第8話 女の子として、学校に戻る!?

 2月になったこともあり、1月のカレンダーを破り捨てた。

 無意識のうちに祝日を確認して3連休が2回もあると一瞬喜んでしまうが、学校に行っていない僕には関係のない話だった。


 家族に女装がバレて、女の子として暮らすようになって1か月以上が過ぎた。クローゼットの中には、もう男物の服は残っていない。

 ベッドのシーツも薄いピンクにしてもらったし、枕元には熊のぬいぐるみを置いてある。

 

 パステルカラーを置くとピンクの蛍光ペンを取り出し、ノートには重要なところには「ここがポイント」とわかりやすく書き込んだ。

 重要度に合わせてピンク、水色、緑を使い分けているためノートはカラフルにまとまっている。


 引きこもりになって自分で勉強するようになった時、花恋から参考にしてと中学時代のノートをもらった。

 黒一色の僕のノートと違い、蛍光ペンやイラストなど多用する花恋のノートは分かりやすく、僕も真似をして同じようにノートをとるようになった。


「よし、今日はここまで」

 

 3時半を過ぎたのを確認すると、教科書を閉じると1階のリビングに降りた。


 暖かいココアを入れ終わると、リビングのソファにプリーツスカートが皺にならないように腰かけた。

 女の子として過ごすようになって真っ先に、スカートが皺にならない座り方を教えられた。

 他にも背筋を伸ばしたり、脇を閉じたりするよう、女の子らしい振る舞い方を注意されるようになった。


 何も考えず行動してきた今までと違い窮屈と言えば窮屈だが、逆に一つずつ身についていくにつれ、女の子に近づけると思えば嬉しくもある。


 ココアの入ったカップをつまむように持ちながら、口に運ぶ。勉強で疲れた頭に、甘いココアの糖分が染みわたり癒される。


 テレビでネット配信のアニメを1話分見た後、夕ご飯づくりに取り掛かった。

 先月両親の帰りが遅くなると連絡があったとき、ネット動画などを参考にしながら家族分の夕食を作ってみた。

 

 生姜焼きと人参しりしり、それに豆腐と若芽の味噌汁と単純なものだったが、家族みんな美味しいと言いながら食べてくれた。

 自分が作ったものを美味しそうに食べてもらえる喜びを知った僕は、暇を持て余していたこともあり平日のご飯当番を請け負うようになった。


 今日は何を作ろうかと、スマホで検索してみる。

 どのサイトもわかりやすく動画で解説してあるので、素人の僕でもそれなりの料理が作れる。便利な世の中だと改めて思った。


 冷蔵庫の中身と相談しながら、今日はチキンソテーとポテトサラダにすることにした。汁物は昨日多めに作っておいたホワイトシチューがまだ残っている。


◇ ◇ ◇


 お父さんがチキンソテーを一口食べた後目を見開き驚いた表情をみせ、ポテトサラダを食べたお母さんは顔をほころばせている。


「美味しい、こんな上等な鶏肉うちにあったかな?」


 お父さんが料理を褒めながらも不思議な表情を浮かべた。


「いや、いつものスーパーの特売の鶏肉だよ」

「その割にはジューシーで柔らかいし、ブランドのお肉みたい」

「ブライン液っていう砂糖と塩でつくった液体に漬け込んで、ゆっくり低温で焼くとこうなるみたい」

「ポテトサラダも私が作るのよりも美味しい」

「隠し味に練乳が入れてみたの」


 お母さんが感心したように頷いた。


「智美が夕ご飯作るようになって、美味しいからつい食べ過ぎて困っちゃう」


 ダイエットは明日からとうそぶきながら、花恋はポテトサラダのお代わりをつぎ始めた。


 料理ってちょっとした工夫で、大きく味が変わるのが楽しい。今日も喜んでもらえてよかったと思いながら、ホワイトシチューに口に運んだ。


 会話の弾む楽しい夕ご飯を食べ終えソファに座りながらテレビを観ていると、食器洗いが終わったお母さんが声をかけてきた。


「智美、ちょっといい?」

「お母さん、なに?」

「ちょっとそこに座って、話があるの」


 お母さんはいつものにこやかな笑顔は消え、真剣な表情をしている。

 僕はお母さんの意図が分からないまま、ひとまず言われた通りにダインニングテーブルの椅子に腰かけた。


「で、話って何?」

「智美、最近明るくなったね。以前は口数も少なかったし、笑顔もなかった。智から智美になって、変わったよね」


 それは自分でもそう思う。

 イジメられる以前からも暗くて地味で、親からしてみれば友達と上手くやれているか心配な子供だった。

 それが智美になってから、口数も増えたし、笑うことも増えた。僕が笑えば家族も笑う。料理もそうだし、積極的に何かをやるようになった。


「それでね、お母さん思ったの。智美としてなら、学校に復帰しても大丈夫じゃないかって」

「学校に!?しかも、女装したまま?」

「そうよ。生まれ変わったつもりでどうかな?お母さん、案外うまくいくと思うよ」

「待って、男子なのにスカート履いて行ったら余計イジメられない?」

「それだったら、多分大丈夫と思うよ」


 同じようにテレビを観てた花恋が、ソファに座ったままこちらの方を見向いて会話に加わってきた。


「智美をイジメていた子たちって、地味で大人しい智とパリピな自分たちとノリが合わないからイジメてたんでしょ。今の智美なら、大丈夫だと思うよ」

「私もそう思う。今ならいえるけど、智、男子にしては華奢だし大人しいし、アレだったら陽キャの格好の餌食にされてもおかしくないと思ってたのよ」

「お母さん、ひどい~」


 やっぱりお母さんに心配かけてたんだと反省しながらも、昔のことと笑い話で済ませられる自分がいた。


「お父さんはどう思う?」


 お母さんが食後のコーヒーを飲んでいたお父さんに話を振った。


「そうだな、セーラー服着て学校に行けるなんて羨ましいと思うけど」

「お父さん、そうじゃないよ~。それに、智美の中学の制服ブレザーだよ」


 花恋がお父さんのズレた返事にツッコんだ。

 4人の笑い声がリビングに響き渡る。

 

 女装して学校行くのは不安だが、先生やクラスメイトが驚く顔が見たいし、女子として中学生生活を送ってみたい願望もある。

 それにダメだったら、また引きこもればいい。


「うん、私、学校に行くことにする」


 僕が笑顔で答えると、お母さんの目には涙が浮かんでいた。

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