第11話 陽キャに生まれ変わった僕は友達ができて、告白される
始業式から1週間が経ち、ようやくクラスメイトの顔と名前が一致するようになってきた。
朝日が差し込む教室は登校してきたばかりのクラスメイト達が、挨拶をしたり昨日のドラマの話をしたりとにぎやかだった。
教室に入った僕は、以前だったら無言のまま自分の席に座り本でも読み始めるところだが、宮川愛華の姿をみつけると声をかけた。
「愛華、おはよ」
「智美、おはよ!」
元気で威勢の良い挨拶が返ってくる。愛華とは席が隣同士という子もあり、すぐに仲良くなれた。
「相変わらず元気だね。見てるだけで、こっちまでなんだが元気が出てくる」
「それは良かった。あっ、そうだ、智美にお願いがあったんだった」
「お願いって?」
愛華が僕の背中を押して、席に座るように促してくる。
ソフトボール部のエースでもある愛華は、いつも元気でスキンシップが多めだ。
僕がスカートが皺にならないようにお尻に手を当てながら座るのに対し、愛華はそんなことはお構いなしと言わんばかりに席にドスンと腰をかける。
男勝りな豪快な性格に、髪の毛も耳上で切り揃えられ、首筋を露わにしているぐらい短く、仕草も荒々しい。
それでも彼女を女の子と疑う人は誰もいない。
肌や髪の毛を丁寧に手入れして、仕草一つ一つに気を配ってようやく女の子として見てもらえる僕。
生まれついての差は埋めようのないものがあり、彼女のことがちょっと羨ましい。
そんな僕の思いはよそに、愛華は数学のプリントを取り出すと僕の前に差し出した。
「数学の宿題なんだけど、分からないところがあるから、教えて」
数学の授業で宿題として出されたプリントには因数分解の問題が20問並んでいる。
愛華のプリントは最初の1問しか答えを書いておらず、あとは白紙のままだ。
「わからないところってどこ?」
「残りの全部。だから、教えて」
わからないこと恥じることなく、清々しいほどきっぱりと笑顔で答えた。
引きこもり中に中学校で習う範囲は全部終えた僕にとっては、因数分解ぐらい朝飯前だ。
早速シャーペンを手に取り、愛華に教え始める。
「1次が1で、最後がマイナス6ということは、約数のペアから、足して1になって、かけるとマイナス6になるのを探すと、3とマイナス2になるよね」
「すごい~」
「約数のペアを書き出してみると分かりやすいよ」
部活に夢中で勉強はイマイチな愛華は、席が隣ということで僕によく聞いてくる。
そんな愛華に僕はいつも優しく勉強を教えている。
もちろん友達付き合いというのもあるが、元気で活発でクラスのリーダー的存在となっている愛華と仲良くなっておいて損はない。そんな打算とも言える思惑もある。
智美に生まれ変わって、ある意味人生2週目。1週目に見えなかったものが見えてる。
◇ ◇ ◇
給食を食べ終わった昼休み、昼休み前に振り出した雨で外に遊びにも出られず、教室の中に閉じ込められた生徒たちの話声で、教室の中はいつになく騒がしい。
そんな喧騒の中、暇を持て余した僕は図書室でも行こうかと席を立った時、後ろの席で本を読んでいる竹中紗香の姿が目に入り、思わず近づいて声をかけた。
「竹中さんもその本読んでるの?僕も好きでシリーズ全巻読んだよ」
本に没頭している最中に僕に突然声をかけられて驚いたのか、目を丸くしながら僕を見つめた。
長い髪の毛をツインテールにまとめている彼女は、細みのフレームの眼鏡が知的な印象を与え、本を持っているその手は白魚の様に白く細い。
クラス一の美少女といっても過言ではない彼女に声をかけるなんて以前の僕ならできなかったが、智美になった今なら自然とできるようになった。
「えっ、そうなの?山中さんは、どのキャラが推し?」
「そうだね、一番好きなのは剣士のライアンかな?竹中さんは?」
「私は断然、神官のクリフト。原作もいいけど、映画も観た?」
「観た、観た」
