16,三人♪

二〇一二年六月十九日正午。


祖父が、先月他界した。

いつものように、愛用のバイクで―――。


「ちょっと、ツーリングに行ってくる」


その言葉を電話越しで聞いたのが、最後だった。原因は、「事故死」―――だった。


どうやら地元では有名な場所で、危険な急カーブが連続する道で、速度を誤り、カーブを曲がり切れず―――。


そう、父さんから説明を受けたが、俺は納得出来なかった。


顔に似合わずお調子者の人で、無茶苦茶な事も平気で実行する人ではあった。


しかし、物事の良し悪しを判断出来ない人ではない。爺ちゃん自身―――。


『客観的に自分を判断出来るまで、バイクには乗るなよ』


それが、爺ちゃんの口癖だった。―――いや、事はもっと単純か。


自分が思った以上に、俺は―――。



―――爺ちゃんが好きだった。



だから、爺ちゃんの死を受け入れられず、能書きを脳内で言い続けている。死という永遠の別れは、辛いの一言では片付かない事柄なのだろう。


「俺も―――いつか」


まだ、具体的にどうなるかも分からない未来。だが、自称神の台詞を鵜呑みにすれば―――。


そうなれば、まだ見ぬ未来の娘たちは、今の俺と同じ想いになるのだろうか?なってほしくない気持ちと、悲しんでくれない時の寂しい気持ち。


そんな柄ではない事を考えつつ、俺は今、鹿島商店の閉店するにあたり、店の整理というなの片づけを行っていた。



―――ジリリリリリ、ジリリリリ。



「え―――!ちょい待って、 電話線ともう繋がってないぞ!―――ないよな?」


薫は電話の裏側を確認するが、自身が言った通り、電話本体と線は繋がっていなかった。


うん、やっぱり、本体と繋がってない。いや!―――怖い!怖い!怖い!怖い!


「誰?誰?誰?誰?」


―――ジリリリリリ、ジリリリリ。


自称神は、店からの去り際「もう会う事がない」そう、言っていた。となれば、双子の妹の江か?


―――ジリリリリリ、ジリリリリ。


「で、出るしかないか」


―――ジリリリリリ、ジリリリリ。


冷や汗をかきながら、薫は受話器を取った。


「か、鹿島商店です」


「遅い!」


予想外の大声が受話器から聞こえ、薫は、右腕を伸ばして耳から受話器を話した。


めっちゃ、怒っているやん!こっちは、感傷に浸っている時に―――。


そして、お前は、誰?声は、過去四回聞いたカ―ミス・メイだが、カ―ミス・メイは、神様だから―――。


「カミスさん―――では、ないですよね?」


「桜よ!」


再び薫は、右腕を伸ばして耳から受話器を話した。


めっちゃ、怒っているやん!桜?桜って、双子の姉の方だった筈。でも、娘と父の関係って、こっちはまだ実感ないのだが―――。


どうしたものかと悩んでいる中、受話器の向こう側から、「流石に、それは理不尽」っと、昨年聞いた覚えのある声。恐らく江だと思われる。


ありがとう、江!やさしいぞ、江!


「急に、怒った口調になって、ごめんなさい」


江にいさめられ、一気に声のトーンが下がり、しおらしくなった。


桜という人物。4度のやり取りと今も含め、決して悪い子ではない事は、十分に分かるのだが、どうにも頭が上がらない。


何故だろうか?


「え―えっと―――ご用件は?」


結局娘なのに、敬語を使ってしまう不甲斐ない俺。


一方、こちらが尋ねると電話越しでも分かる程、彼女は緊張した口調で喋り始める。


「私は―――私は、父さんとまだ―――お別れしたくない」


それだけで、薫は桜の用件を理解できた。


「私ね、父さんの仕事部屋でみた“賢者の石”の絵をみて、絵が大好きになって、勉強して、賞を取って、評価されて、ようやく、フランスで個展を開く事になったの―――」


言葉をつむぐ度、彼女が涙を必死にこらえている事、声が震えている事が分かった。いや、分かってしまう。


「でも、でもね。その世界に、妹や、母さん。そして、父さんが居ないなら意味がないの! 家族がいるから、私は頑張れたの!もし、このまま父さんが死んだら―――私も死んでやるから」


「い、いや―――それは―――」


「だったら、死なないでよ!―――生きてよ!」


「それが難しいから、神様と契約したんだ」


「知っているわよ、江から聞いた。でも、それは私―――いいえ、私達は許さない」


無茶苦茶な事を言う。


何とか、桜を説得する言葉を模索する薫。しかし、困った心情の筈なのだが、彼の口元は微かに緩んでいた。


多分、中途半端な言葉を見繕っても、彼女には通用しない感じがする。

それなら―――。


「じゃあ、もし生き残れたら?」


「え?」


「もう、そっちは社会人何だよね?何かを頼むなら、こっちにメリットがないと」


「―――呆れた、相変わらずね」


相変わらずなんだ。


真剣な話をしている筈なのだが、薫の口元は再び緩む。少しの沈黙の後、彼女は告げた。



「―――鹿島商店を引き継ぐわ」



「え?」


意外な回答に、薫は言葉を失った。


「父さんの仕事部屋で、様々な材料があった。多分だけど、錬金術のお店に未練があるんでしょ?私は今、錬金術のレの字も分からないけど、一から習って、必ず再開させてみせるわ」


「さっき、フランスで個展を開くんじゃ―――」


「さっき言ったでしょ?父さんが居ないなら意味がないの」


それはズルい。爺ちゃんが亡くなった直後。しかも今、閉店の片づけをしている

最中なのに―――。



「―――わかった、約束する。生きる方法を探す」



そう告げた瞬間。

受話器の向こう側から歓喜する声が二つ。どうやら、全ては彼女のシナリオ通りだったようだ。


止まぬ二人の声を名残惜しつつ、薫は受話器を戻す。


―――チリン。



「―――君、チョロいって、友達から言われない?」


背後に、1年前に聞いた声が聞こえてきた。しかし、1年前とは違い俺は驚かなかった。


「あれ、幻聴かな?もう、会う事はないと言われた気がしたけど、神様って暇なの?」


“慣れ”とは、恐ろしい。既に、この状況を楽しんでいる自分がいる。


「言ってくれるね、まあいいさ。契約を改定するには、それなりに覚悟が必要だよ」


「覚悟は、ある。彼女の―――桜の覚悟に報いたい」


真っすぐに、自称神の目を見詰め、こちらの本気度を訴えてみた。


最初、彼女は真顔のまま、こちらを見詰め返すのだが、すぐ不敵な笑みを浮かべ、

とんでもない事を、俺に告げた。


「賢者の石」


「え?」


「“君の人生全てを賭けて”賢者の石を。手に入れてきて―――絶対に、ね♪」



時刻は、午後〇時十四分を指していた。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


次回予告―――。


鹿島 薫は、自称神の言われるがまま、自身の大学に存在するとあるサークルへ


そこで薫は―――生涯の仲間と出会う。


また、謎の少女の仲間?が登場し、彼女の正体が、徐々に明らかに―――。


一方、桜は、妹の江と二人で、神奈川へと帰京。しかし、そこで待ち受ける黒い影。


その影に、二人は、拉致される。


拉致をしたその首謀者は、何の為に彼女たちを―――。


次回、【オカルト研究部第七支部 編】

お楽しみに―――。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

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