06,謎の少女

空から夕日が消えていく、黄昏時たそがれどき。穏やかなそよ風が、病棟の中庭へと吹いてくる。


その風は二人が座るベンチにも流れていき、桜の赤い髪と少女の黒い髪を、同時になびかせた。


しかし桜の内心は、穏やさとは程遠い、張り詰めた気持ちでいた。


只、少女と会話した。それだけで、桜は目の前の少女におくしている。


それと同時に、この人物には決して逆らえない。そんな今まで感じた事のない体も心も支配されたような絶望。


「大丈夫?お姉さん?」


少女は桜の左肩に、自身の右手をゆっくりと置いた。


「え?あ、ごめんなさい」


すると、桜は我に返り、自身の両手で目を覆う。


一瞬、取り付かれているような―――。


桜は少女を改めて視認するも、彼女の返事を心配そうに待っていた。


そんな訳ないか。何処かの中学生?ううん、高校生の制服を着た子だ。ただ、疲れていただけ。そう、それだけ―――。


「ちょっと―――重い話だけど、聞いていくれる?」


少女は安心した表情で、一度頷く。すると、桜も安心したのか、今までの経緯を話し出す。


父親の事、事故の事、妹の事。本来の彼女であれば、絶対に話す事はない内容。


気持ちの緩みなのか。将又はたまた、少女の雰囲気に呑まれたのか。


彼女がそれに気付いた頃には、全て話終わっていた。


「成程」


全てを聞き終えた後、少女は腕を組み一言つぶやいた。


後悔の念に駆られるも、桜は自身の長い赤髪を自分の指でくるくるっと触り、返答を待つしかない。


「お姉さんは―――」


「は、はい!」


不意を突かれ、桜は咄嗟とっさに大きな返事をし、少女はビクッと体が動く。


お互い苦笑する和やかな空気。だが、彼女の一言で、それも一変した。


「―――賢者の石って、知ってる?」


唐突なパワーワードに、桜は、再び硬直する。急に、ファンタージ―な言葉を彼女が、投下されたからではない。


彼女の記憶から、紅く光る一つの石の絵が脳内に浮かび上がったからである。


「賢者の石?」


「そう、全治全能の「奇跡の石」とも、不老不死の「神の石」とも言われる代物」


本来であれば、からかわれただけ、そう捉えてもおかしくない。


だが、少女の真剣な眼差しと、桜の蘇りつつあるかすかな記憶のお陰で、会話が、成立していく。


「それを、貴女のお父さんに―――」


「でも、―――どうやって?」


困惑する桜を見て少女の顔は、一瞬だけ、不敵な笑みを浮かべた。


「意外に作るのは簡単だけど、問題は材料」


「材料?」


「これを」


そう言うと少女は、ブレザーの左ポケットから一枚の紙を取り出し、桜に渡した。


渡された紙は手書きではなく、パソコンで作成されたモノ。


その冒頭につづられていた言葉は、以下の通り。


~・~・~・~・~・~


【実行内容】


指定された電話番号にかけて、その台詞を言う事。


※※注意※※

以下、内容の前後、アドリブは一切禁止。


『鹿島商店?香取ではなくて?』


『いえ、いいわ』


『そちらは、商品の取り置きをして頂けます?』


『黄の花を六本、水銀時計を一つ、白華はっかなえを九かぶ―――』


『カミス メイと申します』


上記内容を、1日ごとに一回、指定の時間に「四回」に分け実行する事。


尚、折り返しは厳禁とする、以上。


~・~・~・~・~・~


「これって、一体?」


物を買う場面だという事は、容易に想像できる。


だけど、店は間違えるは、失礼な返事をするは、大変失礼な事この上ない。他にも、取り置き?何の意味があって?


黄の花?水銀時計?白華?どれも、気になるけど、一番気になったのは―――。


―――カミス メイって、何処かで、聞いた事があるような―――。


「色々、疑問点はあると思うけど、その台詞に意味なんて無いよ」


「じゃあ何で、この台詞を?」


「コレは、「合言葉」不自然なやりとりになると思うけど四日間実施する事で、意味を成す」


「四回する意味って?」


「注文内容をみれば、察せるかと思うけど、その材料は、普通じゃない」


それはそう。“白華以降”の材料に至っては、最早もはや、あるかどうかも分からない。


「つまり、そこは特別な店でね。特別だと、何かと相手は警戒している。言わば、これは相手側からの―――」


「「―――テスト」ね」


重なった言葉に、少女は笑みを浮かべた。


「付け加えるなら、相手の簡単な受け答えはOK。だけど、相手に「言わされている」って、思われたらNG」


「脅されているって、思われたらダメって事?」


「そうだね。で、四回目の時、相手側が、「香取商店」っと、名乗ったら成功」


成程、カラクリは概ね理解出来た。余程厳重な取引を行っている処なのね。


桜は、台詞の下に記載された追記事項を、一つ一つ黙読していく。そこには、材料費の合計金額も記載されていた。


この金額だと、少し手持ちが足りないか。明日、銀行に行く必要があるか―――あれ?


徐々に、記載された内容は終わりを迎える中、桜の視線は、連絡先の住所で止まった。


「ねぇ、この住所って―――」


桜は、少女に視線を移すのだが―――。


「あれ?」


既に、少女の姿は、跡形もなく、消えていた。


「嘘でしょ―――」


二〇三八年 六月十三日、午前六時の出来事だった。

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