28,防攻戦(ぼうこうせん)

二〇一二年七月二十一日 午後八時十一分。

横須賀 観音崎かんのんざき とある海辺―――。


あれから人形を、一つ一つ潰した。

まずは、一番近いPAから、

それから郊外へと続き―――。


次に目指したのは、海辺。

砂浜で足元が悪く、思うように進めない。

更に、手前と奥―――交互に

配置されていたのも腹が立つ。


ようやく、浜辺の藁人形の始末を

終えたのだが、俺はここで

大きな岐路きろに立たされた。

その選択肢は、城か?大仏?


迷ったあげく、俺は“大仏”を選択した。

が、それが間違いだった。


大仏を終えた時、

西に二つの塊、東に二つの塊があった。

今までの俺の選択理由は、

“近い”事にある。


その通りに、行動した俺は、

商店街、中華街の順に廻る。

そこで、ようやく自身の選択に

問題がある事に気付く。


残り二つの塊は、

落とし穴があった場所を通過する。

それは、大きく迂回する事に他ならない。


あげく、湖と城を終えた時、

最後の一つの反応は、商店街の更に奥。


結果、日はとっくに落ち、

周囲は闇に支配されていた。


「予想通りの結果で、満足したか?

 黒坂くろさか 和樹かずき―――!」


俺の目の前には、こちらを冷静に観察する

黒坂と、その後ろに隠れる

“アイツ”の姿があった。


「予想通り―――いや、予想外でした」


「何?」


「神とは、もう少し―――

 賢い存在と思っていたので―――」


「はぁ!?」


メルクリウスの怒号は、

超音波のように振動を与え、

2人を威圧する。


「自分たちの“幼稚”な罠にハマり、

 冷静さが欠如けつじょしていたのは、計算の範疇はんちゅう

 けど、一番“幼稚”な順序で回るとは」


怒りの頂点を迎え、彼の両手の拳には、

力が入り、歯ぎしりの音が聞こえてくる。

が―――。


「それで?俺を怒り狂わせてどうする

 つもりだったんだ?」


怒ったふりだったのか。

メルクリウスは、

冷静にある一点を見詰めている


「―――流石さすがにダメか」


「みたいだな」


鹿島の更に後ろ―――、

そこに不自然に置いてあった

ドラム缶の中からイザベルが現れた。


イザベルは、西洋の銀鎧を身にまとい、

海の中から黒と赤が入り混じった

不気味な大鎌を取り出した。


「これは―――、まさかのまさか

 “異端会いたんかい”の会長さんではないですか?」


彼女と面識があったのか、

メルクリウスは、彼女だと認識した瞬間、

嘲笑あざわらうと共に、相手を小馬鹿にしたような

口調に変わった。


「異端会?」


「ユーラシア大陸最大の異能者組織。

 ―――“異端会いたんかい”。

 歴史は“三十年戦争”前後、350年前」


「さ、さんびゃく―――」


黒坂が鹿島に説明する中、

イザベルは、2人の横を通過し、

メルクリウスの前に、立ちはだかる。


「相も変わらずだな―――“ジャン”」


「ジャン?」


黒坂が、ささやいた。


「以前、この男に会った時、

 周囲から呼ばれていた名だ。

 確か、あの時は貴族に化けていた筈」


「人間に?」


「神にとって、名前など意味はない。

 人間を馬鹿にする事しか、

 楽しみがないらしい」


「失礼だな、他にもあるさ。

 それに、名前を“偽”っているのは、

 お互い様だろ?」


「―――」


「え?」


「薫」


「は、はい」


「『如何いかに自分の意見を

 用意出来ているか―――』

 この言葉を覚えているかい?」


「―――はい」


「ならいい」


「フンッ!つまらない」


アイツ等を疑心暗鬼されると思ったが、

やはり、黒坂 和樹という男。

―――普通じゃない。


「普通の人間の方が、楽だったのですが、

 何分、周囲がそうさせてくれなくて」


心を読んだ?


「やはり、オマエも何か―――」


「はぁ―――。皆同じ結論になる」


深い溜息をつき、ひたいに左手を添え、

「やれやれ」と、首を横に振る黒坂。


「イメージ出来ないモノを何でも異能に

 置き換えるのは、どうかと」


「だったら―――」


「自分は、幼少の身から大人に、

 気に入られる為、何をすれば喜び、

 何をすれば怒られるのか、

 常に考えていました。


 その賜物たまものか、相手の状況や性格、心境を

 自身に置き換え、

 その言葉をトレースする事が

 出来るようになった」


そんな―――。


「そんな馬鹿な事、ありえない」

 ―――ですか?


「くっ!じゃあ、“場の支配”は、

 どう説明する!?あれは―――」


「昔から我慢が得意なたちで―――」


「痩せ我慢だって言うのか!?」


「他に何がある?」っと、言いたげな

黒坂の表情に、再び両手の拳に力が入る

メリクリウス。


「そんな事で―――」


そんな事で、しのがれてたまるか!


