第12話 女子トーーク
4時間目の授業の終わりのチャイムが鳴ると、国語の先生が慌てたように授業のまとめに入りはじめた。
「来週は漢字テストするので、皆さんちゃんと勉強しておくように」
「起立!礼!」
「ありがとうございました」
国語の先生が足早に教室を後にすると、授業中の沈黙とは打って変わって生徒たちの話声が教室中に響き渡る。
金曜の5時間目は音楽だ。
僕はカバンの中から音楽の教科書とリコーダーを取り出すと、音楽室へと向けて愛華と紗香と一緒に向かい始めた。
「私、音楽苦手なんだよね」
「あっ、私も」
不登校になる前から苦手だった音楽は、今も苦手なままだ。そんな僕の話に、愛華は頷きながら同調してくれた。
「みんなの前で、演奏とか歌のテストとか拷問だよね」
「わかる、わかる。なんで、みんなの前で恥かかないといけないの!」
「え~そうなの、私好きだけどな音楽。音を奏でるって楽しくない?」
ピアノを習っていたという紗香は、呆れ気味に尋ねてきた。
「その感覚がないんだよね。楽譜の順番通りにリコーダーの穴を押さえているだけって感覚なんだよね」
「そう、そう。指の方に意識がいくと、呼吸忘れちゃうんだよね」
「わかる~」
愛華と二人顔を向き合いながら笑いあい、笑い声が廊下に響く。
以前は他のクラスメイトが楽しそうに話している後ろを一人隠れるように歩いているだけだったが、友達ができてこうやって移動教室の時に歩きながら話す楽しさを知った。
「あっ、そういえば、今度の日曜日二人とも何か用事ある?」
「部活は午前中だけだから、午後は空いているけど」
「私は一日空いているよ」
3年生になって友達ができ始めたとはいえ、まだ友達が少ない僕に予定なんてものはない。
「じゃ、午後から私のうちに来ない?」
「えっ、いいの!」
思わず大声を叫んでしまい、廊下にいた生徒たちが一斉にこちらを向いた。
「ごめん、嬉しくてつい」
「家に遊びに来るぐらいで大げさよ」
紗香と愛華が微笑み、クスクスと笑い声を漏れる。
音楽の授業が始まっても、僕の心は甲子園出場が決まった高校球児のごとく浮かれだっており、リコーダーの練習をしながらも頭の中は日曜のことでいっぱいだった。
友達の家に遊びに行く。
普通なら当たり前のことかもしれないが、いつも教室で本を読んでいるとクラスメイトが「今日、遊びに行くね」とか「日曜14時ね」などと話しているのが耳に入り、そのたびに羨ましさを感じていた僕にとっては未知の世界線だった。
渡辺の告白の返事が月曜日に迫っていたが、そんなことはどうでもよくなってしまっていた。
◇ ◇ ◇
待ちに待った日曜日、寝不足気味の僕は教えてもらった住所を頼りに紗香の家を訪ねた。
僕の家から10分ほど歩いた、住宅地の中に紗香の家はあった。
庭には花が咲いているプランターが並び、白い高級車が停まっているガレージまで掃除が行き届いているところからも、紗香の育ちの良さがうかがえる。
玄関先にスポーティーなクロスバイクが置いてある。
愛華は先に着ているようだ。
呼び鈴を鳴らすとすぐさま、インターホン越しに紗香の声が聞こえてきた。
「智美、待ってたよ。ちょっと待ってて」
それから間もなくガチャリと玄関のドアが開く音がして、紗香が顔をのぞかせた。
「こんにちは」
「智美、先に着てたよ」
清楚な水色と白のチェック柄のワンピースを着た紗香の後ろには、水色のショートパンツにグレーパーカーの愛華の姿が見えた。
二人の私服を見るのも初めてだが、二人ともイメージ通りだ。
二人は僕を見るなり、目を大きく見開いて僕の私服を褒め始めた。
「智美の服、かわいい!トップスについているビジューがきれい」
「ホント、スカートもリボンがついてて、私より女の子らしい」
