30,招致

二〇三八年六月二十日午後五時〇〇分。

潜水艦内 Meetingルーム―――。


「オカルト研究第七支部?」


聞き慣れない言葉と、“緊急集会”っと、

穏やかではない集会が、唐突に始まった。


「本題に入る前に、まず―――桜さん」


未だ、状況を認識出来ない私に、

この集会の開始を宣言した黒スーツの男が、

私に声をかけてきた。


「は、はい」


彼の見た目は、一言で言えば年齢不詳。

20代とも、40代とも言われても、

私は、頷いてしまうだろう。


「いきなり、此処へ連れて来られただけでなく、

 君の父 “鹿島かしま かおる”を守れなかった事を

 謝罪します」


そう言うと彼は、私に向かって頭を下げる。

同時に、画面向こう側の7名と、

此処に連れてきた女性が、

続いて頭を下げた。


「ちょ、ちょっと、どういう事、ですか?

 と、とにかく頭を上げて下さい」


「私たちは、アンタの父親。

 薫先輩の友人だったんだ」


私を此処に案内した女性が、呟いた。


「友人?」


「此処にいる面子めんつは、

 大学時代のサークルメンバーで、

 薫先輩も所属していた―――」



それから私は、彼女より、

父さんと私たちが体験した内容を聞いた事。

私たち家族が、賢者の石を必要としている事。

江が過去へ行って、探し物を一緒に探した事。

そして―――、“神との戦い”について聞いた。


「―――メルクリウス」


私は、父さんたちが、26年前に戦ったという、

神の名前を口にする。


私は以前、美術の勉強で、ギリシャ神話と、

ローマ神話を調べた事がある。

確か、“水星”と同義とされた神で、

英語では“Mercuryマーキュリー”。


成程、あの子も、神は自称ではなかった。

けれど、私が思った以上に事は深刻な訳で、

正直に言えば―――信じたくなかった。


「ま、薫も悪いがな」


「仁!」


響鼓きょうこ―――。今回だけは、仁の意見と同感。

 10.0は流石に無理がある」


「だけは、は余計ですよ」


「どういう事ですか?」


青髪のイケメンと、白髪の女性。和服の女性。

私は3名の会話に割って入る。


「今回の件、自分たちは事前に、

 薫へ護衛を打診したのだが、

 全て拒まれてね―――」


「何故?」


「それは本人にしか、分からない。

 ただ、彼の事だ。必ず、何か訳がある筈」


黒スーツの男性からの回答に、

桜は腕を組んで悩みだす。


私の知っている父さん。

この人たちの言う父さん

そして、私が電話で話した父さん。


私の知っている父さんだけ別人。

―――いいえ、正確に言うと、

“過去”の父さんと“未来”の父さんが、

誰かと入れ替わったように、

性格が違う気がする。


過去の父さんは、意地っ張りな面はあるものの、

私たちや、この人たちの力を借りて、

何とかしようと努力していた。


でも、未来の―――今の父さんは、その逆。

全てを拒み、孤立し―――。

正直、見放されてもおかしくない。


父さんに、一体何が起きて、

今の状況になってしまったの?


「あ、あの」


桃色で短髪の女性が、申し訳なさそうに、

挙手し、黒スーツの男性に問いかける。


「薫先輩の心境も、勿論重要だと思うのですが、

 グレイが何故“表”に出てきたのかも気になります」


「それは―――」


黒スーツが回答する直前、

私を此処に案内した女性が、割って入る。


「アタシが、和樹に頼んだのさ。

 正式な依頼ではなかったが、

 薫先輩を守れなかったのは事実。

 その責任―――。


それと、アタシの感が正しければ、

居るべきだとね―――」


「で、でも」


「希ちゃん、桜ちゃんも居るから、

 それ以上は―――」


桃色で短髪の女性は、

眼鏡をかけた女性の言葉で、自身の口元を

両手で塞ぐ。


何だがよく分からないが、重い空気が漂う。

とてもじゃないが、この話に割って質問する

勇気は、私にはない。


「現在、私のチームで薫が襲われた日に、

 何があったのか―――、衛星カメラを

 使用して探っている」


こんな状況にも関わらず、一石を投じたのは、

幼い顔立ちの少女だった。

が、父さんを呼び捨てにしているから父さんより

年上であるのか?


