27,走力戦

時は開戦時、同時刻―――。


二〇一二年七月二十一日 午後〇時二十分。

浦賀ICを過ぎた車内―――。

「皆、準備はいいですか?」


頭にヘッドセットを装着した鹿島が、

黒坂を除いた7名に呼びかける。


海老名 とあるPA―――。

芹澤せりざわ、問題ない」


茅ヶ崎 とあるビーチ―――。

「鬼塚、いつでも」


鎌倉 とある大仏前―――。

氷鷹ひだか無問題モーマンタイ


小田原 とある城前―――。

「モーマンタイ?」


相模原 とある湖付近―――。

「問題ないってさ」


小田原 とある城前―――。

「なら、そう言えよ。

 ったく、近衛このえ、いつでもOKだ」


相模原 とある湖付近―――。

「クス、真田。行けます」


横浜 とある中華門前―――。

「走って置いて、走って置いて、

 走って置いて、走って置いて―――」


移動中の車内―――。

「希ちゃん?」


横浜 とある中華門前―――。

「え?あ、は、はい!

 久遠くおん!走れます!」


横須賀 とある商店街―――。

ちん、走りたくないです」


移動中の車内―――。

「そこは―――どうか、

 お願いします」


横須賀 とある商店街―――。

「分かっているわよ、

 言ってみただけじゃない」


鹿島は、陳の言葉に苦笑しながら、

自身の膝に置いてあるパソコンより、

7名全員の場所。


それと、“落とし穴”班が掘った周囲の映像を、

同時に確認する。


現在、鹿島、黒坂除く7名は、

“神奈川”の各地にて、大量のわら人形を

それぞれの方法で、所持し、

今か今かと待っていた。


この状況を作り出せたのは、他でもない鹿島。

きっかけは、彼が勉強中の“錬金術”。


錬金術とは、石を金に―――。


そんな夢物語が、ある訳ではなく―――、

その実態は、西洋版の漢方薬作成。

若しくは、

卑金属ひきんぞくの分解と融合を行う一つの手段。


つまりは、薬学と科学の中間的立ち位置。

これだと、本当に夢も希望もない話だ―――。


しかし、その製法でしか得られない

不思議な効力を発揮する事が稀にある。

そう例えば、“特定の個人の代用”とか―――。


日本の古い。されど、知名度の高い呪い手段。


―――呪いの藁人形。


呪いたい人物の髪など相手の体の一部を、

藁人形の中に入れ、五寸釘を得物に、

金槌かなづちで木に打ち付ける。


それで本当に呪われるかはともかく、

これを応用した方法を鹿島は、

偶然にも知っていた。


応用と言っても、呪いとは正反対。

自身の“身代わり”にする方法を―――。


作成工程は置いといて、

その効果は確かにあった。


至近距離では、流石に見間違えないが、

10メートル以上離れると5秒だけ、

本人かどうか認識できない。


5秒で何の役に立つのか?

その疑問を解消したのが、その“量”である。

確かに、5秒程度の時間稼ぎでは意味がない。


ただ、それが300体で1500秒。

分換算で25分。


これでも、頼りない時間稼ぎだが、

それが更に、“神奈川”の至る所に配置する事で、

どうだろう―――?


前回、鹿島たちを追って来なかった経緯から、

メルクリウスの瞬時の移動は、

“長距離”の移動は出来ない。


そう判断の上、黒坂が監修。

作戦リーダーを鹿島が、担う事となった。

そして現在、作戦間近に至る。


移動中の車内 鹿島―――。

「ターゲットが、岸辺より視認」


7名のメンバーは、緊張した面持ちで、

鹿島の合図を静かに待つ。


この作戦の肝は、如何いかに相手に悟られず、

300体を指定の位置に置き、

無事メンバーが離脱できるか。


メルクリウスが罠の連続で、

注意散漫になる時間は、

シミュレーションで何度も計算した結果。



―――時間の猶予ゆうよは“3分”。



これは、メンバーが走れる限界と、

離脱可能な時間を加味した結果だった。


メルクリウスは、陸の手前に伸び切った雑草を

掻き分け、相手の居る方角へと歩み寄る。


そして、彼が足元へと視線を移した瞬間―――。


「スタート!」


「ギャァ――――――――――――――――!」


鹿島の合図の直後に、

メルクリウスの絶叫が、映像から流れてきた。


鹿島の言葉を皮切りに、

7名全員が一斉に走り出す、

一体の藁人形を残して―――。


今回の作戦は、以下の通り―――。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


1:所持した藁人形20メートルおきに、

 置く/隠す/落とす事―――。

 

2:中間地点、最終地点で、

 自身の名前と、経過報告をする事―――。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


内容は、至ってシンプルだ。

しかし、各地に藁人形を

各地にバラいて問題はないのか?