昨日夜遅くまで何を着て行こうか悩んで、手持ちの服をいろいろ組み合わせながら考えていると、気づけば12時を回っていた。
おかげで寝不足だが、二人から褒めてもらえると頑張った甲斐があった。
「あっ、これおやつにと思って作ってきたの」
「ありがとう、作ってきたって、ひょっとして手作り?」
「すごい、美味しそう。お店のみたい」
12時過ぎに寝たというのに楽しみすぎて5時に起きてしまった僕は、時間に余裕があったため、おやつにとスコーンを作ってきた。
2階にある紗香の部屋は、勉強机とベッドとローテブルが置かれているだけのシンプルな部屋だった。
ベッドの枕元にぬいぐるみがある以外は、あまり女の子を感じさせられるものはない。
家で遊ぶといっても想像していたようなトランプとかオセロとかではなく、ただお菓子を食べながらただおしゃべりするだけだった。
学校のことや最近観ているドラマの話や好きなアイドルの話など、コロコロ話題を変えながら取り留めもない会話が続いていく。
楽しい時間が過ぎて行き、おやつにスコーンを食べ始めたときに恋バナの話題となり愛華が尋ねてきた。
「ところでさ、バスケ部の渡辺君が智美に告白したって噂だけどホント?」
「あっ、いや、それは……」
「あ~、その感じだとホントだね。で、どうしたの、OKしたの、断ったの?」
突然言われた僕はなんと答えていい分からず黙ってしまった。体温が上がり、顔が赤くなっているのが自分でもわかる。
そんな僕を愛華と紗香は、興味深々なまなざしで見つめている。
「明日、返事することになってるんだけど、断ろうかなと思ってる」
「え~、なんで~、渡辺君シュッとしてかっこいいと思うけどな」
残念そうに言う愛華に、去年イジメられたことを話し、その流れで女装を始めた経過も話した。
「ふ~ん、女の子になりたくて学校休んでいたって先生の話だったけど、本当はそうだったのね」
「うん。イジメられて不登校って恥ずかしくて黙ってた。ごめん」
「いいのよ。誰だって話したくない過去はあるから。でも、その話だと結果論だけど渡辺君のおかげで、今の智美があるってことでしょ」
冷静に語る紗香に言われて気づいた。渡辺にイジメられて不登校にならなければ、僕は智美になっていない。
イジメがなく智のままでいたなら、友達もできず毎日一人寂しくしていたと思う。
こうやって友達の家に遊びに来ることもなかったと思うと、結果論だけど渡辺のおかげで今の自分がある。
僕が納得したような表情になったのを見て、紗香が言葉をつづけた。
「付き合っちゃいなよ。今まで自分をイジメてた人が、頭下げるなんて素敵だと思うけどな。私だったら、土下座させてその頭を踏みつけて、靴を舐めさせるけどな。今まで威張ってたし人が、涙を流しながら『付き合ってください』って言うシチュエーション考えただけで、ゾクゾクしちゃう」
思わず自分の性癖を漏らしてしまった紗香が、顔を赤らめた。
清楚なイメージとは違い、意外と変態的な趣味を持っているようだった。
「まっ、私のことは良いのよ。今は、智美のことよ」
「そうだよ、付き合っちゃえば」
「愛華まで。でも、こんな格好だけど私、男子だよ。男同士付き合うって」
「逆に男同士だからいいんじゃない。なんか、こう、男女だと、男の方が体目当てってこともあるけど、男同士だと純粋な恋愛って感じがしない?」
どうやら愛華はBLが好きなようだ。二人に言われてみれば、渡辺と付き合うのも悪い気がしないと思えてきた。
返事はどうしようかと悩みながら、僕はスコーンを一口かじった。
外はサクッと、中はふんわり上手く焼けている。
紅茶を飲みながら、僕は明日の返事をどうするかを決めた。
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