第7話 女の子の楽しさを知る
豊富なラインナップに目移りしながら、さんざん悩んだ末に選び抜いた水色とピンクと黄色の下着セットをもって会計レジへと向かった。
先ほどバストサイズを測ってもらった店員さんがバーコードを読み込み金額を継げた。
「クレジット、一括で」
お父さんがクレジットカードをそっと差し出しす。女性にしては少し低めなお父さんの声に、店員さんは一瞬怪訝な表情を見せたが男性だと確信は得なかったようで事務的に会計を進めていった。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
マニュアル通りの対応かも知れないが、こういわれると気持ちがいい。
お父さんのネタ晴らしはまた今度にして、少し離れたところに待っているお母さんと花恋のもとへと向かった。
欲しかったものを手に入れることができて、有頂天な僕は嬉しさを抑えることができない。
そんな僕を花恋は揶揄ってきた。
「ほら、下着売り場でニヤついていたら変な人と思われるよ」
「え~、だって嬉しいんだもん」
「智美のそんな笑顔観るの久しぶりな気がする」
お母さんがそっとつぶやく。
言われてみれば、春先にイジメが始まって以来こんなに心の底から楽しいと思ったことはなかった。
嬉しそうにはしゃぐ僕を、両親は温かい目で見つめている。
心配をかけてしまったことを申し訳なく思った。
「さて、次はどうする?服買いに行く?」
「うん」
「ところで智美は、どんな服が欲しいの?」
「どんな服って?スカートとかワンピースって意味?」
ファッションに疎い僕は、花恋の質問の意味が解らなかった。
「カジュアル系とかカワイイ系とかって意味よ。それで行く店が変わるんだから、決めてもらわないと、この大きなモールを全部見て回ることになるよ」
花恋たちがショッピングモールに来た時、真っ先に入っているアパレルブランドをチェックしていた意味に気付いた。
「深く考えてなかったけど、かわいい感じの服が好きかな。リボンとかフリルとかついているの」
「じゃ、フェミニン系ね。それだと、○○と××を見て回ろうか」
花恋が口にしたブランド名が分からない僕は、黙ってうなずくしかない。
「若い子の服は分からないから、花恋お願いね。お母さんはママと見てくるね」
お母さんは僕たちに手を振って、お父さんと手をつないで去って行った。
「お母さんもママも嬉しそうだね」
「若いころ、ああやってデートしてたんだろうね。私たちも行きましょ。2階のウェストゾーンにあるみたいだから、ここを出て右ね」
花恋は僕の手をそっと引っ張り、お店へと向けて歩き始めた。
◇ ◇ ◇
ショッピングモールを数分歩いたところに目的のお店はあり、明るい照明に照らされた店内には、かわいらしいアイテムが彩り豊かに陳列されている。
僕たちと同じような中高生たちで賑わっており、友達同士楽しそうに笑顔で話しながら買い物を楽しんでいる。
どの服もレースやリボンなど女の子らしい要素がふんだんに使われており、僕が好きそうなものばかりだった。
僕が嬉しそうに服を選び始めたのを見て、花恋も満足そうだ。
早速、スカートが並んであるコーナーへと歩みを進め服を選び始めた。
定番のチェック柄のプリーツスカートも欲しいし、白のシフォンスカートのふんわりした感じも捨てがたい。
次々に手にとってはそのシルエットや色合いを確認していて、気に入ったものは鏡の前で体に当てながら似合うかどうか見ていく。
「智美、これなんかどう?」
花恋がグレーのプリーツスカートを持ってきた。ラメ入りの生地が照明の光を反射してキラリと輝き、一目で僕の心を奪った。
「気に入ったようね。試着してみる?」
「うん」
花恋の勧めに頷きながら、僕はちょっとした悪戯を思いついた。
近くにいた店員さんに声をかける。
「あの~、すみません。試着してもいいですか?」
「いいですよ。あちらの試着室空いてますので、どうぞ」
「こうみえても男ですけど、大丈夫ですか?」
僕のことを完全に女子と思っていたようで、突然のカミングアウトに目を丸くした。
女の子と信じ切っていた店員さんに男だとバラさなくても良かったが、驚く顔が見たくてあえてバラしてみた。
「え~、全然気づかなかったです。仲の良い姉妹と思っていました」
驚く店員さんの言葉に、こちらからばらさない限り男だとバレないと自信が持てた。
◇ ◇ ◇
手にぶら下げている紙袋には、先ほどのプリーツスカートと、肩口から袖にかけて小さいリボンが並んでいるのがかわいいピンクのトップスが入っている。
買い物を終えた僕たちは、両親とお昼ご飯を食べるために合流するためモール内にあるレストラン街へと向かった。
レストラン街の入り口に両親が立っており、僕たちを見つけたお母さんが手を振っている。
お父さんの手には紙袋がぶら下がっている。お父さんたちも何かを買ったようだ。
「お待たせ、お母さんたちも何か買ったの?」
「うん、スカートをね」
「見せて」
お父さんの手から紙袋を受け取ると、花恋は興味津々な顔つきで中身を見始めた。
僕も横からのぞき込んでみると、ワインレッドと紺色のスカートが入っているようだった。
「これって、ひょっとしてイロチ?」
「そう。久しぶりにママとイロチで双子コーデにしてみるのもいいかなと思って」
「イロチ?双子コーデ?」
イロチが分からない僕は、お母さんと花恋の会話に割り込んで聞いた。
「イロチは色違いのことで、双子コーデって、仲の良い友達とお揃いの服を着ることだよ」
「まだ花恋が産まれる前は、よく双子コーデでデートしてたのよ。ねぇ、ママ」
「ああ、そうだね」
お父さんは遠くを見つめながらわずかに微笑み、昔を懐かしむような表情を浮かべた。
「で、どっちがママの?」
「もちろん、ワインレッドがママのよ。私のは紺色」
「好みが智美と同じ。やっぱり親子だね」
花恋の一言に、4人で笑みを浮かべたとき、お腹がすき過ぎた僕のお腹が鳴った。
「話は食べながらするとして、どこかお店に入ろうか?智美は何が食べたい?」
「え~と、私はオムライスがいい」
「じゃ、あそこだね」
お父さんが見向いた方向にはオムライス専門店があった。
「ねぇ、食後のデザートにパフェもつけていい?」
「ああ、いいよ。好きなだけ食べな」
僕のおねだりに快く応じてくれたお父さんの腕にしがみく。
男子だった時はこんなに甘えることはできなかったが、女の子だと許されるような気がして人目も憚らず甘えることができる。
そんな僕の頭を微笑みながら撫でてくれた。
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