12,その人は誰?
二〇三八年六月十九日午前十一時
私は今、東京から七時間と三〇分かけ、島根県は旧
自身もここまでする事に驚いている。目的が目的なだけに頑張りはするが―――。
だとしても、だとしてもだ。
嵐の中、関東から飛び出した私、ワンチャン、西に進むに連れ、止むことはなくとも、弱まればと淡い気持ちでいた、そんな、3時間前のアホな私を殴りたい。
弱まるどころか、関東よりも雨は激しく。既に、体の隅々までもが、雨水でグチョグチョの状態。
煙草は吸った事はないが、頭上に向かって、煙と共に溜息を付く人の気持ちが、今なら分かるような気がする。
「よし!」
文句を言ったところで、歩く距離は縮まらない。自分を奮い立たせ、水で重くなった両足に力を込め、鹿島商店に向け進めるのだった。
ああ、明日、筋肉痛確定だな―――。
◆
携帯の画面に映る地図を頼りに、30分間程歩いた後、ようやく目的が視界に入る。
「着いた――!着いたけど―――」
やはり、あの時見た光景のまま、店をやっているとは到底思えない。
木々と同化したような古い木造建築。看板の文字はカスれている上、
雨雲の為辺りは暗い。最早、何が描かれているか分からない。
だが、店には微かに、灯りがあった。恐る恐る、ドアのとってに手を伸ばす。ゆっくり、ドアノブを回すと―――。
「開いた」
変な緊張感を身に
「は、はい!カミス メイ―――さん―――です、か?」
慌てて出てきた人物は、私の顔を見た途端、言葉が途切れ、途切れになる。
私も出てきた人物に、言葉を失った。何故なら―――、
「―――
出てきた相手は、桜が二日前に連絡した男性ではなく、家を出た理由であった“双子の妹”の
「何で、姉さんが?」
「それはこっちの台詞よ!」
思いがけない状況に、お互いは、混乱する。
「私は―――父さんに頼まれて」
「頼まれた?父さんに?」
江は無言で頷くも、桜には理解出来なかった。
何が一体?どういうこと?だって、此処には―――。
「そっちは何しに来たの? 今まで何処で何を―――」
「やめて!アンタのその説教口調!大キライ!」
「姉さんが、いつも自分勝手だからでしょ?」
「私が自分勝手?」
「そうでしょ!」
何も知らない癖に―――。
「アンタは、どうなのよ?父さんは今―――」
知らない癖に―――。
「知っているわよ!事故にあった事は!」
「―――え?」
「知っていて、何故病院に来なかったの?」
「それが、父さんの頼みだったから―――」
そう言って江は、一ヶ月前の事を話し出す。
「姉さんも知っていると思うけど、仕事部屋に決して入らせない人だった。でも、その日は違ったの―――」
◆
『すまないが、これを島根に持っていってくれないか?』
『何、このメモ用紙?随分、ボロボロだけど?』
『二〇三八年六月十九日の正午。 その紙に書いてあるものを渡す約束したのだが、
その日に私が行けない』
『なら、予定を変えれば?』
『残念ながら、それは出来ない』
『―――理由を聞いてもいい?』
『相手に、連絡する方法がない』
『どうして?』
『―――三十年前、未来からの連絡だったからだ』
◆
「最初は、意味が分からなかった。でも、四回の電話の事を聞いて納得したわ」
「ちょっと待ってよ、嘘よ」
じゃあ、あの電話に出た男性は―――。
「―――“父さん”が、電話の相手だったの?」
でも、でも、でも、過去に私が?どうやって?ただの携帯で、普通にかけたのに?
「その反応から察するに、父が約束したのは、姉さんなのね?」
桜の知った真実は。江の声は届かない。彼女は下を向き沈黙のまま、その様子に、江は深い溜息を付く。
「あの日、私は初めてお父さんに怒った―――」
「―――」
「何故、怒ったのか?それは、島根に行く事でも、訳の分からない約束を押し付けられた事でもない―――」
「―――姉さんを救う為に、死ぬかもしれないって、言ったから」
その言葉を聞いた桜は、ピクっと体が動き、江に視線を移した。
「どういうこと?」
「フランスに行く、予定だったらしいじゃない」
「ええ、そうだけど」
「飛行機、どうなったか知っている?」
どういう事?
桜は、江の言われるがまま、指定されたネット記事を立ち上げた。
「―――え?」
目に入ったニュースを視界に入った瞬間。桜が手に持っていた携帯は、彼女の手から滑り落ち、カタンと地面に落下した音が静寂な店内に響く。
そして、彼女自身もその場で、座り込んでしまった。
原因は、携帯の画面に表示されたニュースの内容。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
―――フランス行き、不慮の事故。
乗員乗客 五十四名、
全員『死亡』。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
妹が言った事を、私はようやく理解した。
「私を、飛行機に乗せない為?」
妹は、何も答えない。ただ、自身の下唇を噛み、こちらを睨みつけていた。
「で、でも、何故?」
口が震え、上手く喋れない中、江は
「姉さんは知らないのね?」
「何を?」
「―――五回目の電話の事を」
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