31,一致

私は、自身の耳を疑った。

ついさっき、和樹さんが口にした人物の名前は、

26年前に父さんたちが、倒した筈の神の名前。


それが今、映像ではあるものの、

私たちの目の前に、存在している。


「どういう事?」


どうやら動揺していたのは、私だけでは

ないらしい。しゅうさんは、亡霊でも

見ているかのように、顔が青ざめていた。


「つまり“あの時”、アイツは死んでいなかった。

 ―――そう言う事じゃないですか?」


一方、仁さんは、涼しい顔で、しゅうさんに応える。


「そんな訳ないでしょ!“あの時”直接では

なかったけど、確かにあの男が消えたのを

仁も確認したじゃない!」


「異能者には、自分の死を偽造するヤツも

います。ましてや、相手は神を名乗る

 連中だ。たとえ目の前で滅ぼうとも、

 それがヤツ等の“死”ではないかもしれない」


仁さんの言葉に、何かに気付いたのか、

護さんが笑みを浮かべ、

真面まともな事も言えるじゃないか」

っと、仁さんに語り掛けた。


「護さん、俺の事、馬鹿にしています?」


「いいや、寧ろ尊敬に値するよ」


「え?」


「連中は、そもそも人間じゃない」


「何を今更―――」


「もしもの話だが。連中の肉体が、

 ―――“予備”だとしたら―――」


「予備?」


「あぁ、だとすれば、神の割に弱すぎた事の

 辻褄つじつまがあう」


「護の言った通りなのかもしれない。

 あの程度だったら、

 冥さんだけで対処出来たかもしれない」


グレイスさんが、映像を注意深く見つめつつ、

護さんの話に反応する。


「パルカだっけ?あの子が、

 グレイを呼び寄せる必要があったのか―――

 まぁ、それでグレイと再会できたのは、

 嬉しい限りだけど―――」


グレイスさんはクスリと笑い、

視線を変えず、沈黙のまま手を軽く挙げ、

美幸さんの言葉に応えた。


「えぇ、パルカの予想した相手は、

 実際の力量と、かなり乖離していた。

 その原因として一番の有力な事は、

 相手が“偽物”。若しくは、“おとり”か」


おとり?」


和樹さんの回答に、希さんが反応すると、

和樹さんは、彼女に向かって頷く。


「一時的に、こちらを油断させ、忘れた頃に、

 奇襲する―――立派な戦術だ。

 ただ、ここまで時間を空ける必要が、

 あるかどうかは、いささか疑問に残るが―――」


そこまでの話が進むと、

一時の沈黙の時間が訪れた。


「少し、脱線したな。

 本来の緊急集会の本題に入ろう。

 今回の本題となるのは、

 薫の“救済”と“敵討ち”について―――だ」


救済と敵討ち?


