第5話 女装ファミリーでお出かけ

 日曜日の朝、澄み切った空に雀の鳴き声が響いている。

 放射冷却で冷たくなった階段を降りるて、リビングに入るとパンのいい匂いが漂っていた。


 キッチンではエプロン姿のお母さんが、朝食のハムエッグを焼いているところだった。


「智、起きたの。おはよ」

「お母さん、おはよ、お父さん、今日は早いね」


 いつもの日曜日なら、仕事で疲れているからと言って朝食をとることもなく9時過ぎぐらいまで寝ているお父さんが、テレビを観ながらコーヒーを飲んでいた。


「今日はいろいろと準備があるからな」


 そう、今日は家族で買い物に行くことになっている。


「智、朝ごはんもうすぐできるから、花恋起こしてきて」


 キッチンの方からお母さんの声が聞こえてくる。僕はソファから立ち上がって2階に向かおうとしたとき、階段を降りてくる音が聞こえてきた。


「おはよ。みんな早いね」


 お父さんが起きていることに驚きながら、花恋はまだ眠そうに目をこすりながら挨拶をした。


「ほら、花恋も起きたなら、朝ごはん食べるわよ。今日はいろいろ忙しいんだから」


 お母さんの声に振り向くと、テーブルに焼き立てのハムエッグを並べていた。

 立ち上るハムの香ばしい匂いに誘われ、僕たちは席に着いた。


 久しぶりの家族4人での朝食。トーストを半熟玉子につけて口に運ぶ。トーストのバターの風味と卵の甘さが口に広がり美味しい。

 1カ月ぶりの外出だが、楽しくなりそうな予感がしてきた。


 美味しい朝食を食べ終えた僕は、着替えるために花恋と一緒に自室へと戻った。

 パジャマ代わりにきている灰色のスウェットを脱いで、今日のために買っておいた黒タイツに足を通し始めた。


「智、最初にかかとを合わせてから、交互に持ち上げていくのよ。力任せに履くと伝染するから優しくね」


 花恋に教えてもらいながらタイツをウェストまで上げたが、何となく違和感がある。


「そして、最後はガニ股屈伸よ」


 お相撲さんの四股のような動作をしながら、花恋が手本を見せてくれた。気品あふれる花恋からは、想像もつかないことを毎朝していたことに愕然とした。


「これって女の子みんなしてるの」


 教えてもらった通りガニ股屈伸して四股を踏みながら、タイツの皺を伸ばしていく。


「たぶん、みんなしてると思うよ。だって、こうしないとどうしても偏りができて違和感が出るんだもん」


 真顔で尋ねる僕に、花恋は窓の外を向きながら頬を赤らめて答えた。


「ほら、タイツ履いたんなら、早くスカートも履きなさい」


 花恋が手渡してきたスカートを履くと、似合っているかどうか気になってしまいすぐに鏡の前へと向かう。


 膝丈のワインレッドのスカートから、黒タイツを履いた足が伸びており、色合いのコーデが素敵だ。

 思わず腰を振ってスカートを揺らしたくなってしまう。

 そんな嬉しそうにしている僕を見て、微笑む花恋が鏡越しに見えた。


 1階のリビングに降りると、すでにお母さんは着替え終わっていた。茶色のノースリーブのワンピースに黒のニットを合わせ、いつも仕事に行く時とは少し違うカジュアルなスタイルだ。

 髪型もいつもなら後ろで一つに結んでいるのに、今日はハーフアップでかわいらしい。


 リビングに入ってきた息子のスカート姿をみて、目を見開いて驚いている。


「智、似合ってるじゃない」

「そうでしょ、智、手足細いから本当の女の子みたいでしょ」

「うん、うん。くびれがないのはちょっと気になるけど、コート着れば分からないもんね」


 お母さんと花恋が横目でチラチラ僕の方を見ながら、会話を弾ませた。

 リビングのドアが開いた音が聞こえ、お父さんの声が聞こえてきた。


「みんな準備できた?」


 お父さんが歩くと、ロング丈のプリーツスカートが優雅に揺れる。薄いラベンダー色のスカートと紺色のニットの組み合わせが統一感があっていい。

 ウェーブがかったセミロングのウィッグをかぶりメイクもしてあるお父さんは、知らなければ男だと分からない。


 花恋と僕は感嘆の声を上げる。


「お父さん、かわいい!」

「花恋、智、この格好でお父さんと呼ぶのはやめてくれ」


 二人の過剰なまでに褒めらて。お父さんは少し照れ気味だ。いつもは威厳のあるお父さんが、照れている姿はかわいい。


「じゃ、お父さんもさとるって呼ぶのやめてよ」

「そうだな、外で呼ぶとき困るから、智だから智美さとみにしよう。お父さんはどうしようかな?」

「じゃ、ママは?それなら、お母さんと区別付くでしょ」


 花恋の提案に僕たちは頷いた。


「ほら、智美の分のウィッグも買っておいたぞ」


 お父さんが僕に中学生らしい黒髪のショートボブのウィッグを手渡してきた。

 早速、ウィッグをつけて鏡で見てみる。

 髪型がかわるとより女の子っぽく見える。告白された数が両手の指では足りない花恋ほどかわいくはないが、それなりかわいい部類だと思う。


「ウィッグ付けると、智、お母さんに似てない?」

「そうね、やっぱり男の子は母親に似るのかな」


 身内ながらいつもきれいだと思っているお母さんに似ていると言われ、僕は嬉しくなった。

 

「さ、そろそろ行こうか?いろいろ買わないといけないし」


 みんなの準備ができたところで、お父さんが声をかけみんな家を出た。

 ちょっと遠くのショッピングモールに行くために、車に乗り込む。

 

 いつもなら運転席に座るお父さんが、今日は助手席に座っている。


「あら、ママ、今日は運転しないの?」

「この格好で何かあったとき、免許証みせるとややこしいことになるからお母さんに頼んだ」


 女性にしか見えないお父さんが、男名義の免許証をみせて驚く警察官の姿を想像するとフフフと笑い声がこぼれた。

 花恋も同じようにクスクス笑っている。


 そんな様子を微笑ましく見たお母さんが、車のエンジンをかけアクセルを踏んだ。

 1カ月ぶりの外出。幸先はよさそうだ。

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