15,二人…

二〇三九年六月十九日午前十一時十五分。


「何よ―――それ」


江が、二人の父から聞いた話を終えると、桜は、自身の前髪をたくし上げながら悪態をつく。


あの子は神で、あの子はカーミス・メイで、あの子が、この不可解な出来事の首謀者で、そして―――。


「父さんの命を握っている人物ですって?」


全く何をどうやったら、そんな与太話よたばなし、信じられるというの?


ついさっきまで、自分が死んでいたかもしれない。そんな恐怖を上書きする程度に、桜は苛立っていた。


躊躇ちゅうちょなく、自分の命を差し出す父親に、この話を聞いても尚、父親の指示に従う妹に―――。


黒電話をジッと見つめている江は、桜の睨みつける視線に、江は気付いたのか、溜息を一つ付いた。


「勘違いしないで、私だって父さんが―――いいえ。二人とも救われる方法を模索したわ。だけど、父さんは聞く耳を持たなかった。それに、このまま私が何もしなければ、強制的に、5度目の電話と同じ状況になる。そう、父さんに脅されたの―――」



―――つまり、私は死んでいた。それはそう、ちょっと考えれば分かる事。



昔からそうだった。いつも妹は私よりも、物事を深く考える子だった。


だから、あの子の選択に、間違いだった事は数える程度しかなかった。


そんな彼女を尊敬する一方で、自身では彼女に一生追い付けない。そんな見えない壁が、私を妹から遠ざけていった。


その始まりが中学時代。次第に互いの気持ちは一方通行となり、必然的に会話が少なくなった。



でも、―――人は成長する生き物。



私だって、世間の片足突っ込んで早5年。自分が愚かだって事ぐらい、すぐ気付くし、反省するし、改善できる。だから―――。



「――――ありがとう」



「え?」


桜は座った状態のまま、彼女に右手を差し出す。


「―――私を救ってくれて、一緒に考えよ!父さんを救う方法を!」


江は一瞬驚く表情を浮かべるも、何かを察したのか、やれやれっと首を横に振り「どういたしまして」っと、桜の右手を彼女自身の右手で、握手する形で起き上がらせた。


さて、私たち二人が、和解できた事は良い事だ。しかし状況は、そこまで大きく変わっていない。


何せ、父は既に危篤状態。今からそれをなかった事にする事は不可能。つまり、今の状況を好転する手段、若しくは、情報が必要。しかし、そんな都合の良い事は、余程の事が起きない限り―――。


二人は今までの事を振り返りつつ、頭をフル回転に動かす。


何かいい案がないか?何か見落としてないか?必死に、思考を巡らせる。


けれど、いい考えは、一向経っても思いつかない。時刻は、午前十一時四十五分を指していた。


桜は自身の不甲斐なさと、父の死が近づく事、父にもう会えない事を想像すると、

唇を強く噛んだ。―――何故か?


それは、両目から流れそうになる涙を―――堪える為だった。


双子だからなのか、妹の江も桜を見て、一筋の涙がこぼれる。


「やめてよ―――我慢していたのに―――」


桜の抵抗むなしく、彼女の涙腺は崩壊し、江と同様、次々と涙があふれ出す。


双子だからなのか、二人の記憶や想い、それがリンクし、彼女たちの記憶が再生されていく。


父との嬉しい思い出、悲しい思い出、

褒められた思いで、怒られた思い出。


無口で、頑固で、嫌だった部分の方が多い人だったけど―――だけど、それでも―――。



―――生きていて欲しい。



例え、一生、会話が出来なくても―――いい。一生、起きなくても―――いい。どうか、どうか―――。



―――“神様”と思う直前、その想いをとどめる。



悔しい想い、切ない想いが、自然と二人は、互いに歩み寄り、肩を抱き合い、そのままその場に崩れ、大声で泣き始める。



ひとしきり、泣き崩れた二人は、少しだけ落ち着いてきた。


互いの涙を拭き、立ち上がった時、偶然二人の視界に黒電話と取り置きした品が目に入った。


その時、二人は同時に何かを思い出したかのように、互いの顔を見つめ合い―――。


「ちょっと、江」

「ちょっと、姉さん」


ほぼ当時に二人の声が重なり、お互いの顔は不敵な笑みを浮かべ、黒電話に近寄る。


時刻は、午前十一時五十八分を指していた。

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