第35話 ギルド長の依頼(10)



「これがおやつですか?」

先生が掌の上にポツンと乗った小石サイズの茶色の丸い物体を見て尋ねる。


「うん!チョコレートって言うんだけど、とりあえず一口で食べてみて!パクって」


エリーゼの言う通りに僕と先生がその茶色の物体を口に入れる。


「あまい!?」

「うん、おいしいですね!」


僕たちの反応を見て笑顔になるエリーゼ、ランド、レンの三人。


「口に合ってよかった。ドリスは甘いものは苦手だったのか…」


「いや、私のことは気にしなくていい」

ドリスが顔の横で手を振る。


ドリスさんにしては大人な対応をした気がする。


「エリーゼさん、甘くないおやつとかはないんですか?」


「それがね…今日に限ってフェブラルにはチョコレートしかないんだよね。ごめんねドリス、甘いもの苦手って知らなかった」

エリーゼが申し訳なさそうに手を合わせる。


「気にするなって言ってるだろ。いいよ私のことは、十分楽しんでるから」




すると


「ありゃ、甘いの苦手なの!?じゃあこれとかどう?」

話を聞いていた店のおじさんがドリスに赤黒いチョコ?を手渡す。


「なんだこれ?」

手渡されたチョコ?をまじまじと見つめながらドリスが呟く。


「また、変な味の作ったでしょ!」

エリーゼがおじさんに呆れた目を向ける。


「エリーゼちゃん、今回のは大丈夫!いい感じだから!」


「何味のチョコを作ったんですか??」

おじさんに詰め寄るエリーゼ。


「よく聞いてくれた!名付けて『火が吹けるかも!?激辛チョコレート』!!」

 おじさんはエリーゼの不審な目を気にすることもなく、新作チョコの名前を発表した。



「「激辛!?」」


それを聞いてもう一度ドリスが手の中にあるチョコに目をやる。

なんか、目が好きな物(情報とか)を前にしたときの輝きを放ち出したような…




 そういえば、オレンジ探しのときの昼食でドリスさんが食べてたやつ明らかに辛そうだったよな。



エリーゼはため息をついた後、ドリスの顔を覗き込む。

「ドリス、そんなの食べなくていいから。もう返しちゃいな」

ドリスはジーっとチョコを見つめている。



しばらくの沈黙の後——————————————


「いや、これは私が貰おう」


そう言ってエリーゼを手で制するとドリスはチョコを口の中に放り込んだ。

難しそうな表情のまま口に入れたチョコを咀嚼するドリス。


「ドリスさんは噛む派か…」

隣でレンがなにか呟く。


 みんなが見守る中、激辛チョコを飲み込んだドリスはゆっくりと店員のおじさんに向くと

「おやじ…最高だ」

と親指を立ててニヤリと笑った。





———————————————————————


「おつかれ~今日は楽しかったね~」


 一行は一日中フェブラルの休日を楽しんだ後、日暮れと共に宿に戻ってきていた。

それぞれ飲み物の入った木製のカップを手に、宿一階のロビーにあるテーブルを囲み今日一日を振り返っていた。


「今日は色々とありがとうございました」

飲み物を一口飲んだ後、先生が今一度お礼を伝える。


「楽しめたならよかったよ。私たちも人数多い方が楽しいし」


「それにしても、ドリスは味の好みがだいぶ偏っていたんだな」

ランドがドリスに目をやる。


「そんなことはない。私はすこ~し甘いのが苦手で、すこ~し辛いのが好きなだけだ」

ドリスが顔の前で親指と人差し指を狭める。


すこ~し??

甘い匂いであんなにテンション下がってたのに?

オレンジ探しの昼食の時、あんなきつそうな色のパンに笑顔でかぶりついていたのに?



 僕と先生の訝しげな視線に気づいたドリスが「なんだよ文句あんのか」とでも言いたげな顔でこちらを見てくる。


 これ以上絡まれると面倒な上になぜかこちら側が不利になることを、これまでの付き合いで薄々気づいているのですぐに目を逸らす。


「じゃあ今度は辛いの食べにいこっか」

エリーゼの提案に目を輝かせるドリス。


「いいなそれ。また時間が合うときはよろしくな」



 するとタイミングを見計らってレンが「あのー明日予定あるので僕は先に失礼しますね」と手をあげる。


「おう、頑張れよレン」「気を付けてねレン」

ランドとエリーゼが部屋に戻るレンに声をかける。


 立ち上がったレンは僕たちに「今日は楽しかったです!」と笑顔を向けると階段から自室に帰っていった。



「予定?」

レンが階段を上がっていったのを確認したドリスが振り返る。


「ああ、レンは明日初めて一人で依頼を受ける」

ランドがドリスを見て頷く。


「怪我無く終えられるといいんだけど…」

エリーゼが心配そうに言った。


「オレンジ探しで会ったときはお前たちについていってるだけの気弱なやつって感じだったけど、久しぶりでの印象はそんなことなかったぞ。レンなら大丈夫じゃないか」


ドリスが「な、ロイ」と先生に向くと先生も頷く。


「若者の成長は早いですからね。きっと大丈夫ですよ」


「そうかな…だといいんだけど」

先生とドリスの言葉を聞いてランドとエリーゼの表情が少しばかり明るくなった。


「さて、私たちも明日に向けてしっかり休憩するか」

ドリス伸びをしながら立ち上がる。


「それじゃあ、今日はここらで解散ということで」


「ああ、また今度な」


そう言って軽く挨拶を済ませるとランドとエリーゼは部屋へ帰っていった。




——————僕たちの部屋の前で


「気持ちを切り替えて、明日から遺跡調査ですので疲れは残さないように。ではおやすみなさい」

そう言うと先生は負け取った部屋に入っていく。



「ドリスさんおやすみなさい」

「おう」


二人も長く言葉を交わすことなく自分たちの部屋へと戻って眠りについた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る