14,二人?

声が至近距離だった為か、左耳がキーンとする。俺は反射的に左耳を抑え、その場に立ち尽くす。


改めてこの犯人の顔に視線を移す。そこには先程、江の話に出てきた黒髪のボブカットの少女だった。


何処どこぞの学校の制服を着たその子は、こちらの反応に、クスクスっと笑っている。


「どうかしたの?」


受話器から江が心配そうな声が、聞こえてきた。


「えっと、今話した少女が、目の前にいて―――」


「え?彼女、そこに居るの?」


「あ、ああ。居るけど」


すると、彼女から返答が返って来ない。


「―――嘘」


ようやくの返答に、嘘呼ばわりとは―――。


「嘘とは、失礼な」


「違う、そうじゃないの―――」


「じゃあ、何が―――」


そう言いかけた言葉に、少女は不敵な笑みを浮かべ―――。


「「―――それは、彼女の目の前に、僕が居るからだよ」」


「―――嘘だろ」


そりゃ、「嘘だ」っと、言いたくもなる。左耳からは、目の前の彼女の声。

右耳からは、受話器越しの彼女の声が重なって聞こえるのだ。耳と脳がバグリそうだ。


「「取り合えず、座ったら?」」


再び、左右の耳から、全く同じ声が、聞こえてきた。声が重なる為か、一種の音波のように聞こえ、ちょっと、酔いそうになる。


「座るから、二人が同時に喋るのは、やめてくれない?」


「わかった」


目の前の彼女が、そう応えると、受話器の向こう側から「はい」っと、声が聞こえ、ゴソゴソと動く音がした。


どうやら江に変わったらしいが、彼女はまだ混乱中の様子で、沈黙を保っていた。

その間に薫は椅子に座る。


冷静になれ、とにかく彼女は一体何者か―――。


「君は一体何者か?っと、言われる前に答えましょう。僕は―――“神”です」


「ですよね―――」


本来ならば、こんな事絶対信じられないが、目の前でまさに神業を見せつけられている。


「それだけで?」っと、は思うだろうが、江の話を全て信じるとしたら、あちらは未来であり、彼女のいった特徴から見た目は全く変わっていない。


三十年以上も経過したのに、年を取らない時点で、人の類ではない。それに、自分自身とはいえ、どうやれば別の時間軸で同時に同じ台詞を言える?


むしろ、神だと確定した方が、自然だと思う。


「その上でだけど、僕の“きまぐれ”で、君たち親子に介入しようと思って」


「そのきまぐれが、この電話?」っと、俺は黒電話を指さした。


「それとはまた別、僕はあくまで、君の娘たちに此処へ連絡するように、差し向けただけ」


「じゃあ、この材料は?」


次に、取り置きした商品を指さした。


「今回の一件では、特に意味はないよ?」


今回の一件では?


「まさかだけど、貴方がカーミス・メイ?何て―――」


意味深過ぎる発言に、相手のペースを崩したい。そんな悪足掻き発言だったのだが―――。


「ああ、楽しいクイズを用意していたのに、残念」


そうですか。もう、何でもいいです。


「あの今、何の話を―――」


ようやく、江が発言したので、今の状況を説明しようとするが、「これは内緒で」っと、自称神に言われた為、口を紡ぐ。


本来、その要求に応える必要はない。しかし、何故かその言葉に従うしかない。そう思う感覚に襲われた。


一方、電話の向こう側では、もう一人の自称神が、何か誤魔化す声が聞こえてくる。


「今まで謎だった事を、色々教えてくれてありがとう。で?神様は一体何をしに?」


要は、未来の双子が事件に巻き込まれ、過去の俺にそれを伝える。その行為は、分かる。


それで、二人の未来で起きた事件そのものを、回避する可能性が、高くなるからだ。


しかし、それだけなら自称神が、わざわざ目の前に現れる必要もない。しかも、ご丁寧に過去と未来、両方の時間軸で現れた。


自らの力を証明する必要なら、別の方法もある筈―――非効率この上ない。


「つまらない男になったね?君が高校生の時のノリツッコミ、最高だったのに」


生憎あいにく、人は成長する生き物なんでね。特に錬金術を学ぶようになってから、 効率的、合理的な思考になったと思う」


「そっ。なら仕方がない―――」


自称神は、徐に胸元のポケットから、三枚のカードを取り出し、俺に絵柄が見えるように持つ。


そのカードのそれぞれには、身に覚えがある文字がつづられていた。


それは左から―――、


「女帝」「愚者」「魔術士」。


っと、記載されていた。恐らく、これはタロットカード。


また、

「女帝」には赤髪の女性、

「愚者」には俺に似た人物、

「魔術士」には青髪の女性の絵が、描かれていた。


「本題。君たちが直面した問題点は、双子の姉“桜”と君“薫”が、不慮の事故で死ぬ事。で、此方としては、助けてあげようと思うんだ」


随分とお優しい事で。でも、大概ここでおきまりがある。


「但し」


ほら―――やっぱり。


「二人の内、どちらか“一人”だけ、助けようと思うのだけど」



「――――さぁ、君はどうする?」



成程、それだけの事で―――。神と名乗るだけあり、身勝手な相手だと思ったが、

思いの外、優しいヤツだ。


「ちょっと、何を勝手な事を―――」


電話から江の声が、文句の声が聞こえてきた。どうやら、今までの話を聞いていたようだ。


 ―――チリン。


「ふぅ―――」


強制的に、電話を切った俺は一呼吸置く。


どうするだって?そんなの一択しかないだろう。


「そんなの―――決まっている」


そう言うと、迷わず自分に似た「愚者」と記載された真ん中のカードを、自称神から抜き取って、彼女にこう言い放つ。


「俺が―――犠牲になる」

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