第二生 - 5 人を信頼するのはまだ難しいかもしれない


 いまから文献を読み始めるが、身の振り方と行動も同時に考えないといけない。

 とりあえず、父さんの従兄弟のその後について、あとは簡単に、今後父さんは僕がどうするべきだと思っているかについて訊いてみよう。


 もっと気楽に考えたいものだ。


 いままで楽しみだった鑑定が、地獄のイベントのようになってきている。



 貰った資料は「鑑定士入門」「鑑定とは何か」「鑑定についての研究」その他鑑定で取り沙汰される新聞記事がいくつか。


 『鑑定士入門』はざっと読んだがイマイチ内容にピンとくる部分がなかった。

 鑑定の能力を貰った人向けの本だからか、鑑定の能力を持たない人には理解し難い部分が多くあった。


 「鑑定を受けた人間の能力を引き出す」など、鑑定に関係しそうな所は何となく理解できる。しかし、「鑑定中は細心の注意をはらう」や「鑑定を行う際は右足から靴を履く」「鑑定で頭に触れる際は右手から」「移動には革靴をはいてその地に赴く」など、宗教性を感じさせるような奇妙な内容がちらほらと散見された。


 根拠となる出典が見られないのも気になる。能力を得なければ理解できない部分が多くあるようだ。


 この本が入門というのも不可解な点だ。入門ということは、中級者や上級者向けの指南書があることが推測できるが、その差が如何にあるのかは不明のまま。


 記されていることから、鑑定士からすれば能力とは「引き出すもの」であるとわかる。つまり、上級者になれば引き出す能力も異なるものとなるということだろう。

何をは鑑定士次第という事だ。


 父が見たというのも、運悪く奇妙な能力を引き当てた、だけに過ぎないことも考えられる。




 ふと我に返って「この本は参考にならない、ダメだ」と言って、次の本に手をつけた。


「鑑定とは何か……か」

 この本の作者はまた、祖王アルデバランその人であった。


 

 ……アルデバランが何故鑑定にまで精通しているのだろうか。



 武王であるため、能力と言っても戦いに特化したものか、もしくは戦術に長けたもの。また、魔法にも関係したものであるのは間違いないはずだ。

 少なくとも鑑定の能力に関係するとは思えない。




 内容によっては、王の謎に迫らねばならないと、少し息を飲んでしまう。




 本を開いた時、途端、驚嘆が、僕を見透かしたかのように本が脳内に語り出したことに驚いた。



 脳内に直接圧力をかけられるような、鈍痛が頭に走る。



 時間はほんの一瞬。



 その間に数時間、数日間にも及ぶ莫大な記憶データが脳を駆け巡った。



 一秒たりとも記憶は逃すことを許さず、僕を縛り付けるように、記憶は内側へ、内側へと進んで行き、やがては記憶と僕は一体となって定着する。




「この感覚は」




 そう、この感覚は以前感じたことがある。街に魔法を使える人間が来た時だ。

 テレキネシスで浮かしてもらった時のような、テレキネシスが身体に通るような圧力のような感覚。




 本に魔法が仕掛けられていたのだろう。時差性か、あるいは特定の人物を条件に発動するような。


 圧縮した記憶データを直接脳内に送り込むようなもの。酷い吐き気と、混乱を僕に招いた。

 一瞬記憶を飛ばしていた。

 目を開けても、そこは先程と同じ場所。図書館内、鑑定の資料の山の前だった。


「っいたた」


 小声で頭を抑えながら、送られてきた記憶を巡り、整理するように、落ち着かせるように深呼吸をする。



 もう夕焼けが図書館の窓から指していた。



 送られてきた記憶データは、アルデバランが制作したものだった。

 アルデバランは恐らく、僕のような人物に、僕のような状況になるのを見かねて阻止すべく、策を講じていたようだ。


 記憶を整理しよう。



 アルデバランは言った。 



「よもやこのような人物が実在することに驚きを隠せない。余は王アルデバランである。これを見ている、もしくは記憶しているということは鑑定について調べていたということであろう」


 座り心地の良さそうな椅子に腰掛けた、髭を蓄えた老人が語り掛けてくる。衰えを感じさせない、理路整然としたしゃべり方をする男性だ。



「心配する必要は無い。そなたに何かを働きかけ用と言う気は微塵もない。しかし、鑑定がどのように影響を与えるかを齢六歳にして考えついた童がいるとは思えない。そのように作動するよう設定した余であるが、実際に作動するとは到底思っていないのだ」



作動したことにがっかりとするように、憂いているようにこちらを覗くように見る。



「余がお前にしてやれることは、余の研究の末端を授けること。鑑定から受ける影響を先んじて打ち消すように脳を細工すること。そしてそなたに魔法を使えるような細工をすることのみである」


 今おかしな発言をされた気がする。


 鑑定から受ける影響を打ち消すために脳に細工だと。


 これは鑑定が脳に影響を与える儀式だと言っているようなものだぞ。


 それではまるで人体実験をされているようではないか。



 アルデバランは続ける。


「そなたを気付いているだろう。この国に対しての不信感、違和感。ここは余が作り上げた、何としてでも成し遂げようとした楽園である。差別も貧困も戦争も飢餓もすべてを私がすくいだして、残すことができたのがお前たちだ。そなたがどう行動するかは、残りの記憶を辿って考えると良い。この楽園を終わらそうとも、もしくは終焉にむかっていようとも、なにかを為すはそなたしだいである。私はそれを恨むことも、ましてや悔いることもしない」



 最初の話はそれだけのようだった。


 

 脳の中の記憶データが、コンピュータのファイルのように、引き出したい情報のみしか表示しないように、データがそこで途絶えた。



「…………。」



 しばらくボーッとしてしまう。


 僕のような人間にだけ発動する指定型の魔法。

 転生者を炙り出すのではなく、鑑定から逃れようとする人間を探していた。

 王にも隠された何かがこの世界にはあるのか。それが鑑定と関わりがあるのは間違いないだろう。



 おお、神よ。何故この世界に私は送られたのか。冗談めかしく心の中でつい唱えてしまった。


 何が真実で、何が嘘なのか。

 誰が事実を知っていて、誰がこの世界に僕を虚言と隔離の中に封じているのか。

 王も父も、ミエルさんも、鑑定士もこのアルデバランのことも、すべて信じるのはまだ難しい。



 すべての人間を信用して、潔く生きて行くことはら叶いもしないのかもしれない。



 手に掬える範囲だけ、上手いことやっていこう。

 




 そう固く決心した。

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