第4話 知ってしまった父の秘密
花恋は僕の体に自分のトップスやスカートを当てながら、嬉しそうな表情を浮かべている。
「智はイエベだから、明るい色が似合うね」
「イエベって?」
「肌の色のことよ。パーソナルカラーって言って、イエベとブルべの二つに分類できて、それぞれに似合う色っていうのがあるのよ。イエベだと、ピンクとかオレンジなどの暖色系で、ブルべだとグレーや紫といった寒色系が似合うの」
得意げな笑みを浮かべいつになく饒舌に教えてくれた花恋は、ウエストゴムだから入りそうとピンクのミニスカートを渡して着替えるように勧めてきた。
花恋の迫力に押された、僕は着ていたお母さんのタイトスカートを脱いで着替えることにした。
花恋のスカートはお母さんより丈が短く、膝上10cmぐらいまでしかない。
初めてのミニスカートに、まるで何も着ていないような錯覚と心もとなさを覚えてしまう。
共布のリボンベルトを結ぼうとしたとき、花恋からストップがかかった。
「智、それ蝶々結びだから。リボン結びしないと変だよ」
「蝶々結びとリボン結び違うの?」
「違うよ。ほら、こうやって輪っかを作ってそこに通すの。そうしたら布が裏返らずにきれいに見えるの」
「ふ~ん、知らなかった」
「智には教えることいっぱいありそうね」
花恋はリボンを結びながら、口角を少しあげ微笑んだ。教えることが嬉しいようだ。
「智は足が細いから、ミニスカート似合うね」
鏡に映る自分の姿を見てみる。確かにお母さんのスカートよりも、こっちの方が似合っている気がする。
学校では「もやしっ子」「棒人間」と馬鹿にされてきた華奢な体格も、女の子になれば武器になることを知った。
「でも、ウエストゴムのスカートだけじゃフォーマル感でないし、智も自分用のスカート欲しいでしょ。今度買いに行こ」
自分用のスカート。欲しくないと言えば嘘になる。毎日、コソコソとお母さんのクローゼットから借りるのも気が引けるし、汚したりシワにならないように気を付けるのも気疲れしてしまう。
「でも、お小遣いないし、それに外に出るなんて……」
引きこもり生活を始めてひと月あまり、一歩も外に出ていない。
「お小遣いのことは任せといて、お父さんたちに私が上手く話すから。それに、学校に行きたくないだけで、別に外に出るのはいいでしょ。遠くなら学校の人たちと会わないし」
女装用のスカートが欲しいなんてどう説明するのか分からないが、自信満々に話す県下有数の進学校でもトップクラスの成績の花恋には秘策があるのだろう。
僕は任せることにした。
外に出るのも電車に乗って遠くのお店に行けば、出会うこともないだろう。そう思うと、久しぶりの外出が楽しみになってきた。
◇ ◇ ◇
4人で囲む夕ご飯のテーブルはお母さんが作った料理が並び、いつも通りの楽しい雰囲気に包まれていた。
蒸し鶏のサラダを一口食べた花恋が、楽しそうにに学校での出来事を話している。
「それで理沙ったら、『3の30乗を7で割った余りを求めよ』って問題が分からないからって、本当に3の30乗を計算して、7で割ったのよ。先生の唖然とした表情が忘れられない」
それを聞いたお父さんも笑みを浮かべながら、小松菜の味噌汁をすすった。
「合同式を使えば簡単なのにな。まあ力技で、難しい問題を乗り越えようとする姿勢は嫌いじゃないがな」
自分の話がウケたことに満足した花恋は、トンカツを口に運ぼうとしていた僕に一瞬目配せをした。
いよいよ本題に切り込むようだ。
「今日ね、生理痛がひどくてね部活休んで早く帰ってきたらね、智がお母さんのスカート履いていたのよ」
「ゲフッ……、ゴッホ、……、ゴッホ」
上手く話すからって言うから任せていたのに、何の捻りもなくそのまま両親に話した花恋に、驚いた僕は思わずむせてしまい咳き込んだ。
「あ~だからか。最近、クローゼットの服の並びが変だと思ったのよね。やっぱり、そういうのも遺伝するのかしら?」
お母さんはいつもと変わらず落ち着いた様子でほうれん草の口に運び、少し挙動不審な気味なお父さんに視線を送った。
「まあ、そうかもな」
顔を赤くしながら答えるお父さんの声は、動揺しているのか震えている。その様子をみて、お母さんはクスクスと笑っている。
「実はね、お父さん、若いころ女装してたのよ」
「えっ!」
「お父さんも!」
リビングに花恋と僕の大声が響き渡る。お父さんは顔を赤くしながら、言葉をつづけた。
「まあな、若いころな。若気の至りってやつだ」
「ちょっと待ってて」
食事中にもかかわらず、お母さんは席を立ってリビングを出て行った。階段を上る足音が聞こえたかと思うと、数分後降りてくる足音が聞こえてきた。
「あったよ。ほら」
お母さんは数枚の写真を僕たちに渡した。
海辺の高台から撮ったと思われるスナップ写真には、青い海と白い灯台をバックに若いころのお母さんともう一人の女性が写っていた。
若い頃のお母さんは、紫のワンピースがとても似合っており綺麗だった。そして、花柄のワンピースを着こなすもう一人の女性も、同じぐらいきれいだった。
写真をよく見てみると、まっすぐな鼻立ち、シャープなあごのラインに見覚えがあり、お父さんと見比べた。
「これって、お父さん?」
「ああ、そうだよ。若いころはそうやって女装して、あっちこっちにお出かけしてたんだ」
「それにしても、お父さん、かわいいね。男に見えない」
写真を穴が開くほど見た花恋が褒めると、お父さんは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「まあ、メイクでどうにでもなるよ」
「最近はしてないの?」
「ああ、花恋が産まれたのを機に辞めた。悪影響があるといけないと思ってな」
「悪影響って、女装が悪いみたいじゃない。私は男の人が、可愛い服着てもいいと思うよ」
女装していることに罪悪感を覚えるお父さんの気持ちはわかる。
カップ焼きそばにマヨネーズをかけるような悪いと思っていても辞められない背徳感を抱きながら、僕も毎日スカートを履いている。
「そうだな。ダイバーシティでジェンダーレスな時代だし、そう決めつけるのもよくないな」
「そうでしょ。お父さん、私たちのこと気にしなくていいから、今も女装したいならしてもいいよ。ねぇ、お母さん良いでしょ?」
「花恋たちがそう思うならいいけど……」
お母さんは横目でお父さんの方を見ている。少し迷った後、お父さんは花恋の提案に乗ることにした。
「そうだな、久しぶり女装してみようかな。今度日曜日、みんなで買い物でも行こうか?智も、自分用のスカート欲しいだろ」
僕の心を見透かしたかのように言われた。お父さんも女装していることを知ると、心強さを覚えた。
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