4章【決断】

13,一人?

二〇一一年六月十八日 午後〇時五十五分


あの日以来、爺ちゃんはようやく日本に帰国してくれた。店番も毎日ではないが、気が向いた時だけ開けているみたいだ。つまり、高校を卒業し、関東の大学へ進学した俺は、此処にいる必要はない。


だが、あの経験、電話の相手、新たな真実、俺はそれに魅了されたのか、わざわざ大学の講義を休んで此処にいる。


因みに、去年は浪人生だった為、何も問題は―――あるか。


大学については、神奈川の大学に進学した。理由は、いくつかある。


一つ目は、単純に島根以外の場所に行きたかった。


二つ目は、どうせなら関東に行ってみたかった。


三つ目は、黒坂さんのススめだったから。


まだ、会えていないが、その大学に黒坂さんの息子さんが在学しているという。


かなり優秀な人物で、黒坂コーポレーションは安泰だと、もっぱらの噂で、在学中にも関わらず、既に会社の一部を任されているとか。


で、そんな優秀な息子さんと正反対の俺を同じ大学に、彼女がススめた理由。それは―――。


彼女が本来、フランスに訪れた目的の人物にある―――らしい。爺ちゃん曰く、他人を指図する事はあれ、他人の意見を素直に聞く事は、滅多にない方だとか―――。


1度しか会っていないが、そんな融通が利かない人物には見えなかったが―――。

結局、何かしたい事もなかったので、背中を押された勢いで、息子さんの大学へ。まぁ、いつか出会うだろう。そんな物思いにふけっている矢先―――。


―――ジリリリリリ、ジリリリリ。


まさか、本当にかかってきた。やはり、時刻はカウントダウン―――。ん?でも、少し早いか?


でも、彼女は目的のモノを注文して目的を果たした筈、何故再び電話を?


「―――はい、鹿島商店です」


店番の椅子から、緊張した面持ちで、薫は5度目の電話に出た。


「おう、儂だ」


薫は、思わずガクっと、よろめいた。


「爺ちゃんかよ!」


薫が出た電話の相手は、買出しに外出中していた薫の祖父だった。


「紛らわしい事するなよ。で、何?」


「ああ、あの本。 お前のアパートに郵送しておいたぞ」


「それ、今じゃないよね?ゼッ―――タイ!今じゃないよね?」


薫は、適当に相槌あいづちし、電話を切る。


―――チリン。


「やめてくれよ、ホント。」


そう、店番で此処に居ない事の他に、もう一つ変化があった。あのマルセイユの一件以来、俺は、錬金術の勉強を始めた。


浪人生だったが―――まあ結局、その年の大学受験は受かったので問題ない。


それよりも、錬金術を学ぶ上で、「カミス・メイ」改め、「カーミス・メイ」と言う人物は、学ぶに連れ、その偉大さを実感した。


なので、爺ちゃんにあの人の本を譲ってくれと、以前から頼んでいた。

ようやく譲ってくれて大変嬉しいが、やはり―――今ではない。


―――ジリリリリリ、ジリリリリ。


「全く、またかよ」


「はい、鹿島商店」


相手は恐らく爺ちゃん、しかしながら万が一も加味し、店の名前を口にする。俺は、憂鬱ゆううつな気持ちは隠れていなかった。


「嘘、ホントに繋がった」


えっ、誰?


声の向こう側は薫の祖父でも、カーミス・メイでもない、女性のモノだった。


と、取り敢えず、応対せねば―――。


薫は、動揺した心を鎮めつつ、「あのご用件は〜」っと、何とか言葉をしぼりだす。


「―――貴方は鹿島かしま かおるさんですか?」


「えっ?ええ。そうですが―――」


何で知っての?


見ず知らずの相手から、自身の名前を鎮めた心の波が、揺れ始める。


「私、鹿島かしま こうっと、言います」


既に、心の波は、頂点にまで迫っていた。


え?鹿島?


「信じてもらえないと、思いますが―――私は貴方の娘です」


「成程」


「成程って―――信じて、くれますか?」


「いや、既に、同じような事があって、慣れてます」


「え、え?え!」


江は並々ならぬ思いで、告白したものの、俺の予想を遥かに越えた返しに、とても動揺していた。


―――安心して下さい。俺もデス。


既に、心の防波堤?なるモノは決壊。思考が一瞬停止した。いや、全然、慣れている訳がない。その証拠に、娘に敬語つかっている。


そんな親父おるか?いや、いるかも?いやいや、そんな事より、え?え?え?娘?相手は未来の娘で、俺が父親?


だが、電話の向こう側の動揺っぷりから、側から見れば、親子に見えなくもないかも。


どうにか、俺の心の防波堤を修繕し、互いに「落ち着こう」と、俺が彼女に伝えると、深呼吸をしながら徐々に落ち着いていき、彼女が此処に連絡した経緯を話し始める。


彼女の話を要約すると、俺は将来、双子の娘ができるのだが、双子の姉“桜”は、高校を卒業期に家を出る。


それから5年後、姉はフランス行きの飛行機の事故。俺は何かの事故で、どちらも“死ぬ”―――らしい。


「成程」っと、声は冷静さを保つが、左の手は頭を抱えていた。


で、途方にくれる双子の妹の江は、黒髪のボブカットの少女に此処へ連絡するように促された。


「成程」


もう、それしか言えないロボットか俺は!あっちは、こんな俺に幻滅していないか?

それより、姉は何故フランスに?俺は何かの事故に遭う?黒髪のボブカットの少女?


薫の脳内で、全ての情報を処理出来ない状況の中。


「―――僕の事、呼んだ?」


「わ!っと、え?え?」


薫の左耳から急に女性の声が聞こえ、思わず、椅子から立ち上がる。


「どうも、“黒髪のボブカットの少女”です」


そこには、見知らぬ制服を着た、黒髪のボブカットの少女が、クスクスと笑いながら、こちら見ていた。

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