同じクラスになって1週間、今まであいさつ程度にしか話したことはなかったが、映画化もされた剣と魔法のファンタジー小説の話題で盛り上がり、最新刊を貸す約束までしてしまった。
智だったころ、誰も話しかけてこなかったから友達ができないと思っていた。
それは逆で、自分から話しかけいかないと友達はできないことを、2週目の人生で知った。
2週目の人生は、1週目の反省を生かして出だしは好調だ。
◇ ◇ ◇
放課後の廊下は、部活に向かう生徒や帰宅する生徒でごった返している。
混雑を嫌った僕は教室で宿題をやりながら時間をつぶし、廊下が静かになったのを見計らって帰ることにした。
4時ちょっと前、これから家に帰ってすこしゆっくりくつろいで夕ご飯づくりに取り掛かる予定だ。
今日のおかずは何しよう。昨日は生姜焼きだったから、今日は鶏肉をつかった料理を作ろう。
頭の中で献立を考えながら昇降口で靴を履き替えていると、突然名前を呼ぶ声が耳に届いた。
「山中」
振り向くとジャージ姿の渡辺祐太郎が立っていた。逃げ出したい衝動に駆られてたが、イジメの記憶がフラッシュバックして体が硬直してしまい呆然と立ちすくすしかなかった。
「渡辺さん、何か用ですか?」
虚勢を張るため、あえて他人行儀な返事をした。
「山中なんだよ、去年同じクラスだったのに、そんな他人のフリするなよ。ちょっと話があるから来て」
「話って何ですか?それに部活は良いの?」
「すぐに済むから、ちょっと来て」
渡辺に手を掴まれ、強引に体育館裏の人気のないところに連れていかれた。怒らせて逆上されるとクラスは違うとはいえ、何をされるかわからないので何の用事か分からないが平穏に終わらせたい。
体育館からはボールの弾む音と部活に励む生徒たちの声が漏れ聞こえてくるが、体育館裏は人気もなくひっそりとしている。
「で、話って何?」
強引に連れ込んだ割に何も話し始めない渡辺に、しびれを切らした僕は話すように促した。
「山中さん、好きです。付き合ってください」
思いもよらない告白だった。
「春休み、一度学校にきてたよね、そのとき一目見てから、山中さんのことが忘れられない。好きだ、付き合ってくれ」
「好きって、私、こんな格好しているけど男だよ。それに、去年僕のことイジメたよね」
僕はスカートを指さしながら答えた。
「イジメたことは謝るから許して。それに人を好きになるのに男子とか女子とか関係ないって、保健体育で習っただろ」
「確かにそうだけど」
保健体育でLGBTのことは習っていた。男同士、女同士で付き合っいても変な目で見てはいけないと習っていたが、自分が当事者になるとは思ってもみなかった。
「それに、そんなにかわいいのに一緒のモノがついていると思うと、より興奮するというか、ないよりあった方がいいというか……」
渡辺は顔を真っ赤にしながら、自分の性癖を恥ずかしそうに語りはじめた。
その様子からして告白は冗談ではなく、本気のようだ。
「ちょっと、考えさせて」
「ちょっとってどれくらい?」
「1週間は欲しいかな?」
「じゃ、来週この時間この場所で。俺、部活があるから戻るね」
呆然と立ちすくす僕を取り残して、渡辺は走って去って行った。
春風が吹いている体育館裏で一人残された僕は、渡辺の告白を受け入れるかどうか悩んでいた。
自分をイジメた渡辺と付き合うなんて考えられないと思う反面、立場が逆転するのも面白いかもと思ってしまう自分もいる。
返事まで1週間ある。ゆっくり考えることにしよう。それより先に、今日の夕ご飯は何にしようを考えないといけない。
冷蔵庫にあるトマトもそろそろ使わないといけないから、鶏肉のトマト煮にしよう。そうなると付け合わせは……。
夕ご飯の献立を考えながら、僕は家に向けて歩き始めた。
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