第6話 女の子になった僕は、生まれ変わる

 車で1時間走ったショッピングモールの入り口にはクリスマスツリーが飾られており、12月になったばかりというのにクリスマスムードが漂っていた。


 お父さんたちも初めてのショッピングモールのため、買い物プランを考える入り口近くの店舗案内を前に立った。


「24区とルイルはあるみたいね」

「オリーブハウスあるし、こっちにはベニーズもあるよ」


 お母さんと花恋はモールに入っているアパレルブランドをチェックしている。ブランド名はほとんど分からない僕は、二人のやり取りを後ろから傍観していた。


「智美は何から見たい?スカート?トップス?それともコートとかのアウター?」


 同じように女性陣の買い物のテンションに引き気味のお父さんが、話しかけてきた。

 ネットでだいたいの物が買えるこの時代に、1カ月ぶりに外出してまで欲しいものがあった。


「ママ、私ね……」


 欲しいけど口に出すのは恥ずかしく、お父さんに小声でお願いしてみた。


「わかったよ、まずそこから行こう」


 お父さんはそう僕に言うと、どの順番で見て回るかで盛り上がっている女性陣二人の間に割って入った。


 目的の場所を目指してモールの中を進んでいく。

 途中すれ違う人たち、とくに男性の客は大部分が僕たちの方をチラ見していく。

 女の子らしい歩き方はお父さんに教えてもらったけど、僕の女装がバレているのかと心配になってしまう。


「智美、大丈夫だよ。いつものことだから」


 不安そうにしている僕を心配した花恋が声をかけてくれた。


「えっ?」

「大丈夫、智美はどこからどう見ても女の子だから」

「じゃ、なんでみんな僕たちの方を見ていくの?」

「だって、私かわいいもん。男はかわいい女の子がいると、見ずにはいられない悲しい生き物なのよ」


 花恋は澄ませた顔で真正面を向いている。整った顔立ち、黒く艶めく髪の毛、華奢ながらも女性らしい曲線が程よく香り立つスタイル。彼女の容姿から、何度も芸能事務所からスカウト受けたことがあったのもうなずける。


 お母さんも40を超えているとはいえ、年月を経ても色褪せぬ輝きを持っている。繊細な顔立ちには深みが増し、微笑むと表情に優雅なしわが広がる。体形はやや熟れた曲線を描き、女性らしい魅力が宿っている。


 今日のお父さんも美しい女性へと変貌を遂げており、優雅に揺れるプリーツスカートが男性の視線を奪っている。


 一人だけでも十分なのに、3人もいるとなると男性ばかりでなく女性からも注目の視線を集めてしまうのは無理もない。


「ほら、あそこの高校生みてて」


 花恋が小声でつぶやいた。数メートル先から、眼鏡をかけた男子高校生がこちらのほうへと歩いてくる。

 すれ違う瞬間、一瞬僕の方を見た。そして僕と視線が合うと、恥ずかしそうに視線をそらした。


「ほらね、智美がかわいいから見てたんだよ。大丈夫、自信もっていいよ」


 花恋が笑顔のまま、肘で小突いてきて言葉をつづけた。


「こんな遠くのショッピングモールに知り合いなんていないんだから、バレても恥問題ないし、いたとしても多分智美って気づかないと思うよ」


 通りすがりのショーウィンドウには、地味でネクラな智の姿はなく、可愛らしい女子中学生の姿が映っていた。

 確かにこれだとすれ違う程度では気づかれないだろう。

 

 今の僕って、かわいいんだ。

 そう気づくと、なんだか急に自信が湧いてきた。


「花恋、ありがとう」


 横を歩く花恋の肘に抱きついた。花恋は嬉しそうに微笑み、前を歩く両親は振り返って暖かい視線を僕らへと送った。


 2階にある下着売り場には、明るい照明のもとに水色やピンクなどの色とりどりの下着が並んでいた。

 フリルやリボン、レースといった女の子らしい要素がふんだんに詰め込まれたブラジャーやショーツに、僕の心は鷲掴みにされた。

 思わずそのうちの一つを手に取ると、優しい肌触りに思わず頬ずりしてしまいたくなる衝動に駆られてしまう。


 そう僕が欲しかったのは、ブラジャーやショーツなどの女性下着だ。

 スカートなど服は借りれるが、さすがに下着は借りられない。


 胸のふくらみが欲しくなるし、誰に見せるわけではないがスカートの下にトランクスだと違和感がある。

 自分用のスカートも欲しかったが、それ以上に下着が欲しかった。


「智美、サイズってわかってるの?」


 夢の世界に入り浸っていた僕は、花恋の問いかけに我に返った。


「春の身体測定で胸囲は74cmだったけど……」

「胸囲とバストサイズは測るところが違うの、店員さんに測ってもらいましょ」

 

 花恋は僕の返事を待たずに店員さんを呼びに走り、数分後メジャーを手にした女性の年配の店員さんと一緒に帰ってきた。


 戻ってきた花恋はそっと僕に耳打ちした。


「男って言うのは、内緒にしててね」


 悪戯している子供の様な無邪気な笑みを浮かべる花恋を見て、僕はその意図を察した。


 店員さんは慣れた手つきで僕の体にメジャーを巻き付けると、アンダーバストのサイズを読み上げた。


「トップは……」


 アンダーとトップに差がないことに違和感を覚えた店員さんが怪訝な表情を浮かべた。

 困惑する店員さんを花恋と両親は面白そうに見ている。

 あんまり困らせるのもアレなので、ネタばらしすることにした。


「ごめんなさい、実は男子です」

「え~、女子にしては筋肉質な体つきで変だなと思っていましたけど、言われるまで気づかなかったです」

「びっくりさせてごめんなさい。女の子に見えるかな心配だったんで、黙っていました」

「全然気づかなかったです。女の子に見えるというか、女の子にしか見えない」


 間近で接客してくれた店員さんにも気づかれなかったことで、僕は自信が持てた。


「ほら、言ったとおりでしょ。智美は女の子になんだから、さあ、サイズもわかったところで選びましょ。智美は、何色が良いの?」

「ピンクが良いなと思ってたけど、実際見てみると紫もいいなって思えてきた」

「紫は透けるからやめておいた方がいいよ。ほら、制服のブラウスって薄いから」


 下着の色絵れ尾で、透ける心配もしないといけないことを初めて知った。


「智美、初めてなんだからこんなのはどう?」


 お母さんは平凡なスポーツブラを手にしている。


「え~やだ、せっかくだからかわいいのが良い」

「体育の時、困らない?」

「家にいるんだから、体育なんて無いよ」

「そうだったね、ごめん。それじゃ、せめてノンワイヤーにしておきなさい。そっちの方が、食い込まなくて疲れにくいから」

「うん、そうする」


 ノンワイヤーブラの中から選び始めた、お母さんの後姿を見ながら僕は先ほどの花恋とのやり取りを思い出した。


 花恋から透けるないよう注意されたとき、何事もなく聞き流してしまったが、基本家にいる僕に透ける心配は不要だった。

 でも花恋に言われて、無意識のうちに制服を着て学校に通う自分の姿を想像してしまっていた。

 学校なんて行くつもりないのに。


「ほら、これなんてどう?」


 お母さんが選んできたのは、レースのデザインがかわいい水色のブラジャーだった。

 一目見て、気に入った。

 さすがお母さん、息子の好みは分かっているようだった。


「うん、これにする」


 僕が嬉しそうに答えると、お母さんは温かく包み込むような笑顔を浮かべた。

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