった。

変わった色をした黒いドアノブの上下に、

一つずつ鍵の穴が、存在していた。


「このドアノブ“あの電話”っと、

 同じ性質なのか、握ると力が入らなくて」


「力任せでは、ダメって事ね」


「これって―――」


桜がそう言うと、手提てさかばんから

2つの金と銀の鍵を取り出した。


「え?その鍵って―――」


響鼓きょうこは桜が取り出した2つの鍵を指差した。


「えっと、一つは緊急集会の時に、

 言っていた“金色の鍵”です」


「あれって、一つだけじゃなかった?

 その“銀色の鍵”は?」


「実は、4度目の電話の時、

 私の鞄に何故か入っていた鍵で、

 もしかしたら―――っと、思って」


「手伝うわ」


「ありがとうございます、美幸さん」


桜は銀を下の鍵穴に、美幸は金を上の鍵穴に、

それぞれを挿入させた。


「いやいや、そんな都合よく―――」


ガチャ、ガチャ。


「開きました」


「あいちゃうの?」

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