第24話 初老紳士の探し物(4)
時計塔を出た二人はまず街を十字に通る大通りに向かいそこから真っ直ぐ東に向かった。
「じゃあ、丘に着くまで私の昔話でも聞いてもらおうかね」
横を歩くロウターが遠くを見つめる。
「若い頃、私は旅人のようなことをしていてね。
具体的な目的はないが、この大陸中を旅していたんだ。
その旅の最中、私は同じように大陸中を旅をしている女性と出会った」
僕は黙ってロウターの話を聞き続ける。
「彼女は世界中の絶景を求めて旅をしていた。
特に目的もなかった私は彼女の誘いもあって、彼女の次の目的地のとある湖について行ってみることにしたんだ。
今でも思い出せる、一帯の景色を水面に映す透き通った湖、湖の真ん中に映るオレンジ色の夕日、そしてその光景に見とれている彼女の表情を」
「この大陸にはそんな場所もあるんですね、いつか行ってみたいです」
「ああそうするといいよ、そういうのをできるのも若いうちだけだからね」
ロウターが優しく頷いて話を続ける。
「それ以来、私たちは一緒に旅をするようになったんだ、最初は私が一方的についていっていただけかもしれないんだがね。
二人でいろんなところを巡ったよ、とても充実した日々を送っていたんだ」
気が付くとベネットの東の門が目の前に見える。
「街を出たら南方向に進んでいくよ。こっちだね」
ロウターが指をさす。
写真で見た丘はそこまで遠くなく既に視界に入っている。
再び二人は歩き始めるとロウターは話の続き語りだした。
「この街を訪れたのは二人で旅をするようになってからかなり経った後で、
ある時期にだけ咲く白い花を一目見てみようと思ってのことだった。
昔のベネットはここまで大きい街ではなかったんだよ」
ロウターが振り返りながら言う。
緩い坂道に入ってからしばらくたっているが一向に疲れている様子はない。
流石だなぁ。
っていうかベネットってもっと小さかったんだなぁ。
僕も振り返ってベネットを眺める。
「初めて彼女とここに来た時もこんな風に夕日が綺麗だったな~。
二人でね、手を繋いでゆっくりこの丘を登っていったんだ」
ベネットの反対側から丘を登っていった二人はもう頂上付近まで来ていた。
あと数メートルほど進めば頂上だ。
「もうすぐだよ、あの木があるところが頂上さ」
ロウターが指をさす。
流石に少し息が切れてきた。
ハァハァと口で呼吸をしながら最後の一歩を踏み出す。
「すごいっ!きれいですね!」
そこからの景色はまさに絶景だった。
写真の通り、あたり一面に真っ白の花が咲き誇り麓にはベネットの街が見える。
背の高い時計塔はここからでもよく見ることができる。
「だろう」
先に丘の頂上についていたロウターが得意げに言う。
「私が初めて見たときは言葉がでなかった。
色々と絶景と呼ばれるものを見てきたが、ここが私の一番の思い出の場所なんだ」
しばらくの間二人で黙ってその景色を満喫する。
「ベナテラ…」
ロウターが呟く。
「ベナテラ?」
「そう、この一面に咲いている白い花の名前だよ。彼女に教えてもらったんだけどね。
ベネットの由来にもなった花なんだよ」
ロウターが地面に咲くベナテラを優しく撫でる。
「知りませんでした。ずっとベネットに住んでいたのに…」
知らなかったことばかりなんだな、とショックすらおぼえる。
「まあ、この世界自分の知らないことだらけだからね。そんな気にすることないよ」
「ところで話の続きなんだけどね、僕はここで以前から好意を寄せていた彼女にプロポーズしたんだ。
そして私たちは結婚してベネットに住むことにした」
ロウターが照れながら言う。
「!?」
急な話の展開に驚いていると
「おっと話が飛んだかな。質問があればいつでもしていいからね」
それを聞いて僕が手を挙げる。
「じゃあ、質問いいですか?
ここで住むってなったら旅はもうできないんじゃ…」
「ああ、そうだね。私たちはもう十分この世界を楽しんだ。
だから、今後はこの美しい景色のそばで暮らしていこうと決めたんだ、ふたりでね」
「なるほど」
僕が頷く。
「さっき時計塔で見せてもらった写真はロウターさんが撮ったものなんですか?」
再び質問をする。
「ああ、そうだよ。始めて来たときではないけど、そのときも彼女と二人で登って撮ったんだ」
「きれいな写真ですよね、いいな~僕もいつか撮ってみたいな」
「ああ、そうするといい。ところでもう聞きたいことはないかい?」
「はい」
ロウターの問いに頷く。
「じゃあ話を続けようか」
ロウターの表情が暗くなる。
「ここからが依頼を頼みに来た目的に関わることで…
二人でベネットに住み始めてから何年か経ったある日、彼女が不治の病にかかってしまったんだ…」
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