「この会議中には、分かる筈」


「ありがとうございます。冥さん」


幼い少女は、黙って頷いた。


「あと、自己紹介」


そう言って、少女は黒スーツに目線を向けると、

「あっ!」っと、声が漏れる。


「桜さん」


「は、はい!」


「本来であれば、最初にするべきだったのだが、

 自分たちの自己紹介をさせてほしい」


確かに、今の私はこの人たちを

性別、髪色など、見た目だけでしか

判別出来ていない。


「お、お願いします」


私の返答を聞き、黒スーツの男性は、

当時の学年下から順番で、自己紹介を皆に促す。


「じゃ、アタシから―――」


私を此処へ連れてきた女性が、話し出す。


「アタシは、この潜水艦「オーロラ ルクス号」

 艦長。兼、「ドレイク海賊団」の船長。

 グレイス・Sエス・ドレイクだ」


「か、海賊?」


「海賊と言っても、“今”は傭兵と運搬稼業が

 メインだから安心しろ」


「な、成程」


うん、安心できる訳がない。

でも、先程の部下?の末路を考えれば、

この心の声は、閉まった方が賢明だろう。


グレイスさんは、桃色で短髪の女性に、

目線を向ける。すると、「わ、私か」っと、

呟いた。


「私は「サルース メンサ」のオーナー。

 兼、料理長の久遠くおん のぞみと言います」


「サルース メンサって、あの有名店の?」


確か、日本語で「健康の食卓」という、

5年前くらいから、健康重視の材料を

ふんだんに使用し、最短でミシュランから

評価を得た事で話題になった飲食店。


「えぇ、そうよ」


顔を紅くして恥ずかしがる希さんに代わり、

応えたのは、白髪の女性だった。

彼女はクスクスっと、笑いながら、

続けて自身の自己紹介を行う。


「私は、黒坂コーポレーションの人事部

 人事課長と「黒坂パイレーツ」の

 社会人野球チームで監督をしています。

 鬼塚おにづか 響鼓きょうこと言います。

 桜ちゃん、よろしく」


「は、はい」


さっきの希さんのフォローといい。

明るい雰囲気といい。うん、好印象。


「最近、勝っているのか?」


五月蠅うるさい!」


先程から文句しか言わないイケメンの男性が、

次に話し出す。


「「異端会いたんかい」幹部。兼、会長相談役。

兼、アフリカエリアの責任者を務めている

氷鷹ひだか じんだ」


無愛想な彼は、「次、美幸さんですよ」っと、

すぐ横の和服の女性に促す。


うん、コイツは嫌い。


「ん―――――――」


されど、和服を着た彼女は、何かを悩んでおり、

自己紹介の流れが滞っていた。


「どうしましたか?」


今まで、沈黙を貫いていた赤髪の男性が、

彼女に問いかける。


あれ?順番的に、

和服の人は同級生か年上なのに、敬語?


「みんな、かっこいい肩書があるのに、

 私だけないからどうしようかと―――」


「そんなのどうだって―――」


「あ、あった!」


何かいい案を閃き、手と手の平を1回、

パンっと、叩いて嬉しそうに話し出す。


「真田家の家長と家事を務める一児の母。

 真田さなだ 美幸みゆきです。

 桜ちゃん、よろしくね」


「はい、よろしくお願いします!」


まぁ、いいか。

かわいい自己紹介に、先程の疑問が、

どうでもよくなった。


「俺か」


ポツリと呟くのは、先程美幸さんと会話した

赤髪の男性。彼は黒い制服を正してから

話し出す。


「警視庁公安部異課いかで責任者を務める、

 警部の近衛このえ まもるだ。以後、よろしく」


「こ、公安―――」


思わず、彼の肩書を口にしてしまった。


「安心しろ、俺の課が扱うのは、

 異能犯罪者だけだ。君を逮捕する事は、

 万に一つもない。アイツは別だか―――」


そう言って、仁さんの方に視線を移す護さん。


「は?うちの組織にケチつける気ですか?」


「そんな事、一言も言ってないだろう?」


「言っているようなもんじゃないですか!」


「仁」


静かに彼の名前を言ったのは、

眼鏡の女性だった。


「護も同罪よ」


護さんは無言で、頭を下げた。


「和樹は、私たちのリーダーだから、最後ね」


そう言い、2人の男性を黙らせた

眼鏡の女性は、話し出す。


「とは言え、私の所属する組織については、

 何も言えなくて―――、遺伝子関係の研究員。

 名前は、ちん しゅうっとだけ―――。ゴメンね」


そう言って、彼女は掌を重ねて謝る。


「いいえ、そんな全然」


言えない事だって、勿論ある。

それにしても、かなりしっかりしている

印象のしゅうさんを差し置いて、

黒のスーツの和樹さん?がリーダーか。

やっぱり―――、


「名前は、芹澤せりざわ めい

 職は、黒坂コーポレーションの

 海外部門戦闘課 第1番隊隊長を

 務めている。好きなモノは麺類だ」


「―――」


ちょっと、ツッコミどころ満載。

え?響鼓きょうこさんと一緒で、黒坂の関係者。

一旦、それはいい。で?戦闘課の隊長?

戦闘課とはこれいかに―――。


「物騒な単語を連発しないで下さい」


「事実だ」


「確かにそうですが―――」


溜息を付く黒スーツの男。

最後に残る彼だが、正直なところ、

私は彼が既に誰なのか、予想がついている。


年齢不詳な顔立ち、和樹っと、皆から呼ばれ、

何より、黒坂の関係者が9名中2名もいる。


「最後に、自分の自己紹介を―――。

 自分は、黒坂コーポレーション代表取締役。

 2代目社長の黒坂くろさか 和樹かずきです。

 今後ともよろしく」


思った通りの名前が出てきた。


今や、誰もが知る超が3つぐらい付く、

大企業で、世界のお金持ちランキングでも、

TOP3には、必ず入る人物。

驚きはないが、一番の大物だった。


というか、このメンバーが、

一同に揃うサークルって一体―――。


「和樹」


冥さんが、そう呟くと一同に、

何かを受信した音が一斉に鳴った。


「映像解析が済んだ。相手は―――

 和樹の予想通りの人物だった」


「そうか、やはり―――」


こちらでも、暗いままだった画面に、

映像が映った。その映像には、

“サングラスをかけた金髪の男性”が、

映っている。



「―――メルクリウスか」

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