第21話 初老紳士の探し物(1)



「行ってきまーす」

「行ってらっしゃーい。気を付けるのよー」


いつものように、家から大通りへ進み脇の小道に入って先の広場へ抜ける。

抜けた先の広場にある赤いガラス窓が目印の建物。

目の前には、『探し物 見つけます。』の文言と虫眼鏡のイラストが描かれた看板。

さらに先日決まった新しい店名『探助屋モノクル』の文字が書き足されている。


…そういえば虫眼鏡使ってるところ見たことないな。





僕にとっては大冒険だったトマナオレンジ探しから大体二週間ほど経った。

あれ以来、ひたすらベネット内を駆け回って依頼をこなす日々が続いている。


『迷子の子供を探してほしい』とか『家の中で無くした指輪を探してほしい』とか…


そして今日も依頼があればそれをこなすのだ。





「おはようございまーす」

挨拶と共にドアを開け中へ入ると先生が何やら出かける準備をしている。


「おはようございます、ニッカ」

爽やかな挨拶を返してくる先生に僕が尋ねる。

「こんな朝からどこかに出掛ける予定でもあるんですか?」



「ええ、実はフェブラルの冒険者ギルドに呼ばれましてね。

早いうちに出発する予定です」

ギルドから届いたであろう手紙を手に先生が言う。


「じゃあ、この店は?」


「今日と明日は休業という形にしようと思うのですが」

先生がそこまで言ったとき、表のドアがキィと音を立てて開いた。


整った白髪の軽くかきながら初老の男性が顔を覗かせる。

灰色のスーツを着こなし、手には木製の杖と服と同じ色のハットを持っている。


「おや、タイミングが悪かったようだね。

また、都合がつくときに来ようかな」

僕と先生の会話が聞こえていたようだ。

その初老の男性が引き返そうとする。


「依頼内容の確認でしたら今すぐにできますよ」

先生が呼び止めた。


「おや、そうかい。じゃあお言葉に甘えて失礼するよ」


先生に案内された男性は部屋の中央のソファーに腰かける。

先生はその向かい側に座り、すぐに飲み物を用意し終えた僕が先生の隣に座った。



「私ここモノクルのオーナーのロイそして、こちらはニッカ。

今日はなにか探し物の依頼ですか?どんなものでも私たちが探しますよ」


「私はロウターと申します。今日は探し物の依頼でここまで来ました」


「それで探してほしいものとは?」


「『場所』です」


「場所?」


「私昔この町に住んでいたんですよ。

ただ、かなり昔のことで記憶が曖昧でしてね。

お気に入りの場所なんかもあった気がするんですがさっぱりで…」


「整理すると、今回の依頼は昔住んでいたこの町の『記憶を思い出せるどこか』を探してほしいということですか」


「はい、できれば一緒に町を案内していただけると助かります」


それを聞いた先生が何やら考え事を始めた。



しばらくして、考えがまとまったのか先生が横に座っている僕の方へ顔を向ける。


「ニッカ、君一人でこの仕事をやってみませんか?」


「…!?」

突然の提案に一瞬頭が真っ白になる。

「僕、この仕事二週間くらいしかやってませんよ!?なんで…」


「ニッカになら任せられると思ったからです」

そんな真っ直ぐな目で言われても…


「でも…」

確かに僕一人で依頼をこなせれば、今日と明日店を閉める必要はなくなるが…

やっぱりどうしても胸の内では不安が勝ってしまう。


「私は構わないですよ。

オーナーに一人で仕事を任せられるんだから腕は確かってことでしょう」

僕と先生のやり取りを黙って見ていたロウターが口を開いた。



「ほら、こう言ってくださっていることだし」

先生がもう一押ししてくる。


いつまでも先生に頼り切っていてはいけないしな。

よし、僕一人で精一杯頑張ってみるか。



「わかりました。精一杯頑張ります」



「早速、町に出て色々とまわってみますか?」


「いえ、今日は別の予定があるので明日からお願いしてもいいですかな」


「ええ、では明日またこの店にいらしてください」


先生がそう言い終えるとロウターはソファーから立ち上がり表のドアへ向かう。

ドアを開ける前にもう一度軽く頭を下げ店を後にした。







 飲み物のカップなどの後片付けをしているといつの間にか出掛ける準備を再開していた先生が話しかけてきた。


「ニッカ、あまり気負わず頑張ってくださいね。

私はそろそろ出発しますので、では」


それだけ言うと先生は僕の返事を待つことなく、駆け足で店から出ていった。


…では。じゃないんだよ、まったく。


店に一人残った僕も残りの片付けをし終え店を出る。


その場の雰囲気に流されて大変なことになってしまったかもしれない。


僕はため息をつきながらトボトボと家に帰るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る