「桜さん」


「は、はい」


「薫は確かに、こちらの助力をこばんだ。

 だが、彼は学生時代。自分にこう言った」



『もし、未来が変わらなかった場合、

 桜を俺の代わりにメンバーに加えて下さい』



「何故、私を―――」


江の方が適任の筈なのに―――。


「残念ながら、理由を尋ねても、

 『いずれ分かります』っと、だけ」


「だから、私を此処に?」


「あぁ。あと、失礼ながら君の性格を

 調査させてもらったが、その方が賢明だと

 こちらで判断した事も大きい」


「そうですね、恐らく何が何でも調べて、

 此処に首を突っ込んでいたかもしれない」


っすらと笑みを浮かべる一同に、

桜は自身の頬を掻き、紅くなる。


「なので、君にも手伝ってもらいたい」


「私がお手伝い出来る事なら、何でもします。

 でも、私が出来る事って―――」


「君には、薫の救済班に割り当てさせてもらう。

 そこで君には“あれ”を探し出してほしい」


「“あれ”って、まさか―――」



「賢者の石だ」



「でも、どうやって?父さんも、

 皆さんも探しても見付からなかったのでは?」


「それを言われると耳が痛いのだが―――」


「あ、すみません」


「いや、君が言う通りだ。確かに、

 賢者の石その物の情報は皆無だった。

 しかし、それを所有している

 人物の名前がわかった」


「人物?」


「その人物の名前は、



 ―――ヴィヴィアン―――」



「え?」


桜はその名前を聞き、彼女の顔が強張こわばった。


「ん?彼女の名前を聞いた事があるのかい?」


「え、ええ。その人は―――、私に」


動転してなのか、声と唇を震わせながらも

言葉を紡げる桜。



「“フランス”の個展を開かせてくれる―――

 予定だった私の“後援者パトロン”―――です」



一同に、不穏な空気が流れる。


「そうか、既に君にも接触していた訳か」


「君にも?」


「あぁ、彼女は26年前。いや、それ以上前に、

 薫と接触していたらしくてね―――。

 これが、“現在”の彼女の姿だ」


和樹さんの映っていた画面が切り替わり、

1人の女性の姿が映し出された。

その人物は、キラキラとした長い髪を

一つにまとめ、赤い服、青いデニムの格好。


私が以前、リモートで話した時と

全く同じ姿だった。


「で、これが約30年以上前の画像だ」


最初の画像が左側に寄り、右側に新たな画像が、

写し出された。しかし―――。


「え?これ、本当に30年前のモノですか?」


「あぁ、間違いない。薫の祖父、

 鹿島かしま 赫石あかし 氏の遺品からのモノだからな」


彼女がそう質問するのも仕方がない。

その写真の姿は、何もかも変わっていない。

“瓜二つの姿”だったのだから―――。


「こちらとしては、彼女の正体が何なのか

 未だ検討中でね」


「私は“神”である可能性が、

 あると進言したけど―――」


「残念ですが冥さん、その可能性はかなり低い」


「何故ですか?神に寿命はない―――っと、

 断言はできませんが、

 神の可能性は十分に―――」


「他の神と大きく違うのは、“賢者の石”を

 “欲している”か、“所有している”か。

 まぁ、所有しているかは、

 確定事項ではないけども―――」


確かに、私が遭遇した神も、26年前の神も、

方法は違うけど、賢者の石を探していた。

もし、彼女―――ヴィヴィアンが、

神だとしたら目的を既に果たした事になる。


「今、彼女の正体は置いておくとして、

 彼女に会う必要がある」


「すみません、今まで全て彼女側からの連絡で、

 此方から連絡する方法は―――」


「そこは問題ない。

 その情報は、江さんが持っている筈だ」


「江が?」


「先程、グレイが話の中に、彼女と一緒に

 探した事を覚えているかい?」


「えっと、確かメモリーと鍵と

 名簿―――名簿!」


「どうやら君のお父さんは自分以上に、

 策士のようでね。

 この事態を事前に予想していたようだ」


「でも、30年以上前ですよ?

 移動している可能性も―――」


「いや、彼がわざわざ自身の娘に取りに

 行かせた時点で、

 何か確証があっての事だと思う。


 但し、ここまで用意周到であるのに、

 彼が何も行動を起こさなかったのが、

 気がかりではある」


和樹さんの言う通りだ。

電話で話した父さんだったら、ギリギリまで

私たちに助力をう事はしないだろう。


「分かりました、江から名簿を貰います」


「あと、残りの二つも貰ってくれるかい?

 もしかしたら、何かに使うかもしれないから」


「分かりました」っと、

返答すると、和樹さんは次に、

他のメンバーの班決めを始めた。


敵討ち班に割り振られたのは、

黒坂くろさか 和樹かずきさん、芹澤せりざわ めいさん、ちん しゅうさん、

近衛このえ まもるさん、氷鷹ひだか じんさん、久遠くおん のぞみさん。

そして、グレイス・S・ドレイクさん。計7名


そして、私と一緒に行動を共にしてくれるのは、

真田さなだ 美幸みゆきさんと、

鬼塚おにづか 響鼓きょうこさんの2名に決まった。


「―――それでは、今回の緊急集会は以上」


和樹さんの閉幕宣言と共に、

次々と画面が暗転していくのだった。



二〇三八年六月二十日午後六時十分。

黒坂コーポレーション 社長室―――。


「ふぅ―――」


緊急会議は、何とか終えた―――。

それにしても、

護は相も変わらず、恐ろしい程に鼻がく。

こちらが、様々な憶測を重ねた結果。


相手が、「本物ではない」っと、

確証を得たというのに、仁の言葉だけで、

その確信に辿り着いた。あの言葉を平然と、

言った仁も仁だが―――。



『これを和樹さんに言うのは、

 心苦しいのですが―――、

 サークルのメンバーに、神が“1人”います』



その言葉を薫から聞かされたのは、

彼の様子が変わった“あの時”だった。


以降、自分は心苦しくも

メンバー全員の素性を調べた。

が、特に神と繋がる証拠は何一つとして

出る事はなかった。


それでも未だ、少しでも疑う要素があると、

こうして憶測を考えてしまう自分が居る。


そういう役割であり、自分が判断を誤れば、

皆死ぬかもしれない。

それでも毎回、

この嫌悪感けんおかんが自分を苦しめていた。


そして、もう一つ―――。


「そろそろ、時間か」


これから会う“彼女”に、

自分は、“最低最悪な事”を

告げなければならない―――。


和樹は、自身の椅子から立ち上がり、

社長室を後にする。



二〇三八年六月二十日午後六時十九分。

黒坂コーポレーション 会議室―――。



和樹は、会議室に入るのを何故か躊躇ちゅうちょしており、

彼の両手はぴくぴくっと、震えていた。


この緊張感は、“あの会議”以来。

いや、あの時を大きく上回っているか。


和樹は、深い深呼吸を一つして、

心を落ち着かせた後、会議室へと入室する。


会議室には、1人の中学生くらいの少女が、

姿勢を正したまま椅子に座り、

瞳を閉じて彼を待っていた。


「待たせたか?」


「いいえ、問題ありません」


彼女は静かに和樹の言葉に応えると、

目を開いた。その瞳は蒼く光り、黒い長髪と、

黒を基調としたセーラー服と見合っていた。


「それで、今日は何を?」


彼女は首を横に傾げ、

隣の席に座った和樹に尋ねる。

その反応に、再び迷いだす和樹に―――。



「“父さん?”」



っと、彼を呼びかけた。

その言葉で、彼は吹っ切れたのか、

彼女の蒼い瞳を見つめながら、告げた。



「“母さんの仇”が―――見付かった」

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