02,2度目

二○〇八年六月十五日 午後四時。


「おかしい」


何がおかしいって、今から1年前。

注文を受けたカミスという人物が、取り置きの商品を、未だに受け取りに来ないからだ。


ただの嫌がらせ?

いや、この界隈かいわいに精通する人物に、そんな暇人はいない。


事実、過去に会った錬金術士は他人に興味がなく。自身の願望を叶えるが為に、日々鍛錬を行っていた。


変質者―――。

あ、いや。変わり者しかいないが、暇つぶしや嫌がらせの類をする人物はいない。


それに、カミス メイという人物。

声のみの情報しかないが、強引な印象はあるものの、約束を破るような感じではなかった。


実際、翌日、1週間、1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、9ヶ月。

そして、1年と現在になっても、彼女は現れなかった。


―――ジリリリリリ、ジリリリリ。


黒電話が鳴り始めた。

時計をみると、一年前とほぼ同じ時刻―――。


「ゴクリ」


1年前とは全く違う。恐る恐る電話に出る。


「―――はい、鹿島商店です」


「鹿島商店?香取ではなくて?」


「えっ!」


これは所謂、「デジャブ」かと、錯覚する程、1年前と同じ台詞が、受話器の先から聞こえてきた。


「え?」


間違いない、相手の声も1年前と同じ人物の声だ。


「あ、いや。鹿島商店です」


何とか心を落ち着かせようと、一呼吸してから言葉を発する。


―――しかし。


相手は、間違いなく「鹿島商店?香取ではなくて?」っと、はっきり言った。


嘘だろ?


右手を頭に置き、ポリポリと自分の頭を掻く。


やはり、1年前と全く同じ。これは、俺がおかしいのか?相手がおかしいのか?


「か、鹿島です」


必死に平静をよそおいつつも、内心は気が気ではなかった。


「いえ、いいわ」


これは、一体何だ?何かの間違え?それとも相手は、記憶でも失ったのか?


「そちらは、商品の取り置きをして頂けます?」


「出来ますが、その必要はないと思いますよ」っと、こちらも1年前とほぼ同じやりとりを行う。


―――チリン。


結局、何も言わずに注文を請け、電話は切れた。


このたった数分間の間、悪い夢を見ているような感覚と、不気味で奇妙な出来事に絶句する。


「―――ある、よな?」


腕を組み左横に目をやる。そこには既に、取り置きしたままの商品が棚に置いてあり、自身の手元には1年前と全く同じ内容のメモ書きがある。


「どうするか」


自身の思考では、もうどうにもならない。これは店主の祖父に相談する他ない。


だけど、この出来事を祖父に相談しようにも、祖父は、1年の殆どをフランスで

過ごしており、日本に帰ってきたのは、2年前。


電話や手紙で連絡をとろうにも、家族全員の誰もが、祖父の所在を知らない。


いや、知れない。何故ならば、定住を良しとしない変わり者で、常にバイクで旅をする浮浪者なのである。


因みに、父は一般人で、錬金術については認知しているものの、詳細は一切知らず―――。


母は幼少の頃、俺と同じように、手伝いをしていたらしいが、既に鬼籍きせきの身。


つまり、今すぐに相談できる人物はいない、万事休すな状況なのである。


「いや、前向きに考えてみよう。何かしらの理由で、来れなかった。でも、商品は購入したい。


 だから、敢えて同じ事を言って、来店した時にネタ晴らして笑いをとろうとした。イタい。いや、お茶目な客。


 そう!からかわれただけ、そうに違いない!」


無理のあるポジティブシンキングであるものの、これが今の自分の精一杯の回答だった。


「来る!来る!絶対来る!―――来るよな?」

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