第10話 始業式は陽キャで

 4月の空は気持ちよく晴れ渡り、心地よい朝日が街を照らしている。

 ひんやりとした朝の空気は新鮮で、遠くからは雀の鳴き声が聞こえてくる。

 待ちに待った始業式の朝、僕は学校への通学路を歩いていた。


 ときおり吹く風でスカートが揺れ、まだ冷たい外気がスカートから伸びている脚に直接あたる。

 ちょっと寒いけど、4月になっても黒タイツを履くのはダサすぎる。

 白くしなやかな脚を見せびらかすように、颯爽と足を進めた。


「あんな子いたっけ?」

「あんなにかわいいなら知らないはずないけど、転校生かな?」


 学校へ向かう通学路、多くの生徒が見慣れない僕の姿にざわついている。誰も山中智が女装しているとは気づいていないみたいだ。

 内心ほくそえみながら、学校の校門をくぐった。


 学校に到着すると教室には入らず、保健室へと向かった。

 他の生徒はいったん教室に入った後、体育館で始業式を行いそのあとクラス替えの発表があるという流れになっているが、混乱を防ぐために僕は先生の説明が終わった後教室に行くようになっている。


 待っている間、やる事がなく本を読んでいた僕に保健室の先生が話しかけてきた。


「山本さん、可愛いよね。肌もきれいだし、髪の毛も色艶いいし間近で見ても、男子には見えない」

「ありがとうございます」


 身内以外から褒められるのは、花恋やお母さんから褒められるのとは違う嬉しさがある。


「それに背筋もきちんと伸びてきれいだし、仕草も女の子っぽいし、本当に男子?いところのお嬢様みたい。きっとご家庭での教育が良いのね」


 僕だけではなく家族全員が褒められたのも、また嬉しかった。


 そのあと先生の仕事の愚痴など聞いているうちにあっという間に時間が過ぎて、小坂先生が迎えに来てくれた。


 誰もいない廊下を先生の後を追って3年1組の教室へと向かう。

 他の教室ではすでにホームルームが始まっており、先生の声が廊下に漏れて聞こえてくる。

 3年1組の教室の前に着くと、先生は教室に入る前に僕の方へと振り向き釘を刺してきた。


「じゃ、みんなには心と体の性の悩みで休んでいたと言っているから。今度は問題起こさないようにな」

「は~い」


 ガラガラと教室のドアを開いて先生が教室に入ると、僕はその後について教室へと入っていった。

 僕が教室に入ると教室の中は一気に騒がしくなった。


「かわいい」

「男子に見えない」


 小声でささやき合う声が僕の耳にも届いてくる。おおむね好意的に受け入れてくれているようだった。


「静かにするように」


 小坂先生が注意すると、途端に教室は静まり返った。

 その代わりクラス全員からの興味と羨望のまじった遠慮のない視線が、一斉に僕の方へと向けられた。

 

 

「それじゃ、山中さん、自己紹介してください」

「しばらく学校休んでいました、山中智です。こんな格好していますけど、一応男子です」


 僕はクルッと体を一回転させると、スカートがフワリと舞い上がる。

 ウェストを折りたたんで短めに着ているスカートから下着が見えると期待した男子生徒は、一斉色めきだて視線は僕の下半身にくぎ付けとなった。


「本名は智ですけど、みんな良かったら智美って呼んでください。女の子になったばかりなので、女子のみんなはいろいろ教えてもらえると嬉しいです」


 先ほどとは変わって、両手を添えて礼儀正しく一礼した。

 歓声と拍手の音が教室中に響き渡る。 


 自己紹介の後、何かいいたげだった小坂先生を教壇に残して、一つだけ空席だった自分の席へと歩みを進めた。

 クラスメイトたちは机の間を割って歩みを進めている僕を、視線で追っている。

 その視線に嫌悪感はなく、僕の歩く姿に見惚れているようだった。

 

 先生が事務的に連絡事項を話終え教室を出ていくと、クラスメイト達は僕の周りを囲い込んだ。


「ねぇ、私よりかわいいんだけど本当に男子なの?」

「ホント、髪もきれいだし、肌も白くてきれい」

「いやいや、顎のラインとか男っぽいし、全体的に丸みがなくて、角ばってるし。本当の女の子には敵わないよ」


 まだあか抜けていない田舎の女子中学生よりも、男だけど女の子に見えるように努力してきた僕の方がかわいいと思っていたが、女子ウケをよくするためにあえて謙遜してみた。


「肌の手入れとかどうするの?」

「シャンプー何使ってる?」


 女子たちの質問に一つ一つ丁寧に答えていく。そんな中、一人の男子生徒が割って入ってきた。


「下着は、やっぱり女物なの?」

「田中、そんなことは聞かないの!」


 男子中学生らしい遠慮のない質問を、女子がかばってくれる。

 女子の仲間に入れてもらえたようだ。


 男子だった智のころには、こうやって教室のみんなから注目されることはなかった。それにこんな風に教室が盛り上がっても、一人自分の机で本を読んでいた。


 一人でいい。一人の方が気楽だ。

 そんな風に自分に言い聞かせて、積極的にクラスの輪の中に入っていかなかった。


 一人で本を読んでいるのも楽しいが、やっぱりみんなとお喋りするのは楽しい。

 友達と仲良くするのって、意外と簡単なものかもしれない。

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