26,戦前(いくさまえ)

開戦より一日前―――。


二〇一二年七月二十日 午後三時二十一分。

厚木市の相模川さがみがわ とある岸辺きしべ―――。



現在、此処では

オカルト研究第七支部のメンバー3名が、

和樹の指示の下、黙々と地面を掘っていた。


メンバーは、

2年の氷鷹ひだかじん、2年の鬼塚おにづか響鼓きょうこ

4年の芹澤せりざわめい


3名は、普段履き慣れない長靴と、

作業用のつなぎを着て、

鉄のスコップを両手で、掘り続ける。


因みに、その全てが

和樹かずきからの支給品である事は、言うまでもない。


「まだ、掘るのか?」


掘り続けて約1時間、とうとう仁が、

額の汗をぬぐいながら“鬼塚おにづか 響鼓きょうこ”に尋ねた。


「あと―――、最低でも5メーターは」


白髪の長く伸びた髪と薄いブルーの瞳の彼女は、

和樹かずきに渡された設計図を開き、

今の穴の状況を確認しつつ、仁に返答する。


「マジかよ」


穴の壁にもたれつつ、深い溜息を付く仁。


「じゃあ、今から“人形班”に移る?」


その解答が分かっているものの、

怠け者に、質問する響鼓きょうこ


「ノーセンキュー」


一般の女性であれば、優しい言葉をなげかけ、

「少しでもお近づきに」っと、欲望剥き出しの

返答になるところだが、此処の女性陣には、

微塵みじんもその気配はない。それどころか―――、


「じゃあ、掘り続けて―――、

 めい先輩を見習いなさいよ!

 文句一つも言わないで、

 掘り続けているじゃない!」


仁を叱咤しったする響鼓きょうこ。同学年という事もあり、

彼におべっかを使う必要がない事もあるが、

彼女自身、モテる男に冷たい態度を取りがちな

傾向があるようだ。


「―――――」


そして、掘り始めてから一切、言葉を発しない。

芹澤せりざわ めい”。

小柄な体格にも関わらず、いとも簡単に、

固い地面を掘り続けていた。


「あの人が、良し悪し含めて、

 意見を言ってるの聞いた事ないけど―――」


「聞こえているぞ、仁」


「ギク」


ギャグ漫画でお馴染みの台詞せりふに、

気が抜けたのか、

めいの両手は、一時的に掘るのを止めた。


彼女の瞳と髪はライトグリーンで統一され、

透き通る肌は、汗まみれになっていた。


「私は、無駄な事を極力したくない。

 そして、和樹かずきのやる事に無駄だった事がない。

 で、あるならば、私は、指示を遂行する」


「はい―――」


これでも、彼女は怒っている訳ではない。

自分の意見をただ言っただけ―――。


しかし、仁の瞳に映る彼女の視線は、

「ぐだぐだ言わず働け!このマヌケ!」っと、

訴えられている気分になっていた。


以降、仁は文句を垂れる事もなく、

目標の5メートルまで、掘り続けるのであった。



二〇一二年七月二十日 午後三時四十二分。

黒坂邸 和樹かずき自室―――。



場面は変わり、和樹の部屋には4名が居た。

メンバーは、

3年の黒坂くろさか和樹かずき、3年の近衛このえまもる

3年の真田さなだ美幸みゆき

所謂いわゆる、同級生トリオ。

それと、片隅かたすみでいじけている助っ人のイザベル。


此処では和樹かずきを見立てた“案山子かかし”作りに、

奔走ほんそうしていた。


で、イザベルが此処で、

何故いじけているかというと―――。


彼女は昔、よく案山子かかし

作っていたとの事だったので、

先人の知恵を借りる―――、

つもりだったのだが―――。


『これをド―――ンっと、置いて、

 あれをギュ―――っと、縛って、

 それを―――、


『すみません、イザベルさん』


『何だ?』


『説明が擬音だけで、

 何を言っているか分かりません』


「シュ―――ン」


結果、和樹かずきの戦力外通告を受け、

彼女は和樹かずきのベットの上で、

体育座りをしながら、

ずっと落ち込んでいた。


その為、実質3名が作業を行っていた。

とは言っても、ほぼ完成間近である。


「それにしても、わざわざ新品の服を2着

 用意するなんて、徹底しているわね」


美幸みゆきは、現在和樹が着ている服と

全く同じモノを、彼の机に置いた。


「彼が何を持って、自分と判断するか

 分からないですから―――、

 今の服を明日の朝に着せて完成です」


流石さすが、策士ね」


美幸みゆきは、右手をグットマークにして、

和樹かずきたたえ、「どうも」っと、

彼は、返答した。


「音は何時から開始する?」


護は、スピーカに内蔵されている

タイマーを操作しながら、和樹かずきに質問した。


「トイレで人形を置いた瞬間。

 だから、十一時二十分で頼む」


「早過ぎないか?」


「電池は1日持つし、

 どうせ壊れる―――。それに、

 コレに関しては、

 “タイミング”とは関係ないからな」


「了解」


「じゃ、私は“人形班”に、合流するわ」


自分の役目を終えたと思い、

美幸みゆきは和樹の扉に手をかけた。

すると―――。


「良いチームだな」


突然、イザベルが口を開いた。


「誰かの為に、一生懸命。

 誰もが出来る事ではない」


「ありがとうございます。

 ですが、

 イザベルさんの“組織”だって―――」


和樹の口にした“組織”のワードで、

彼女の表情が強張り、

彼は続きの言葉を止める。


「覚えておけ、二代目。

 組織とは、大きくなるに連れ、

 目指す方向がバラバラになる。

 

