25,開戦

二〇一二年七月二十一日 午後〇時二十分。

下水道―――。



ジャブジャブと音をたてながら、

地下下水道を前進し続けるメルクリウス。


「ふざけやがって!」


足元が下水で、重くなっていく。

いや、それはそこまで問題ではない。

問題は、あの場所で1時間ロスした事だ。


普通に考えれば、相手は1時間先の場所にいる。

その時間で、公共交通機関を使われると厄介だ。

いくら、“神裁しんさい”の対象とはいえ、

派手な行動は、出来ない。


昔とは違って、

今の人間はすぐに記録に残したがる。

情報の独占が、美徳だった時代の方が、

楽だったのに―――。


「仕方がないか―――」


その言葉を最後に、その場からメルクリウスの

姿が消え、下水道の外へと瞬時に移動した。

その代償として、

彼は全身ずぶ濡れの状態になっていた。


「チッ!―――っ!―――まぁ、いいか」


自信が濡れた事に舌打ちするも、

すぐに口角があがる

メルクリウス。その理由は―――、


―――“アイツ”の気配を感知出来た。


周囲を見渡すと、どうやら此処の地域で、

一番大きな川に繋がっており、

あの男は、川の向こう岸に、

身を潜めている。


すかさず、下水道と同様に、

能力を使用して、向こう岸の直前、

雑草がしげる手前まで移動した。


何故、陸地まで移動しなかったのか―――、

それは簡単だった。


「残量不足か―――」


そう、“支配しはい”“察知さっち”“瞬間移動しゅんかんいどう”どれもが、

自身の能力だが、どれもサブ―――。


本職と違って、回数制限。

いや、スキルポイントと言うべきか、

それが尽きると、使用がしばらく出来なくなる。


「4日前に無理し過ぎたか―――」


パルカと別れた後、

無理を押して連中と遭遇する為、

“瞬間移動”を連発した。

結果、あれは失敗だった。


本職の輩が、連中の中に紛れていた為、

その後、連中の後を追う事が出来なかった。

これが全回復するには、

最低でも2週間程度はかかるだろう。


「まぁ、いいさ」


「はぁはぁはぁはぁ」


人工的な壁を事前に用意したのか、

その障害物の裏で、

あの男の乱れた息遣いが聞こえてくる。


「どうやら、頭はキレるみたいだが、

 体力は平均以下とみた」


「はぁはぁはぁはぁ」


メルクリウスは、陸の手前に伸び切った雑草を

掻き分け、相手の居る方角へと歩み寄る。


「もう少し、苦戦するかと―――」


―バチ。


「バチ?」


足元から聞こえた不穏な音に、

メルクリウスは、視線を下に移す。


バチバチバチバチバチバチバチ―――。


「なっ!」


そこには、無数の銀線が、

雑草と絡みあっていた。そこへ青い閃光せんこうが、

真っすぐに、メルクリウス目掛け迫って来る。



ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!



「ギャァ――――――――――――――――!」


咄嗟とっさの回避をメルクリウスは試みるも

時既に遅し、雑草と銀線が足に絡み、

逃げる事叶わず。青い閃光は、

彼を襲い、メルクリウスは絶叫する。


「くっ!」


無理矢理、足元に絡んだモノを引きちぎり、

雑草地帯を脱出したメルクリウス。


自身の体は、黒い煙と焦げた臭いが

鼻に残ったまま、彼は力任せに、

人工の障害物を破壊する。

強引だった為か、砂煙で視界が悪くなった。


だが、彼にとっては関係ない。

気配を頼りに、そのまま砂煙の中を突き進み。


ガシッ!


“相手”を掴んだ―――そう、彼は思った。

けれども―――。


「つかまえ―――何?」


黒坂 和樹と思ったそれは、

カフェの時の服装をまとっていたものの、

それは、人間ではなく―――。


「か、案山子かかしだと―――」


視界が徐々に、良好になっていく。


すると、そこにはさっきまで黒坂くろさか 和樹かずき

着用していた服を等身大の案山子かかしが着ており、

頭部には小型のスピーカーが、

グルグル巻きに締め付けられていた。


『はぁはぁはぁはぁ』


未だ、息が乱れた音声が繰り返されている。

どうやらこの声は、録音されたモノのようだ。


「ふざけ―――」


―――ドス。


「て?」


音の元は、またしてもメルクリウスの足元。

恐る恐る、彼は下を向くと、

地面の一部が―――崩れていた。


「―――嘘だろ?」


その言葉と同時に、地面が完全に崩壊し、

彼は重力に逆らえず、落ちていく。

が―――、


「舐めんな―――――!」


完全に地上から彼の姿が消える直前、

右手を一杯に伸ばし、崩れていない場所掴む。


これも巨体の体と長い腕の賜物たまものだろう。

しかし、それも一時的なモノだった。


「なっ!」


何故ならば、崩れていない場所は、

滑るローションまみれだったからだ。


その為、掴んだ右手は、

例外なくツルっと滑り抜け―――、

メルクリウスは、“落とし穴”へと消えていった。



――――――――――ドスン!



何か大きな物が、地面とぶつかった音と、

振動が周囲に響く。

それと共に、白い煙が立ち込めた。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す!

 ―――絶対に、殺してやる!」


既に、冷静とは無縁の状態で、

感情を剥き出しに、殺意の言葉を大声で

叫び続ける彼を、誰も神とは思わないだろう。


ピッ!


「嘘だと言ってくれ―――」


白い煙が消えかけると、落とし穴の底の壁には、

無数の四角い機械的な物体が貼り付けている。


それはどれも、中央の箇所に、

赤いランプが点滅していた。

そして―――、


ピッ!


それが全てライトグリーンになった瞬間。



バ――――――――――――――――ン!



巨大な爆音と、震度3に近い振動と、

モクモクっとたちあがる煙が、

落とし穴から発生するのだった。


そんな事件のような状況に、

周囲の人間は、未だ誰も近寄って来ない。


それもその筈、

その場所から半径約300メートル先に、

人影がなかったからだ。


何故ならば、その付近に、

唯一ある大きな工場のみ。

その工場が急遽、臨時休業になった為である。


その施設名は、



「黒坂コーポレーション 

   テクノロジーセンター第二支局」。



2分程度が過ぎた頃、メルクリウスは、

膝をつきつつも、落とし穴から脱出した。


あの状況下でも、彼は生存していた。

ボロボロの状況ではあるが、やはり神である。


そして、彼は、1点の方向を睨みつけていた。

その先にあるのは、小型カメラ。


「いいだろう―――認めてやる。黒坂くろさか 和樹かずき


その言葉と共に、小型カメラは、

メルクリウスの投げた黒い物体により、破壊された。


「オマエを必ず、絶対、確実に、

 ―――殺してやる。“察知”」


完璧に、ターゲットにされた

黒坂くろさか 和樹かずきだったが―――。


「おい―――マジかよ?」


残り、僅かなスキルポイントを使用するが、

精度はかなり落ちていた。

その為なのか?

将又はたまた、これも黒坂くろさか 和樹かずきはかりごとなのか?

メルクリウスの捉えた黒坂 和樹の数は―――。


「―――“300”だと?」


信じられない数の黒坂くろさか 和樹かずきの反応。

それが、“神奈川”の各地に、

展開されていたのだった。


時刻は、午後〇時半を過ぎていた。

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