第20話 喫茶店主の探し物(15)




「こんにちはー」


ゆっくりと赤いガラス窓のついたドアを押し開ける。

キィと音を立てて開いたドアの奥に、大分見慣れてきた空間が視界に広がる。


「ニッカ、こんにちは」


ソファーに座っている先生がこちらを向く。

翌日昼頃、僕は先生の店に来ていた。



「もちろん、食事はとっていないですよね。ちょっと待っていてください、これで最後ですから」

何かの書類にペンで文字を書き込みながら先生が言う。


先生の向かい側に座ると先生が一枚の紙を手渡してきた。

「ニッカがここで働くようになってから、お客さんが増えましたし

もっと依頼を増やすためにもうちの店の名前を決めようかなと思いまして」



「そういえば、名前無いですねこの店。いいアイデアだと思います。候補とかはあるんですか?」



「実は私あまりこういうの得意じゃなくて…

何も思いつかなくて困っているんですよ」

力なく首を振る先生。




そんな先生を見ると先生の右目にかかった片眼鏡が目に入る。

確か……

「モノクル」

 昔、母親に手を引かれ骨董品がいっぱい並んだお店に行ったときに棚に飾られていた片眼鏡。

珍しい形の眼鏡を近くでまじまじと見ていたら母親が教えてくれた。


「モノクル…これの名前ですか。いいですね、それにしましょうか」

先生が右目にかかった眼鏡に触れる。


「え!?そんな簡単に決めちゃっていいんですか」


「まあ、私がいくら悩んでもこれ以上良い名前は思いつきませんからね」



「決定です!探し物で人助け、『探助屋 モノクル』です」


たんきゅうや、得意じゃない理由がなんとなくわかった気がする。





「これでよしっと」


先生から渡された紙に新しい店名を書き込んだ僕はその紙を先生に手渡す。

受け取った紙に記載された内容を確認した先生が頷いて立ち上がる。


「そろそろアルティがお昼休憩に入る時間ですから、お客さんがいない間にトマナオレンジを届けてしまいましょうか」


「そうですね、はやくロールレッシュ食べたいな~」


先生が書類を奥の部屋に置きにいったついでにトマナオレンジの入った籠を持って来た。


「早速出発しましょう」








先生の店を出て、細い道を通り大通りへ出る。

先生は以前行ったことがあるようだったので特に道に迷うこともなくアルティに到着した。


全体的に明るい印象を受ける建物の外見、ドアには『close』の文字が書かれた札が吊るされている。

予想通り、お昼休憩に入っているようだ。


先生がそーっとドアを開ける。


「すみませーん。どなたかいらっしゃいませんか?」

先生の低くてよく通った声が店内に広がる。


店の奥の方からドタドタと小走りで一昨日先生の店に来た男性が姿を現した。

「いらっしゃいませー すみませんただ今…

おお!ロイさんじゃないですか!

それにその手に持っているのはまさか、トマナオレンジですか!?」


思いもよらぬ客に興奮してまくしたてるサディック。


「思いのほか早く手に入ったのでこうして届けに来ました」


「どうぞどうぞ、入ってください」

サディックが僕たちをテーブルまで案内する。


「早速ですがそのオレンジをいただいてもいいですか」


「どうぞ」と先生が籠ごとオレンジを手渡すと

「では少々お待ちください」とサディックは調理場へ消えていった。


「楽しみですね、先生。ちょっとよだれが…」


目を輝かせて調理場を見ている先生の口の端からは少しよだれが垂れている。

本当に食べたくて仕方がなかったんだな~



しばらくすると、

トレーに三つのお皿を乗っけてサディックが調理場から出てきた。


僕たちの向かいに座ったサディックがそれぞれの前にパンの乗ったお皿を置く。


それは、普段使用しているサンオレンジよりも大きいオレンジを使っているからか

見た目から違っており、明らかな高級感を醸し出していた。


パンの間からはみ出た少し赤みがかったオレンジの果肉は一種の宝石のように輝いていた。


「食べてみましょうか」

サディックが言う。


ゴクリと唾をのみ込んだ三人は恐る恐るそのロールレッシュを手に取る。


無言のままそれに一口かぶりつく。

ゆっくりと味を確かめるように咀嚼し続けた。


「おいしすぎる!!!」

「うまい!!!」

「おいしい!!!!」

三人は似たような表情と反応で、そこからは無我夢中で食べ続けた。

気づけば三人ともあっという間に完食していた。


「とにかく、甘くておいしい上にその甘さがくどくない!」


「そうですね、オレンジの皮はさっぱりしていてバランスがちょうどいい。

一つの果物として完成されていますね」




一通り感想を言い合った後、サディックがもう一度僕たちに向き直った。


「どうもありがとうございました。これで、料理人としてまた一歩成長できた気がします」

テーブルに触れそうなくらい深く頭を下げる。


「また依頼があればいつでも店に来てくださいね。探助屋モノクルはいつでも歓迎しますよ」

そう言うと先生は立ち上がった。

「ニッカ、そろそろ帰りましょう。サディックさん、休憩時間にありがとうございました」

先生は軽く会釈する。僕もそれに合わせた。








トマナオレンジのロールレッシュを食べた帰り道。


「ドリスさん、やっぱり甘いのは苦手だから来なかったんですか?」

「ええ、なので帰りに何か買っていってあげましょうか」

先生が指をピンと立てて提案する。

「いいですね!じゃあ、バザーにでも行ってみませんか」

「そうですね、バザーに寄ってからドリスの修理屋に行きましょうか」


雲一つない晴れた日の昼下がり、僕たちは会話を弾ませながら大通りを進んでいった。

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