 それを修正する事は可能だが、

 全員を同じにする事は、

 “不可能”と思った方がいい。


 勿論、0に限りなく近づける事は、

 可能だろうが、

 決して“0”にはならない」


重い空気が漂う中、

和樹は何かを思いついたのか、

笑みを浮かべて話し出す。


「ご助言、有難うございます。

 覚えておきます。

 その替わりに―――。


「ん?」


「私は、まだ“二代目”ではないので、

 正して頂けないでしょうか?」


「―――考えておく」


「これは、直らないな」

 そう、3年トリオは、思ったのであった。



二〇一二年七月二十日 午後四時八分。

黒坂邸 応接室―――。



最後のメンバー3名+江の計4名が、

黙々と小型の“人形”を作成していた。


メンバーは、

4年のちん しゅう、3年の鹿島かしまかおる

1年の久遠くおんのぞみとなる。


役割としては、

鹿島以外の3名が、ただひたすらに

藁人形わらにんぎょう”を作成し続け、

薫が何かしらの細工を

行っている構図だった。


その為、作業人数が3対1の割合の為、

薫は、作業する為に使用する

両手と目以外をこの数時間、

全く動かしていなかった。


「父さん、一度休憩しない?」


江の言葉で、薫はようやく手を止めた。


「今、何体出来たか分かる?」


「今ので、丁度五十体かな」


「時間は四時十分か―――、

 開始したのが、二時半。

 ―――ギリギリか?」


腕組みをしながら、未完成の人形を

一望する薫。


「私にも細工の方法を教えて、

 そうすれば、

 もう少し早く終わるでしょ?」


「その方が、いいかもね。

 さっき、“案山子かかし”班は、

 終わったみたいだし―――」


江は薫に飲み物を渡しながら、

しゅうは携帯で、今回の件で、

急遽作成したグループのSNSを眺めながら、

薫に提案した。


「和樹と美幸みゆきさんがこっちに合流。

 

まもるは、“落とし穴班”に、

合流するみたいだから―――。


一番、早くて正確に作るのぞみちゃん以外、

薫の細工に移った方がいいかも―――。

希ちゃん、今何体人形出来た―――?」


のぞみは、しゅうに話しかけられて驚き、

人形を落とすも、彼女から質問を優先し、

空き缶よりも小さい人形を数える。


「えっと、正確ではないですが、

 此処の分だけで―――、

 100は出来たかと思います」


江としゅうは、2人併せて五十体。

敗北と切なさで、ひざまずく2人。

それを「まぁまぁ」っと、

なだめる薫だった。


「あぁ、ありがとう、父さん」


“人形班”の一幕を終えたタイミングで、

和樹かずきが応接間に入ってきた。


彼は、父親と会話していたのか、

左手で携帯を持っていたのだが、

丁度、要件が終わったのか電話を切る。


「計画通り、

 厚木のテクノロジーセンターを

 臨時休業にしてもらった」


「そんな淡々と

 もの凄い発言、言わないでくれる?」


一同が、驚き過ぎて固まっている中、

頭を掻いて、抗議をするしゅう


流石さすがに、息子の命を天秤てんびんにかけられたら、

 否定はできまい」


「ただの脅迫じゃない!

 和樹かずきのお父様、同情致します」


手と手の平を重ね、祈るかのようなポーズで、

和樹の父親を労わるしゅうだった。


和樹かずき様」


そこへ、執事服を着た年配の方が、

応接間に入ってきた。


「あっ、届きました?」


「はい」そう応じた、執事服の男は、

四角い機械的な何かを和樹に一つ渡した。


「これは?」


薫が和樹かずきに近付き、その物を指差して質問した。


「これは、C-4を改良した、家の―――」


「「C-4?」」


のぞみと江の頭上に「?」マークを浮かべている

最中、しゅうは希を、薫は江を応接間のはじっこに、

2人を誘導した。


「あぁ、プラスチック爆弾」


「「爆弾!」」


「安心してくれ、まだ仕上げをしてないから

 誤爆もしない」


「そういう問題じゃないでしょ!」


しゅうの威嚇に、流石のメンバーも賛同され、

苦笑する和樹。


「仕方がない、仕上げは岸辺でするか。

 

 すまないが、後は薫に一任する。

 “落とし穴班”が終わり次第、

 こっちに合流する


 あ、例の作成で、使用する

 “深紅の旗”も、ついでに配置してくる」


早く行けっと言わんばかりに、

深くうんうんと頷く薫。


「行きましょう、義延よしのぶさん」


そう言い残し、和樹と執事は、

応接間から退出するのであった。


「加減ってモノを知らないヤツね」


のぞみ以外がその場でヘタれ込む中―――。


「でも―――和樹かずきさん」

 ―――楽しそうです♪」


思わず、3人は何かまぶしいモノを

見るかのように、両手で視界を隠した。


「すみません、不謹慎でした

 2人の命がかかっているのに―――」


「いいや、そんな事ないさ―――。

 さぁ、作業に戻ろう」


薫の言葉に、3名は頷く。

そのタイミングで美幸みゆきが、

怪訝けげんそうな顔で、応接間に入ってきて―――。


「ねぇ、今和樹が、ローションって書かれた

 段ボール持って出かけたけど、何か知ってる?」

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