08,謎の鍵

コール音が一回、二回と鳴り終わり、続けて三回、四回と鳴る。


「今までだったら、このあたりで出た筈なのに―――」


先程の気合を入れた筈の桜だったが、無常に鳴り続けるコール音に不安が募っていく。


やっぱり、三回目は失敗だったの?どうしよう―――このままだと、父さんが―――。


呼吸が段々と荒く、携帯に添えた両手に力が入る。更に、目に涙が溢れていき、今すぐにでも零れそうだった。


桜は下を向き、ひたすらに電話向こうの相手が、出る事を懇願する。そして―――、


「はい、香取商店」


―――出た。あの男性の声だ。


思わず顔を上げた拍子に、限界を超えた両目の涙は彼女の頬を伝う。


電話に出た事への喜びのあまり、向こうの名乗った店の名が、鹿島ではなく香取になっている事にも気付いていなかった桜。


「よかった。まだ、やっていたのですね!」


しかし、彼女の中では、4度目の連絡が達成した事で頭が一杯になっており―――。


「よかった―――本当によかった」


不憫ふびんにも、困惑こんわくした男性の声は桜には届かず、桜は安堵したのか、その場に座り込んで泣き続けた。


ようやく、喋れる状況になった頃には、相手は何か吹っ切れたかのような、何かを諦めたかのような切ない声だった。


会話は終盤を迎え、このやり取りも終わりかと桜が感傷に浸る中。相手側は、何かを思い出したかのように「あ」っと、口にする。


「最後に、来る予定のお時間を伺います」


今までの3度目にはなかった内容だ。確かに取り置きしてほしいと依頼したのに、

何時伺うか言わないのは失礼だ。


そう思った彼女は、急ぎ自身の鞄から手帳を探す。だが、何かに引っ掛かりなかなか手帳を出せない。


鞄を覗いてみると見覚えのない銀色の鍵が丁度、手帳開閉するフックに引っ掛かっていた。


何これ?―――こんな鍵、持ってたかな?


彼女は手帳と一緒に、取り出すのだったが、相手の事をすぐ思い出し、

鍵を鞄に再びしまい手帳を開く。


あの少女に会った日。予め、今日の日付に赤い丸で印をつけていた。また、すぐにそのページを開けるように、例の用紙も挟んでもあった。


「―――今日は、二〇三八年の六月十七日」


彼女はそう呟きながら、目線を用紙の住所に向けた場所は「島根県は江津市」。


半日程度で行けると思うけど―――、今まで島根県に行った事ないし、適当な事は言えない。少し余裕をもって―――。


「なので、二日後の正午までには―――」


―――ツー、ツー、ツ―、ツー。


「え?もしもし?」


言い終える前に、電話が切れてしまった。


「ちょっと、嘘でしょ?」



時間が聞き取れなかったらどうしよう―――。


桜は同じ番号に、再度連絡を試みる。しかし、何度試みて繋がらない。


「仕方ないか―――」


連絡を諦め溜息をいた桜は、自分が言った時間に遅れないよう、どのように行くのか携帯で調べ始める。


いくらでも調べる機会はあったが、正常に、見る事が出来ないと思い、今日まで見送っていた。


えっと―――この病院から目的地まで、約九時間。やはり、時間がかかるみたいね。


経路の詳細を確認してみると、交通機関が使えるのは七時間弱。それから徒歩―――一。


「え?」


予想の斜め上をいく時間が表示され、桜は困惑する。


近場にバスは通ってないし、私免許をもってないし、タクシー?いや、そもそも車が通れる道なの?


地図を見たところ、一本道ではあるのだが道中、複雑にくねくねと曲がった道のようだった。


「―――仕方がない、歩くか」


そう彼女が腹を括った矢先、目的地の周囲を確認する事が出来るのに気付き、目的の場所をタップする。


「香取じゃなくて、鹿島じゃない」


目的地の店の看板に、愕然きょうがくとする桜。更に、その店には亜熱帯地域でよくみられるような大量の蔓に覆われ、周囲は明るいのに店の中は暗く何も見えない。


―――つまり、どうみても「廃墟」である。


「―――これ、やっているの?」


不安を隠す事の出来ない桜であったが、彼女には既に選択肢などはなかった。土砂降りの嵐に飛び込み、彼女は目的地である島根県へ、歩みをススめるしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る