11,その人は祖父?

わざわざ俺が、フランスまで来た理由。その一つが、注文した材料について―――。あれはなにか意味が、あるのか?それを爺ちゃんに、聞きたかった。


俺自身、言われた通りの材料を店に陳列し、稀に訪れる客の自慢話を聞く程度。


丸薬だって、料理の延長でしかなく、教えてもらった配分で調合しているのみ。錬金術のレの字も知らない。


一方、祖父はとある不治の病を治した事をきっかけに、錬金術界隈で高い評価を受けたと、昔母さんが言っていた気がする。


もしかしたら、別の何かが、分かるのではないか?


その考えが的中したのか、爺ちゃんは、古びたバックパックから一冊の本を取り出した。本は分厚く、ところどころに傷や痛んだ箇所が目立っていた。かなりの年代物なのだろうか?


「いいか、二人とも―――。錬金術は、一つのモノを“別の何か”に変化する技術だ。それは必ず一対一の割合で成立する。決して、その法則から逸脱しない。しかし―――」


いつも冷静な爺ちゃんが、興奮気味の口調で喋り出した。これは、とても珍しい。というか、初めてみる光景だ。


薫の祖父は本の冒頭のページを開き、政子と薫に見えるよう持ち直す。


「一つ、たった一つだけ―――例外がある」


そのページには、鈍く光る紅い石が中央に書かれており、説明の冒頭には―――。


Philosopheフィロソファr's Stoneストーン」と、記されていた。


「錬金術を学ぶ者、全ての目標にして終着点。しかし、そこに辿り着いた者は、たった一人もいない。主張された代物は、ことごとく未完。若しくは、偽物だった。唯一無二のそれは、一のモノを百にし、永遠の命を保証する、それが奇跡の聖遺物。Philosopheフィロソファr's Stoneストーン―――別名『賢者の石』だ」


先程、錬金術のレの文字も知らないと、言った手前なのだが、それなら知っている。


ファンタジーの小説、映画、漫画、アニメと言った、様々な媒体元で、題材にされているモノ。


無限の財、永遠の命など、理由は違えどそれ欲しさに、大方のストーリーが進んでいく。


但し、大概が偽物だったり、失くしたり―――結局、誰のモノにはならないのが、

お決まり―――。


まさかそんな代物が出てくるとは、けっこう。いやかなり、驚いてはいる。しかし、ふと一つの疑問が浮かぶ。


何故、メモ用紙から賢者の石へと飛躍したのか―――?


「材料って、珍しくないよね?」


「確かに、指定された個数や分量は妙だが、別段特別なモノはなかった。だが問題は、名前にある」


薫の祖父は、メモ用紙の下部を指さした。そこに記載されたのは、いつも最後に記した名前。「byカミス メイ」だった。


「この本のオリジナルは、今から七百年も前の代物だと儂の師匠が言っていた」


え?何故急に本の話?カミス メイは?爺ちゃん?話の続きが聞きたいのだが―――。


「何故、急に本の話を?」


ほら、黒坂さんも言ってるよ。どうした爺ちゃん?大丈夫か?爺ちゃん!


「まあ、最後まで聞いてくれ。どの分野でも、流行りと廃れが発生する。それは錬金術も、例外ではない。だが、この本に書かれた事は、未だすたれず、今も尚、最前線にいる研究者達の教本となっておる。何故ならこの本の著者は、錬金術界隈で、一番賢者の石に近づけた人物だと言われているからだ。にも拘わらず、この人物の名は世に広まっていない」


「有名な錬金術士と言ったら、『ニコラス・フラメル』という人物が、賢者の石を作った話は、有名だけど―――」


政子の話に「いやいや」っと、首を振る薫の祖父。


「近いのはな、それにその人物の錬金術を学ぶきっかけは―――」


皆まで言わず、薫の祖父はその本を二度叩く。


「現にその人物は、亡くなっている。本物なら未だに健在な筈だ」


「その話が本当なら、驚きだけど―――。 結局、何故その著者の―――まさか!」


何かに気付いた政子は、言葉を失い何かを考え始める。


「え、何が気付いたんですか?」


未だ、何が何だがといった表情を浮かべる薫。


それを見かね呆れる彼の祖父は彼に、本の背表紙を見せた後、メモ用紙の名前を横に並べた。


「―――うッソ」


薫は、背筋を震わせた。


それもその筈。本の背表紙に記載された著者の名前は―――


―――「Carmisカーミス  Mayメイ」とつづられていた。


「つまり―――薫。オマエの話した相手は、“未来”から電話をかけてきただけでなく、“過去”の人物だった。―――っと、いう事になる」


薫は言葉を失い、自身の書いたメモ用紙を凝視する。


―――一体、彼女は何者なんだ。


薫の祖父により、一つ謎が解けるも、新たな、謎が生まれ、薫は戸惑いを隠せないまま、彼の旅は、終わりを告げた。

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