第32話 ギルド長の依頼(7)



「じゃあ各自、今日はゆっくり休んでください…」


一番階段側に近い部屋の扉を手で押さえながら先生が僕とドリスを見る。

その顔は部屋決めじゃんけん前と比べて、人が変わったのかと疑いたくなるくらいげっそりとしていて暗かった。





ドリスの掛け声とともに始まったじゃんけんはまず僕の一人勝ち。

その後、二人は十回くらいあいこを続けた。

気持ちが入りすぎて顔が紅潮し、目が血走り、息切れを起こし始めたくらいでドリスが勝つ。


決着と同時に膝をついてうなだれる先生と咆哮し先生をボロクソに煽りだすドリス。


「どうしました!?何かありましたか!?」


ドリスの雄たけびを聞いた宿の人間が何事かと階段を駆けあがってくる。


「すいません、何でもないです」

情緒がおかしい二人の代わりに頭を下げる。


「他のお客さんもいますので、大きな声はできるだけ控えてください」


「はい…ほんとにすいません」


忠告だけして階段を下りていくお姉さん。


目つけられないといいんだけど…


 一応忠告は聞いていたドリスは咆哮はやめて静かにガッツポーズをするにとどまり、膝をついていた先生も何とか立ち上がる。


 じゃんけんの目的である部屋の方は三階の手前側から、先生、ドリス、僕の順に決まった。


————といったところで場面は最初に戻る。





「ではまた明日」

とだけ言うと先生は部屋の中に入ってしまった。


「そんなにショックなんですかね。じゃんけんに負けたこと」


「ニッカ、お前はこのじゃんけんのことをまだ分かっていない」

ようやくガッツポーズを止めたドリスが腕を組んでこっちを見上げる。


「ここで話すのもなんだからな。お前の部屋に入れろ」


「ドリスさんの部屋じゃなくてですか?」


「お前、女子の部屋に気安く入れると思うな。ほら早く入るぞ」

僕の部屋なのにドリスが先にドアを開けて中に入る。


 部屋の中は一人部屋にしては広く、僕とドリスの二人で余裕で寝転べそうなベッドに小さな丸テーブルとイス三つが置かれている。


ドリスはそのうちの一つに腰かけると「早く座れ」とテーブルを叩く。


僕が椅子に座ると

「ニッカ、お前は私たちが古くからの付き合いなのは知っているな」

と話し出す。


「はい、でも詳しいことはあまり知らないです」


「私たちは昔一緒に旅をしていたんだ。詳しい話はロイから聞け。私は口止めされているしな」


…口止めされてるって言っていいんですかね。


「へーそんな過去が」


 旅と言えば、この間の依頼人ロウターも昔、旅をしていた時期があったとか言っていたな。


「へーってお前、結構ニッカにも関係あることなんだぞ。まぁいい」

一瞬呆れた目を向けるがすぐに真剣な顔に戻る。


「私たちは旅の中でいろんな街を訪れてその街の宿に泊まった。いろんな部屋があったぞ。何回も泊まりたくなるような部屋から…思い出したくもない部屋まで」


「そうしているうちに私たちは気づいたわけだ。同じ宿でも泊まる部屋によって差がある。そして、質の低い部屋に泊まり続けると流石に疲労がきつい…と。部屋選びの段階で少しでもいい部屋を選ぶ必要があると!」


考えてみれば結構当たり前のことを力強く語るドリス。


僕は機嫌を損ねないよう黙って話を聞き続ける。


「今までは適当に決めていた部屋も決め方を見直す必要があるという意見が出た。そこでじゃんけんで決めようという風になったんだ」


「まぁだいたいそんな感じだ、じゃあな」部屋決めじゃんけんの重要性について熱く語り終えたドリスは席を立ち部屋を出ていった。


「あ、はい、おやすみなさい」とドリスが部屋から出ていくのを見送った後、ベッドに横になってさっきの話を思い返す。


つまり、いい部屋を選べなかったからあんなにショックを受けていたと…?


「っていうか旅か、いいな、いつかは僕も…」


 先生のもとで仕事をし始めてからベネットの外に行く機会が増え、将来旅をするなんてことも面白そうだと思うことがある。


いつか先生に直接言ってみようかな、旅に興味あるって。




そんなことを考えていると眠気がニッカを襲った。

ニッカは眠気に抵抗することなく一日を終えたのだった。




——————————————————————————————




「おう、おやすみ」そう声をかけニッカの部屋を出たドリスは自分の部屋に戻った。


ドリスの部屋はニッカの部屋の内装とほとんど同じである。

ニッカの部屋の壁側に丸テーブル、ロイの部屋側にベッドが配置されている。


 部屋に戻ってきたドリスはテーブル脇の椅子に座って、久しぶりに昔のことを思い出した余韻に浸っていた。


五人でいろんなところに行ったっけな。

あの頃はあの頃で楽しかったな、あんなことがなければ…


 テーブルに肘をつきながら天井を眺めていると隣の部屋から「………旅か、いいな…」とうっすらと声が聞こえてくる。


「結局お前もか…」

ボソッと呟くとドリスはベッドに横になって眠りについたのだった。

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