第13話 友達から始めよう、って友達だよね

 月曜日の放課後、約束通り僕は体育館裏にきていた。

 部活生の声が響き渡るグラウンドと対照的に、体育館裏は静かでひっそりとしており、カサカサと風に揺れこすれ合う木の葉の音が耳に届いてくる。


 僕は一人渡辺がやってくるのを待っていた。

 ソワソワして、なんだか落ち着かない。

 

 心拍数も少しずつ上がり始めて心臓の鼓動が限界に達しそうになった時、渡辺の姿が見えてきた。

 ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる、その表情は少し緊張しているようにも見える。


「ごめん。待たせたな」

「いや、私も今来たところ」

「それで、先週の返事なんだけど」


 待ちきれないとばかりに返事を催促してきた。僕は慎重に、嚙まないように話し始めた。


「それなんだけど、友達からってことじゃダメかな?」


 顔を少し傾けて身長差20cmを超える渡辺を、上目遣いでのぞき込む。


 昨日悩んだ末に出した結論だった。昨日愛華と紗香と一緒に遊んで気づいた。

 僕に必要なのは、恋人ではなく友達だ。

 漫画の感想を言い合ったり、他愛もない話をしながら一緒に笑い合える友達が欲しい。


 自分の告白が受け入れられないなんて想像もしてなかった渡辺は、虚を突かれたようで一瞬顔がゆがんだ。

 逆上して恨みを買って、クラスは違うとはいえまたイジメられる展開だけは避けたい。

 

 数秒の沈黙の後、ようやく渡辺が返事をくれた。


「そうだよね。まずは友達から始めよう。それで、少しずつ俺のことを知ってもらえばいいから」


 自分に絶対の自信のある渡辺らしい言葉を残して、渡辺は部活に戻っていった。

 告白を断って変な恨みを買わずに済んでほっとした僕は、今日の夕ご飯の献立を考えながら帰途についた。


◇ ◇ ◇


 翌朝、学校に行こうと玄関のドアを開けると、玄関先に立っている渡辺の姿が目に飛び込んできた。


「渡辺どうしてここに?」

「どうしてって、一緒に学校に行こうと思って。だって俺たち友達だろ」

「どうして、家の住所分かった?教えたつもりはなかったけど?」

「あ~、それはちょっと悪いと思ったけど、みんなに聞きまくってだいたいこの辺ってことはわかったから、あとは『山中』って書いてある表札探して歩きまくった」

「それってストーカーだよ」

「悪い、悪い。どうしても、山中さんと一緒に学校に行きたくってさ。ほら、遅刻するから学校に行こう」


 渡辺が僕の背中をポンポン叩いて、歩くように促した。

 ストーカーじみた行為に若干引いたものの、友達と一緒に話しながら学校に行くというシチュエーションに憧れがあった僕は、渡辺と一緒に学校に向けて歩き始めた。


「渡辺の家ってどこなの?」

「あっ、俺んち、〇×町」

「それって、学校挟んで反対側だよね」

「そう、だから今日6時に起きて、山中さんち探してた。朝のジョギングみたいなものだから気にしないで」


 サラリと何でもないように渡辺は言った。

 そんなに早朝から家を出て僕の家を探していたと思うと、少しは彼に対する見方が変わってくる。


「ほら、荷物重いだろ。俺が持つよ」


 背中に背負っていたリュック型の通学カバンを渡辺に渡す。

 身軽になり、足取りも自然と軽くなる。


「ごめん、重くない?」

「まあ、重いけど、筋トレにはちょうどいいよ。だいたい、数学とか英語とか毎日あるのに、置き勉禁止とか訳わからないよな」


 教科書やノートを学校に置いて帰る、通称置き勉と言われる行為は禁止されていた。先生たちは、家でも毎日勉強するために必要とか、盗難防止のためとかいうが、そのせいで教科書に体操服、リコーダー、それに水筒までカバンに詰め込むと重さは10kg近くなる。

 その荷物を毎日背負って学校にいくのは、ひ弱な僕には辛いものがあった。


「ところで、山中さんって、『ロウキュー』って漫画読んでる?」


 渡辺は人気のバスケ漫画のタイトルを口にした。カッコいいキャラと重厚なストーリーで男女問わず人気の漫画で、今度映画も公開される。


「読んでるし、アニメも見てたよ」


 僕との共通の話題を見つけた渡辺は嬉しそうに、それぞれのキャラのモデルになったバスケ選手のウンチクを語り始めた。

 毎日重い荷物を背負って一人で通っていた通学路、今日はなんだか楽しい。


◇ ◇ ◇


 昇降口で渡辺と別れ教室に入り、カバンの中から教科書を机に入れていると、愛華と紗香が満面の笑みを浮かべながら近づいてきた。


「智美、見たよ。早速、ラブラブだね」

「智美と渡辺君、お似合いだね。おめでとう」


 渡辺と一緒に学校にきているのを二人に見られたようだ。親友の恋の話題に黙っていられない二人は、興味津々で目を輝かせて昨日のことを根掘り葉掘り聞いてきた。

 僕は友達から始めることにしたと伝えると、二人は少しがっかりした表情を浮かべた。


「でも、今日の智美、嬉しそうに一緒に歩いてたよ」

「そうそう、あんな笑顔の智美みたことない」

「あれは、お喋りしながら学校に行くのが楽しかっただけだよ」


 二人に冷やかされた僕は反論しながらも、顔が赤くなっているのが自分でもわかる。

そんな僕を揶揄うように、愛華は肘で小突いてくる。


「いいな、彼氏。私も欲しいな」

「だから、彼氏じゃないって。それより、愛華も彼氏ほしいって思うんだ」


 豪快で元気いっぱいで女の子らしさを感じない愛華も、やっぱり年頃の女の子だった。


「手をつないで公園に行って、二人でキャッチボールするのが夢なんだ」


 理想のデートを妄想してうっとりしている愛華に、僕らの横で会話を漏れ聞いていた男子がツッコんできた。


「宮川も意外と乙女チックなんだな。見た目、ゴリラだけど」

「誰がゴリラだって!」


 愛華がすかさず、ツッコミをいれた男子をチョークスリーパーで締め上げた。

 その様子を見て紗香と二人、笑い声をあげる。


 智美に生まれ変わって、すべてが楽しい。

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