右手の拳を開いたと同時に、

彼の元へ槍が急に現れた。

その槍は、尖端せんたんが5つに分かれており、

つた、枝、つるの類が巻き付いていた。


Gáeゲイ dulドゥル!(投槍よ 行け!)」


鹿島たちには、聞き慣れない言葉を

発したメリクリウス。その言葉を合図に、

その五尖槍いつさきやりは、黒坂の胸元目掛け、

飛んでいった。


「黒坂さん!」


「―――」



ドスッ!



鹿島の咄嗟とっさに出た呼びかけもむなしく、

何かが刺さった鈍い音が、周囲に響いた。


状況を考えれば、

メリクリウスの放った槍が、

黒坂に命中したと思われるのだが―――。


「チッ!オマエも相変わらず、

 また、誰かの“盾役”だな」


彼が言うオマエとは、

“イザベル”の事だった。


彼女は、強引に体を反転させ、

黒坂の目の前に立った。

その結果、彼女の背中には、

メリクリウスの槍が突き刺さる。


「ゴホッ」


イザベルの口元から紅いモノが一筋流れ、

彼女はその場で倒れかける。


「イザベルさん!」


鹿島は、急いで彼女の元に走り、

彼女を受け止めた。


「黒坂 和樹。その女を助っ人にしたのは、

 間違いだったな。

 ソイツが得意とするのは、

 “個人戦”ではなく“団体戦”。


 しかも、攻める事しか出来ない脳筋に、

 護衛なんて芸当出来る訳がない」


「イザベルさん!イザベルさん!」


鹿島が、彼女の名前を言い続けるも

彼女からの返事はない。


「お得意の悪知恵も、想定外だったか?」


「―――」


彼女が攻撃を受けて以降、

黒坂は一言も発さずに、

ジッと、メリクリウスを見詰めていた。


Gáeゲイ filleadhフィラ(投槍よ 戻れ)」


メリクリウスは、再び呪文の言葉を

唱えると、五尖槍いつさきやりは彼の手元へ戻る。


「さぁ、これで終わりだな」


既に、決着が着いた表情を浮かべ、

彼は槍の矛先ほこさきを黒坂の心臓に、

焦点を合わせた。


そして―――。


Gáeゲイ dul《ドゥル》!(投槍よ 行け!)」


イザベルを仕留めた時と

同じ言葉を口にした。


彼の槍は、物理法則を無視したまま、

黒坂の心臓目掛け、

吸い込まれるように飛んでいく。


「和樹さん!逃げて!」


鹿島の言葉の助言を無視したまま、

黒坂は、その場から微動だにしなかった。


槍は、そのまま彼の目の前まで迫り来る。



―――ぶりだな。“船長代理”。



「何だ?」


その場の全員から女性の声が、頭に響く。


「あぁ、久し振りだな―――グレイス」


ガチン!