結論から言うと黒坂曰く、「ない」らしい。

理由としては、メルクリウスにとって、

それは、視界の妨げる“障害物”である。

故に、その場で処分しないといけない。


どのような処分方法かは知らないが、

異物として、各地に残る事はないだろう。


次に、重要なのは、その場所である。

神奈川に展開する有名どころを選んだのは、

“人が多い”事―――。


何故神が、人の目を気にするかは、分からない。

ただ、2度の遭遇で分かった事は、

どちらも人気が少なかった。


つまり、人気が多いところでは、

派手な事が出来ない可能性が高い。


その為、人気の多い場所に加え、

可能な限り、分散した地域を選んだ。


状況的なモノは、これぐらいだろうが、

一番の課題となる事は、“人”である。

果たして、全てを上手く配置し、

離脱出来るのか?


海老名 とあるPA―――。

「――――」


その疑問を払拭する程の動きを見せているのが、

芹澤せりざわ めい」である。


彼女は、人間離れしたスピードで

移動しているのにも関わらず、

息は乱さず、正確に、

てのひらサイズの藁人形を配置する。


しかし、藁人形の数は、減っている様子はない。

それもその筈、メンバー全員、所有している

藁人形の数は、“100体”だからである。


走力、体力、腕力、精神力の4つの要素を

黒坂が分析し配分した藁人形の総数は、300。


つまり、芹澤の配分は、全体の3分の1。

本来であれば、文句の一つや二つ出ても

おかしくはない数だ。

だが、彼女は二つ返事で、了承した。


理由は簡単。「和樹が、出来ると言ったから」


それを体現する為、彼女は止まる事なく、

藁人形を置き続ける。


茅ヶ崎 とあるビーチ―――。

「おらおらおらおらおらおらおら―――!」


芹澤せりざわとは真逆。水着姿で盛大に声を張り、

不安定な砂浜と、人込みを駆け抜ける彼女は、

「鬼塚 響鼓」。


普段はとても大人しいのだが、

自身の“趣味”に関連した事になると、

性格が豹変し、現在のように熱血漢が、

前面に出る。


男性顔負けの身体能力。

一見、身体系の異能かと思いきや、

そうではない。

彼女自身が、努力の末に身につけたモノ。


芹澤せりざわに次ぐ、60体の藁人形を配分された彼女は、

浜辺の中央付近を真っすぐに駆け抜けながら、

持前の“肩力かたりょく”で、左右に上手く投げ配置する。


一見、不信な行動に捉われそうだが、

彼女の豪快さと、彼女の美貌のお陰で、

馬鹿な男は鼻の下を伸ばし、

それをとがめる女性陣。


また、何かのイベントかと思うような

派手さもあり、ライフセーバーも黙認―――。

いや、単に彼女に、追い付けないというのが、

本音であろう。


近衛このえ氷鷹ひだか、真田―――。

「「「はぁはぁはぁはぁ」」」


久遠―――。

「4つ――――――5つ」


陳―――。

「ヒィ―――!」


芹澤、鬼塚の化物組の他は、

男性陣、40体。女性陣、20体。っと、

均等に振り分けられていた―――。


――――――――――ドスン!


スタートから30秒程度を経過した時点で、

メルクリウスが、落とし穴に落ちた音が、

PCから流れてきた。


その合図が聞こえると鹿島は左手に、

小型の発信機を胸ポケットから取り出した。

そして、パソコンの画面から、

白煙が立ちのぼるのを見届け―――。


「ピッ!」


鹿島は躊躇ためらいなく、

その発信機のボタンを押した。


バ――――――――――――――――――ン!


