第14話 体育は大変

 朝ご飯を食べ終え制服に着替え終えた僕は、洗面台の鏡を見ながら髪の毛をセットを始める。

 肩まで伸びた髪を今日は、ハーフアップに結んでみることにした。


 いつものポニーテールと印象がガラリと変わり、女の子っぽい感じがする。

 ドライヤーで髪の毛を乾かしたり、週に2回のコンディショナーなど髪の毛の手入れは大変だが、こうやって気分によって髪型を変えることができるのは楽しい。


 髪を結び終えて鏡で見てみると、前髪が気になってしまった。

 右に流しているが、左に流した方が可愛いかな?むしろ、ちょっと切った方が良いかな?

 そんなことを考えながら前髪をいじっていると、鏡越しに制服に着替え終わった花恋の姿が見えた。


「あっ、お姉ちゃんも鏡使う?」

「うん、少し貸して」


 花恋は慣れた手つきで櫛で髪の毛をとかし、ポニーテールに髪の毛をまとめていく。

 僕はその姿を見ながら、花恋の後ろから鏡をのぞき込みながら前髪をチェックを続けていた。


 あっという間にセットを終えた花恋は、前髪ばかり触っている僕の肩をポンと叩いた。


「智美、前髪気に過ぎ。かわいいから、大丈夫だよ」

「ありがとう」

「前髪を気にするようになるなんて、智美も女の子になったね。それとも、好きな人でもできた?」

「えっ、そんなんじゃないよ……」


 揶揄うような笑顔を振り向きざまに見せた花恋は、僕の返事を最後まで聞くことなく洗面所を出て行った。


 花恋が家を出て五分後、玄関先で見送るお母さんに「行ってきます」と声をかけ、僕も家を出た。


 家をでると気持ちが焦ってしまい、思わず歩くスピードが速くなってしまう。

 家の前の通りを右に回るとマンションの駐車場に立っている人影見えた。

 さらに歩く速度は速くなるが、それが悟られないように平素な感じを装いながら待っている渡辺のもとに向かった。


「裕太、おはよ」

「おはよ。智美、髪型変えた?」


 一緒に通学するようになって1週間ほどが経ち、いつの間にか下の名前で呼び合うようになっていた。

 渡辺の下の名前は祐太郎だが、長いので呼んでいる。


「うん、気分転換にね。どうかな?」

「かわいいと思うよ」

「思うよじゃなくて、『かわいい』って言ってよ」

「かわいいよ」


 さわやかな笑顔で「かわいい」と言われると心臓の鼓動が速くなり、体温が高くなってくる。

 でも嬉しがっているのを裕太に悟られたくない僕は、何でもないような感じを装いながら会話を続けた。


「ありがとう」


 いつものように裕太に通学バックを渡して、二人並んで学校へと向かう。

 漫画の話題や裕太の部活での話など、何でもない会話をしながら学校へと向かう。

 この時間が一番幸せを感じる。


「ところで、もうすぐゴールデンウイークだけど、何か予定ある?」

「いや、とくにないけど」

「じゃ、遊びに行かない?」

「えっ、それって、デートってこと!?私たちまだ付き合ってないよね」


 突然の誘いに驚き、返事が思わず早口になってしまう。


「あっいや、二人って訳じゃなくてみんなで行こうよ。俺はバスケ部の男子二人連れてくるから、智美も誰か連れてきて」

「あっ、うん。そうだよね。みんなでだよね……。わかった、友達に声かけてみるね」


 てっきり二人でデートかと思って早合点してしまったことが恥ずかしくて、断り切れずにOKしてしまった。


◇ ◇ ◇


 今日の2時間目は体育だった。

 体操服に着替えるのに先生からは教職員用を使ってもいいよと言われたが、僕はあえて他の男子たちと一緒に着替えている。


 ハーフパンツはスカート履いたままでも履けるし、上の体操服もブラウスを脱がずに着る方法は花恋に習った。

 それでも万が一にも下着が見えることを期待して、遠巻きながら僕の方をチラ見しながら着替える他の男子生徒を観察するのが楽しい。


 着替え終わると僕は残念そうな表情を浮かべている男子たちと別れ、愛華たち女子生徒と合流した。

 男女別で行われる体育は別に男子の方でも良かったが学校側が配慮で、僕は女子扱いとなっていた。


 今日の体育はスポーツテスト。

 僕はソフトボールを握りしめた僕は、渾身の力を込めた思いっきり投げとばした。

 ボールは緩やかな放物線を描いて、力なく落下していった。


「14m」


 記録係の生徒が記録を読み上げ、記録用紙にその数値を書き込む。

 記録用紙に参考として載せてある中学3年女子の平均は23m。

 それに遠く及ばない記録に落ち込んでしまう。男子の平均は無理でもせめて女子なら平均ぐらい行くと期待していたのに、引きこもりの間に、かなり体はなまってしまったようだ。


 落ち込んでいる僕に紗香が声をかけてくれた。


「智美、何mだった?」

「14m。50m走も8秒8だし、全然だめだよ。紗香は?」

「50m走は7秒9で、ソフトボールは25m。吹奏楽部でも、筋トレしたり走ったりするしね」


 見た目完全なお嬢様の紗香にも負けて、僕はがっくり肩をおとした。


「ウォー、リャー!」


 突然、愛華の雄たけびのような大声がグラウンドに響き渡る。

 力強く投げられたボールは、30mまで引いてある白線のはるか彼方まで飛んでいった。

 

 メジャーを持った記録係の生徒が、小走りでボールが落ちた地点まで向かう。


「43m50」


 記録係が記録を読み上げると、歓声と驚嘆の声で周囲はざわつき始めた。


「愛華すごいね。50mも7秒2だったし、男子も顔負けよね」

「うん、そうだね」

「あっ、ごめん、そういう意味じゃないから」


 言ってから僕が男子だと気づいた紗香は、あわてて訂正してきた。


「それに、記録悪くても気にしなくていいと思うよ。誰だって得意と苦手ってあるんだし」


 紗香がポンポンと肩をかるくたたきながら励ましてくれた。

 少しは気分が軽くなってきた。

 男子だったころだと僕の悪い記録を周りから揶揄われたが、ここには悪い記録を冷やかす人はいない。

 体育の授業はやっぱり女子の方にいれてもらって良かったようだ。

 

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