第2話 引きこもりとなった僕は、女装と出会う

 いつもならお喋りな花恋が生き生きと食事の合間に学校であったことを楽しそうに話し、家族はその陽気な姿に笑顔を浮かべながらご飯を食べる夕ご飯の時間だが、今日は重苦しい空気が漂っていた。


 食卓には生姜焼き、クリームシチュー、ホウレンソウのお浸しと花恋が作ってくれた料理が並んでいる。どれも僕が好きなものばかりだが、重い雰囲気にあまり箸が進んでいない。


 両親が帰宅するとすぐに、花恋が僕が学校でイジメられていることを報告した。

 聞くや否やすぐに感情的に怒りをあらわにするお母さん、冷静さを装いながらも怒りを隠しきれていないお父さん、一生懸命僕を励ましてくれる花恋に囲まれ、僕は黙って少しずつ夕ご飯を口に運んでいる。


「イジメている生徒も悪いけど、先生の対応も悪い!おかしいよ、『生徒同士の悪ふざけ』ってだけで済ませるなんて」


 怒りのあまり顔を真っ赤にしながら怒るお母さんとは対照的に、お父さんは静かにビールを一口飲んだ後淡々と話し始めた。


「まあ、いじめとわかるといろいろ大変なんだろう。校長に報告したり、書類作ったり。まあ、レベルの低い公立のクソ教師らしいといえば、らしいけど。だから、滑り止めでも私立にしておけって言っただろ」


 本番のプレッシャーに弱く中学受験に失敗した僕は、滑り止めに受けた学校しか合格をもらえなかった。

 プライドを打ち砕かれた僕は、滑り止めの中学に進学するよりは高校受験で頑張ろうと、あえて地元の公立中学に進学した。


「父さん、今その話してもしょうがないでしょ。今は智のこと考えてあげないと」

「そうだな」

「私明日午後から休み取れそうだから、学校に行ってくる。智は明日も休みなさい」


 お母さんの言葉に僕は静かに頷いた。


◇ ◇ ◇


 次の日の夕食、食卓のテーブルにはハンバーグ、野菜サラダ、グラタンと昨日と同じように僕の好きなものばかり並んでいる。

 夕ご飯の雰囲気も昨日と同じ、重苦しいものだった。

 午後、学校に行って先生と話してきたお母さんが、口角泡を飛ばしながらその様子を語っている。


「何なのあの先生!何を言っても、『生徒の悪ふざけ』『イジメではない』ばかり繰り返すし、智から話聞いた後もクラスの生徒に聞き取り調査もしてなかったのよ。あり得ない」

「だいたい『イジメではない』ってイジメかどうかを決めるのは被害者だろ。コンプライアンス意識が低いんだよ」


 お父さんは吐き捨てるように言った後、ビールを一気に飲み干した。


「智、学校行きたくなければ行かなくていいぞ」

「うん、そうね。無理していくことないよ」


 お父さんの提案にお母さんが頷いた。


「勉強はどうするの?」

「勉強ぐらいどうにでもなるだろう。自分で勉強して、分からないところはネット動画でもみれば大丈夫だろ」

「私も教えてあげるから、分からないところがあれば聞いてね」


 隣に座っている花恋が、優しく肩を叩いて微笑んだ。イジメられて荒んだ僕の心に、家族の優しさがしみる。


「あ……、あ、ありがとう」

「泣かなくていいよ。智。ほら、ハンバーグ好きでしょ。冷める前に食べよ」


 お母さんに促されてハンバーグを口に運んだ。デミグラスソースのハンバーグはいつもより少し塩辛かった。

 こうして僕の引きこもり生活が始まった。


◇ ◇ ◇


 窓から見える曇天の空は昼間でも薄暗く、風も強いみたいで街路樹が激しく揺れている。

 不登校で引きこもり生活を始めて、ひと月が経とうとしていた。


 引きこもりでも生活のリズムは保つため、学校のある時間は自室の机に座り勉強する。それば僕の自分に課したルールだった。


 教科書を読んで、分からないところを参考書やネット動画などで調べ、それでも分からなければ夜に花恋に聞く。

 花恋は自分の勉強もあるにも関わらず、いつも優しく教えてくれる。

 勉強は遅れるどころかむしろ快適に進んでいて、2年生の範囲をもうすぐ終わりそうになっている。


 このまま不登校で高校進学はどうなるのか不安だったが、不登校でも受け入れてくれる学校はあるし、このまま引きこもりながら通信制に通うという選択肢もあるとお父さんに教えてもらった。


 毎日学校にきて良い子にしてないと、内申点に響いて高校に行けなくなるぞと学校の先生たちは脅していたが、世の中はどうにでもなるようにできているようだ。


 お昼ご飯を食べ終わると午後は数学の勉強をしていた。

 三角形の相似と合同、ちょっと難しい。花恋が帰ってきてから教えてもらうために付箋を貼ったところで一時四十分となり、学校の時間割に合わせて数学の教科書を閉じることにした。

 

 学校と同じように10分間の休憩時間、うすら寒さを覚えた僕は何か羽織るものを探すことにした。


 急に冷え込んできたこともあり、まだ衣替えをしていない部屋のクローゼットにはめぼしい上着がなく、ウォークインクローゼットとして使っている2階の階段横の納戸へと向かい席を立った。


 納戸に入るとコート類が掛けてあるハンガーラックの下に、衣装ケースが積まれてあった。そのうちの一つを開けて、去年着ていたパーカーを探し始めた。


 衣装ケースを開けてみると、ピンクや水色と言った明るい色の服が折り畳まれてあった。

 この衣装ケースには花恋の服しか入っていないようだ。

 別の衣装ケースを開けるため閉じようとした時、一番上に置いてあったピンクのパーカーが目に留まり、思わず衣装ケースから取り出し目の前に掲げてみた。


 曇天の空、引きこもりな僕、暗い状況にピンク色が鮮やかに映えている。

 何気なく袖を通して羽織ってみる。少し窮屈だが入ることは入った。


 ピンクの明るい色の服を身に着けると、暗く退屈な引きこもり生活に華が咲いたような気がした。

 花恋には悪いけど、黙って借りることにして部屋に戻ることにした。

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