黒坂の言葉とほぼ当時に、

槍が何かに当たった音。

しかし、先程とは大きく異なる音だった。


「だ、誰だオマエ?」


メリクリウスの頬に、汗がしたたる。

彼が言った“オマエ”の正体は、

五尖槍いつさきやりの矛先を片手で掴む女の事だった。


「アタシか?アタシは―――

 グレイス、グレイス・Sエス・ドレイク。

 ―――“海賊”だ」


その女は、長い黒髪をなびかせ、

ました顔のまま、掴んだ右手の槍を

メリクリウスの足元に投げ刺した。


「海賊だぁ?」


「船長代理、

 アイツが標的で間違いないか?」


メリクリウスの言葉を無視し、

黒坂に尋ねるグレイス。彼は、「あぁ」っと、

一言いうと、「分かった」そう言うと、

右手で指を鳴らした。


すると―――。


「「「「―――」」」」


フードを被った4名の男女が、

グレイスの目の前に現れた。


「なっ!」


「何だコイツら!一体、何処から―――」


鹿島とメリクリウスが驚くも、

グレイスは無言のまま、

メリクリウスを指差す。


それを合図に、4名は同時に動き出した。

2名は右に、1名は左に―――、

最後の1名は、メリクリウス目掛けて

突進していく。


「ケッ!いいさ、全員―――殺すだけだ!」


足元に突き刺さった槍を引き抜き、

目の前に迫る1名に備えた。


突進する者は、フードに隠した2つの

手投げナイフをメリクリウス目掛け、

投げ飛ばす。


しかし、その両方とも叩き落とし、

そのまま、相手をくし刺しにした。


「―――」


「ハッ!んだよ、たいした―――」


「油断したな」


男の声で、二ヤついた声で言い放つと、

突進した者の姿が、跡形もなく消える。


「なっ!」


左右を見渡すが、その存在はいない。


「いや、下か!」


メリクリウスの言った方向に、

身を潜めていた男は、

鈍い光を放つ紅い槍を構えていた。


「遅い!」


その紅い槍の所有者は、

メリクリウスのあご下目掛け突き出した。


「チッ!」


メリクリウスは、自身の体を

ワザと後ろによろけ、

何とか紅い槍を回避する事に成功する。


その代償として、無理な態勢で避けた為、

足元が覚束おぼつかない。


「頭上にご注意を!」


「頭上?」


幼さが残る男の声の言われるがまま、

頭上を見上げるメリクリウス。

そこには、無数の剣が降ってきた。


「舐めんな!」


その言葉と共に、

彼の体は後ろに平行移動した。

最後の最後に残っていた力を使い。

降って来た剣を回避する。


だが―――、


―――ぐちゃ。


「な、何だ?」


何か粘着質なモノが背中に触れた感触が、

メリクリウスの背後を襲った。


背後には、何もなかった筈―――。


しかし、徐々に、両手、両足、首と

体全体の身動きが取れなくなっていく。


彼は強引に首を横に曲げ、背後を確認する。

すると、そこには白い糸が、

蜘蛛の巣の如く、辺り一面を、

糸が張り巡らされていた。


「ご愁傷様しゅうしょうさま


その声の主は、若い女性。

恐らく、左に移動したと思われる。

その彼女は、無表情のまま、本を読んでいた。


「舐めやがって!」


無理矢理、その糸を引きちぎろうと

試みるも、抜け出す事が出来ない。

それどころか一層、体に糸が絡みつく。


メリクリウスは焦りだし、彼は自身の

槍を手放し、両手で糸をがそうと試みる。


だが、何故だ!何故、こんな早く―――。


連携できる―――ですか?


これは、心の声?―――テレパスか?


脳に響く声は、大人びた女性の声だった。

彼女は、「クスクス」っと、笑い続け、

彼の解答に、応えない。


あ、もう離脱しないと―――、グレイスが―――、



―――貴方にとどめを刺すみたいなので―――。



「は?」


「―――」


心の声の主の宣言通り、頭から心の声が消えた瞬間、

グレイスと名乗る女が、

ボクサーのファイティングポーズで、

接近してきてくる。


「ハッ!素手でこのオ―――」


ドスン!


グレイスの右の一撃が、

メリクリウスの腹に当たる。


「がはっ」


な、何だこの力は―――。


「―――」


ドスン!


何も言葉を発さずに、

グレイスは続けて左の拳を

同じ腹に打ち込む。


「がはっ」


この人間を優に超えた力。

何処かで―――。


ドスン!ドスン!


無表情のまま、グレイスは

立て続けにワンツーっと、連続で殴る。


必死に、逃げる行動を試みるメリクリウス。


ドスン!ドスン!ドスン!ドスン!


が、それは叶う事はない。


ドスン!ドスン!ドスン!ドスン!

ドスン!ドスン!ドスン!ドスン!


16発目を食らった時点で、

意識が飛ばない事に集中しなければ、

ならない状況に追い込まれていた。


ドスン!ドスン!ドスン!ドスン!

ドスン!ドスン!ドスン!ドスン!

ドスン!ドスン!ドスン!ドスン!


28発目を終え、

一旦後ろに後退するグレイス。


「き、貴様は―――一体」


「言っても信じないさ―――、

 だから、大人しく―――」


グレイスは、右ひじを縦後ろに引き、

人の目では捉えられないスピードで―――。


ゴキッ!


メリクリウスの顎目掛け、

アッパーカットを食らわした。


「―――殺られろ」


その威力は、糸の強度を越え、

メリクリウスは、

大きく空中へと放り出された。


このチャンスを逃さないとばかり、

グレイスは、その場から大きくジャンプし、

彼よりも更に、高い場所へと移動する。


そして、渾身こんしんの力を溜めつつ、

グレイスは、大きく右手を横に振りかぶり―――。


クアニ私は―――」


思い出した。この圧倒的パワー。

この尋常でないスピード。

これは、動物界世界最強の―――。


レプン カムイシャチだ―――――――!」


ドッ!


グレイスの拳は、的確にメリクリウスの

心臓を貫き、その勢いは収まらず、

そのまま地面へと落ちていき―――、



バ――――――――――――――――ン!



爆弾が投下されたかと思う程の爆音が、

爆風と振動を巻き起こし、

周囲のモノをことごとく、吹き飛ばすのだった。


「しくじったな、メリクリウス」


少し離れた場所で、

今までの光景を観察し続けていたのは、

ヴェネチアマスクを付けた男。


彼は、手元の携帯より、発信ボタンを押す。

コールは1度だけ鳴り、誰かがすぐ出る。


「はい、黒坂 和樹を

 “第二級”神裁指名手配に―――。


 はい、それと同等の脅威と思われる。

 グレイス・S・ドレイクを黒坂と同等に。

 はい、そうです。間違いありません。


 その女が、メリクリウスの“サブ”を

 りました―――」

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