第25話 初老紳士の探し物(5)



「不治の病…」

僕が呟く。


「ああ、当時の医療では直すことのできないものだった。

彼女の口からそのことを聞いたとき、私は目の前が真っ暗になった。

いままでもこれからも彼女と二人で過ごしていけると信じ切っていたからね」

ロウターが力なく首を振る。


「それで…その後どうしたんですか…」


「ただね、彼女の表情はそこまで暗く絶望しているようには見えなかったんだ。

もう先が短いのが分かっているのにだよ、笑顔で私にこう言ったんだ。

もう一度旅に出ないかって」



「時間が残されていないなら最後は自分の一番好きなことをしたい、それはあなたと旅をすることだって。

やっぱり旅が一番好きだったんだ。

そのときの彼女は好奇心に包まれた今までの旅の途中でも見せた楽しそうな表情をしていた」


「それでもう一度旅に出たんですか?」


「ああ、一年ほどね。二人で旅をしている間、最後に寄った街で彼女は息を引き取った。

私は彼女のお墓と一緒にその街で一生を過ごすと決めたんだ」




「それで、依頼の目的って…」



「あるときね、彼女のお墓の前に行くと真っ白な花が一つ置かれていてね。

誰が置いたかはわからなかったんだけど、それを見て強く思ってしまったんだ」



まだ話がつかめない僕は黙って聞き続ける。


「もう一度だけこの丘からの景色を見たい」

ロウターは持っていた写真と景色を重ね合わせる。


「もしかしたら、この街での思い出がもう彼女はいないという現実を突きつけてくるかもしれない。

それがどうしようもなく怖くて、今までずっと行動できないでいた。

それでも、彼女と見た景色を忘れられなかった。だから意を決してここに帰ってきたんだ」

ロウターが話を続ける。


「意を決したといっても最初はやっぱり怖かったよ。

で、恐る恐る昔住んでた場所の近くを歩いていたら探助屋なんて店を見つけてね。

なんとなくお願いしてみようと思ったんだ。

でもやっぱり不安だから最初の依頼内容は本心とは違うことを言ったんだけどね」

ごめんね、と手を合わせる。


ロウターの話を頭の中でまとめてからなんとなく尋ねてみる。

「あの、探し物が『場所』じゃないなら本当の探し物は見つかりましたか?」


見つかってなかったら大変だ。


「ニッカ君、君だよ。ベネットを案内してもらった上に私の過去の話も聞いてもらった。

そして、ずっと見たかったこの景色を見ることができた。おかげですっかり心が軽くなった。

ニッカ君今日は本当にありがとう」

深く深くお辞儀をするロウター。


「良かったです。僕でも力になれて」


僕自身、なにか特別なことをしたわけじゃない。

ただ依頼主と会話をし街を巡っただけだ。



ドリスさんが言っていたことってこういうことなのかな。


高台に吹く風はベナテラを優しくなで、遠くの山影に半分ほど隠れた夕日が照らすベネットの街はいつまでもそこに在り続けていた。







「なるほどな~

結果的に探していたのは場所じゃなくて、自分の過去を話せる相手だったわけか。

まあ場所はもう知ってるもんな~」

僕の話を一通り聞き終えたドリスが腕を組む。


ロウターのベネット巡りの依頼を終えてから数日後、僕は完璧なアドバイスをくれたドリスの修理屋に訪れていた。



「ロウターさんは住んでいた街に帰って今後はベナテラが咲く時期またこの街を訪れるらしいですよ」


「しかし、いいな絶景巡り。今度連れてってくれよ、ベナテラの花畑」


「まさに絶景でしたよ。あ、でも行くなら次のシーズンですかね。もうすぐ散っちゃうそうです」

「そうなのか…」残念そうな顔でカップのお茶をすする。

一連の説明で口が乾いた僕もカップの中身を一気にあおった。


情報屋なのに意外と知らないんだなぁ…

好みがあったりするのかな。


「それにしてもお手柄だなニッカ。お前ひとりで依頼をこなせたじゃないか。

しかもロイだったら相手が本当のことを話してくれていたかわからないぞ」

お茶を飲み終えたドリスが言う。




「そうですね。今回の依頼はニッカに任せてよかったですよ」


僕とドリス二人しかいないはずの店内に聞き馴染みのある低い声が響きわたる。

声の方へ振り返るとそこには僕に仕事を任せたっきりどこかへ行っていた先生が立っていた。




「おおロイ、珍し…くはないか…最近来る頻度増えてるよな、お前。今日は何の用だ?」

めんどくさそうにドリスが言う。




「ネスから手紙が届きましてニッカに依頼をお願いしている間にフェブラルへ行ってきました。それで…」


横を見るとドリスが心から嫌そうな顔で先生を見ていた。

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