数秒後、パソコンから大きな音が鳴り響き、

鹿島は反射的にパソコンを遠ざける。


「マジかよ―――」


予想を遥かに越える威力に、“遠慮”の二文字を

全く感じられない黒坂の冷徹さに、

若干、引いてしまう鹿島だった。


「芹澤、中間地点通過」


「鬼塚!中間通過!」


ほぼ、同タイムで、両名が報告した。

この合図で、彼女たちの残りの距離と

藁人形の数が半分になった事を意味していた。


しかし、藁人形の配置に注意しながら、

自身の距離と数を意識するのは、困難。


その為、黒坂と鹿島が、事前にルートと

その中間箇所を決め。昨日のうちに、黒坂が、

深紅しんくの旗”を、各地に配置しておいてあった。


それをメンバー全員が、目印とする事で、

走る事と、藁人形の配置に集中出来るよう、

配慮したのである。


「近衛、中間通過!」


「氷鷹、通過」


「真田―――半分通過!」


「久遠、ちゅ、中間、つ、通過しました!」


「陳、―――通過ぁ」


遅れて残り5名の通過報告が次々と入ってきた。

これで、メンバー全員が中間地点を通過。

現在、スタートの合図から―――1分25秒。


順調と言えば、順調である。

しかしそれは、こちらが予想した範囲での時間。

メルクリウスが、その予想を越えられた瞬間、

―――終わりだ。


その為鹿島は、ハラハラしながら、

落とし穴の映像に、釘付けとなっていた。


海老名 とある郊外―――。

「――――」


茅ヶ崎 とあるビーチ―――。

「ラストスパート―――!」


鎌倉 とある信号機前―――。

「はぁはぁ、赤かよクソッ!」


小田原 とある城前―――。

「はぁはぁはぁ」


相模原 とある湖付近―――

「はぁはぁ、あと少し」


横浜 とある中華街付近―――。

「じゅ、じゅうなな―――」


横須賀 とある駅前付近―――。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


スタートから2分と15秒が経過し、

メンバーの疲労が、りになっていく。


海老名 とある郊外―――。

「芹澤、任務完了―――離脱する」


停止中の車内―――。

「お疲れ様です!」


海老名 とある郊外―――。

「うん、後は頑張って」


停止中の車内―――。

「はい!」


茅ヶ崎 とあるビーチ―――。

「終わった―――!鬼塚離脱!」


停止中の車内―――。

「お疲れ!」


茅ヶ崎 とあるビーチ―――。

「ウス!あとは―――頑張って、薫さん」


停止中の車内―――。

「あぁ」


時刻は2分と30秒。

中間報告を行った上位2名が、

それぞれ、報告を終え離脱を宣言した。


また、離脱の方法も事前に決めてあった。


芹澤、近衛は、異能により自力で、離脱。

鬼塚、真田は、浜辺、湖と郊外の為、

事前に用意した車で、離脱。


氷鷹、久遠、陳は、各地の最寄り駅を

ゴール地点としている為、そのまま電車で離脱。

という計画である。


小田原 とある城前―――。

「はぁ―――近衛、完了、離脱する。

 あと、和樹に言っておいてくれ、

 もう、能力は使えない―――って」


停止中の車内―――。

「分かりました!お疲れ様でした!」


相模原 とある湖付近―――

「はぁはぁはぁ、真田終わりました

 セイの車で離脱します。お疲れ―――」


停止中の車内―――。

「お疲れ様です!」


鎌倉 とある駅―――。

「ったく、ついてねぇ―――

 氷鷹、離脱する。薫―――死ぬなよ」


停止中の車内―――。

「努力する」


横浜 とある駅―――。

「に、20!く、久遠終わりました!」


停止中の車内―――。

「お疲れ、希ちゃん!帰りも気を付けて」


横浜 とある駅―――。

「ありがとうございます。薫さんもご無事で」


横須賀 とある駅―――。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、私、最後?」


停止中の車内―――。

「はい、完了しました?」


横須賀 とある駅―――。

「えぇ―――なんとか」


停止中の車内―――。

「お疲れ様でした、作戦成功です」


横須賀 とある駅―――。

「よかった―――。じょあ、帰るわ」


停止中の車内―――。

「はい、お疲れ様でした!」


横須賀 とある駅―――。

「―――薫」


停止中の車内―――。

「はい」


横須賀 とある駅―――。

「絶対に、絶対に―――生き残ってよ」


停止中の車内―――。

「―――はい」


横須賀 とある駅―――。

「ついでに、和樹も」


そう言い残して、陳の連絡は途絶えた。


「ついでって―――」


作戦は成功で安堵したのか、口元がゆるむ鹿島。

また、落とし穴付近の映像に変化はない。


あの爆発で、やられてくれれば―――。

そんな淡い気持ちを鹿島が抱いた束の間―――。


落とし穴より、黒い影が一瞬現れたと思ったら、

次の瞬間には、メルクリウスが膝をついて

こちらのカメラを睨んでいた。


「―――マジかよ」


そして、彼が投げた黒い物体により、

映像は、途絶えたのだった。


時刻は、午後〇時半を過ぎていた。

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