07,謎の石

翌日、あの子の行方を捜す為、父の担当だった看護師に彼女の特徴を話した。


150ぐらいの身長で、黒髪のボブカット、整った顔立ちの学生―――っと。


看護師さんは親切な方で、わざわざ、昨日受付を行った人に、彼女の事を聞いてくれた。


―――しかし、該当する子は、居なかった。


制服を着ていた為、すぐに分かると踏んでいたのだが―――。


ただ、制服の特徴から、此処から「黄金町駅こがねちょうえき」を挟んだ向かいにある学校の制服だとは分かった。


中高一貫校の為、中学生なのか高校生なのかまでは、分からない。精神的疲労で、幻を見ていたのか。そう、疑われても仕方がない。


だけど、私の右手に持っている、この用紙がある限り、あれは事実。だが正直、これを本当に試すのか、私は、まだ迷っている。


「―――賢者の石か」


昔、それに身に覚えがあった。本や漫画、アニメの類ではない。それを初めて見たのは―――そう。



―――父の部屋だった。



幼い頃。普段、母ですら入室を拒否する父。好奇心の塊だった10才の私。「入るな」っと、言われて、入らない訳がない。


当時、まだ仲が良かった妹に、この話を持ち掛けた。最初、優等生の妹は、渋っていた様子だったが、私に根負けし一緒に作戦を企てた。


企てると言っても作戦は、単純。両親が、留守になる状況を作り、二人で父の部屋へと侵入する、それだけ。


早速作戦を実行し、父の部屋に侵入した。そこには大きな棚が6つ分、何かが均等に並んでいた。


近付いてみると、見た事のない植物や昆虫がそれぞれの容器に入っている。


更に部屋の奥には9つの本棚があり、英語だけではなく、様々な文字の分厚い本が収納されている。


私は容器に入ったモノに、妹は本に興味をもち、それぞれ探索する。


タイトルに惹かれたのか、妹は一冊の本だけ取り出し、私を呼んで一緒読む事になった。


そのタイトルは―――。

 

 ―――「錬金術の仕組みと謎」。


その本の最初のページ。そこには、鈍く光る紅い宝石のような絵が中央に描かれ、説明部分の冒頭に


―――「Philosopher's Stone」っと、


書かれていた。


多分、あれが「賢者の石」だったと思う。今にして思えば、私が絵を描く切っ掛け―――なのかも。


だから、信じられない話でも、一方的に否定する事は―――私には出来ない。


結局、私は自身の携帯から、用紙に記載された連絡先に、連絡する事に決めた。



二〇三八年の六月十四日午後五時の一回目。


書いてある通りに、話し終えた。問題はなかったのだが、一つ、気になった事がある。


それは、相手の声。若い男性―――だと思う。


何故、断定出来ない理由は会話中、常に雑音が混じっており、上手く聞き取れなかったからだ。


それに、何処か聞いた事があるような、ないような―――。


二〇三八年の六月十五日午後四時の二回目。


最初の台詞で相手は、明らかに困惑していた。だが、あの子の言葉を思い出し、そのまま会話を続け、無事に終わる。


2回目を終え思った事。それは、相手が本当にこのやり取りを、「合言葉」っと、認識しているのか?という点だ。


もし、そうであれば、相手は、名役者である。私なら、二日続けて同じ台詞を

平然と言う失礼で嫌な客。そう、思ってしまう。


お願いだから、困っていないで―――。


二〇三八年の六月十六日三時の三回目。


普通に怒られた。どういう事?「合言葉」と聞いていたのに、何故、相手はわざわざ3回目と言ったの?


それに、肝心な台詞を全て言えなかった。このままで大丈夫なの?


だけど、追記の文言には「折り返しは厳禁」っと、書かれていた為、何も出来なかった。


そして、二〇三八年の六月十七日の四回目。


ここ数日、天気に恵まれていたのだが、季節的な事もあり、空は雨雲に覆われ、いつ雨が降ってもおかしくない状況だった。


その日、事を実行する直前、担当の医師から話したい事があると、母と共に呼び出された。


此処で、容態が良い方向に向かえば、あのやりとりを辞める事が出来たのだが―――事はそう上手くいかない。


医師曰く「七月を迎えられるかどうか」っと、言われた―――余命宣告だ。


主な原因は、内臓に得体のしれない“遺物”が侵食しているからだと言う。


最初の治療の際、摘出を試みたのだが、その遺物が動脈部分と接しており、無理に引き抜けば、大量出血で死ぬリスクが高く。結果的に、最低限の処置で終えたと言う。


しかし、その遺物が日を重ねる毎に、悪化の一途を辿っているらしく、「今の技術では、どうしようも出来ない」そう、言われた―――。


母はその場で泣き崩れ、私は―――涙を必死に堪えるしかなかった。


「もう、後戻りは出来ない」


わらにもすがる思いで、四回目を実行しようにも、前回の三回目は、カウントに含まれているのだろうか?


あれが原因で、もう取返しがつかなかったら?そう、思いつつ、鞄から携帯を取ろうとする。しかし、手が震え、上手く携帯が掴めない。


「大丈夫―――大丈夫―――大丈夫」


自分に何度も言い聞かせるも、言葉は震えていた。


――――ゴロゴロゴロ。


外から雷の鳴る音と共に、雨音が激しくなる。自然と視界は、窓に向けられ、自分の弱々しい姿が目に移った。


その姿は、昔の私を見ているようだった。中高の時の私は、常に妹と比較される毎日。仕舞いには、苛めに近い事も何度も経験した。


『―――何で私だけ』


それが、私の当時の口癖。でも、妹の事を恨めなかった。だって、あの子が悪い訳じゃない。勝手に比較するヤツが悪い。


それに、妹を嫌いになれる訳がない。だって、生まれてからずっと一緒だった。


嬉しい時も、悲しい時も、褒められた時も、怒られた時も―――。ずっと、ずっと―――。


それでも、いつかあの子を嫌いになって、あの子も私を嫌いになって、自分自身も―――嫌いになって―――。


そんな未来が怖かった。あの子との思い出が―――全て、消えてしまいそうで―――。


―――だから、家を出た。


私が妹を嫌わない為に、

妹が私を嫌わない為に、

私も妹も、互いを大好きのままで

居られる為に―――。


―――許さない。


決意した過去と今の状況から急に、怒りが込みあがってきた。


あの決意を、こんな訳の分からない事で―――。踏みにじった全てを―――私は絶対に許さない!


それが例え、「運命」や「神様」だったとしても―――。妹も例外ではない、今度絶対!何か高いもの奢らせる!だから、その為にも―――!


―――パン!


「―――負けんな、私!」


自身の頬を両手で、思いっきり引っ叩き気合を入れ直した。


改めて私は、鞄から携帯電話を取り出し、4回目の連絡先に向け、発信ボタンを押す。


ああ、ズキズキと痛む。多分これ、赤くなってるな―――。


4回目の時刻は、丁度午後二時を指していた。

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