第11話 喫茶店主の探し物(6)


ベネットの町の境界の前、よしっ!と足を前へ踏み出す。


一歩踏み出しただけなのに視界の端から端まで緑の草原が広がっている。


正面から少し冷たい風が僕にふきつける。


初めて足を踏み入れた空間は僕を歓迎しているのか、はたまた威圧しているのか。

リュックの持ち手をギュッと握り、一歩一歩体重を乗せて歩みを進める。

振り返ると僕の町が手で隠せるほどの大きさになっていた。





「おいニッカ、それお前の荷物か」

前を歩いていたドリスが振り返って僕のリュックを指さした。


「そうですけど。先生も昨日、準備はちゃんとしてきてって言ってましたし。

なんか先生もドリスさんも荷物少なくないですか?」


 よくよく見てみると先生もドリスも僕ほどしっかりと荷物を持ってきていないように見える。



「まあな。なあニッカ、ちょっとその荷物貸してみろ」


 そう言うとドリスは肩から斜めにかかっている小さめのポーチから、片手ほどの大きさの四角い縦長の青っぽい物体を取り出した。


「なんですかそれ」

「まあ見とけ」

 得意げな視線を僕に向けながら、左手に持った物体のてっぺんを右手で軽くポンとたたく。



すると——


鉱石の形を四角く整えたようなその物体の真ん中あたりにうっすらと線が入った。


次の瞬間、その線を境に上下に数センチの隙間が開く。


開いた内側には一回り小さい軸が通っていて青黒く光っているようだ。



「ほら、はやく荷物を渡せ」

ドリスが手を差し出してくる。


言われるがまま、リュックをおろして手渡した。


リュックを受け取ったドリスは左手の物体の隙間にリュックを近づけていく。


リュックが隙間に触れた瞬間、リュックが物体に吸い込まれるようにして消えた。


ドリスがもう一度てっぺんをたたくと物体は最初の形に戻ってしまった。




「ドリスそろそろ説明してあげてください」

なにが起こったのかわからず唖然としていると先生がドリスを促す。


「わかったわかった」先生に手をパタパタして返事をしたドリスは、四角い物体を顔の高さまで上げて僕に見せる。


「これはクリスタルという特別な力が備わったアイテムだ。

この世界には魔法というものが存在する。

簡単なものだと小さな火をおこすみたいなものだな。

ある場所から一瞬で別の場所に移動できてしまうなんてものもあるらしい。

まあ簡単と言っても、私は魔法は使えないがな」



なぜか胸を張っているドリスに僕は質問する。

「そのクリスタルは魔法とどう関係があるんですか?」



「魔法は遥か昔の人間が使っていた。

各国の学者がその時代の書物を調べに調べつくして近年ようやく存在を確認できた、いわば失われた技術だ。

そしてその時代に造られたとされるクリスタルや他の魔道具には魔法の力が込められている。

だからそれらを使えばだれでもその中に込められた魔法が使える。というわけだ」


 完全に説明しきったと思って腕を組んで堂々としているドリスに先生がため息をつく。


「ドリス、あなたの持っているクリスタルが何なのかの説明を忘れていますよ」



ハッとした顔をしたドリスはすぐに説明を続けた。

「あ、そっか忘れてた。

それでこのクリスタルは物を収納する魔法が使える。

だからお前のリュックはこの中にある」

手に持ったクリスタルを振る。



「なるほど。じゃあ先生とドリスさんに荷物もそのクリスタルの中に入っているんですね」


「そういうことだ。あとこれ結構価値高い情報だからな、あんま周りに言うなよ」


 草原を歩いているのは僕たち三人だけで他の人はいないのに声を潜めてドリスが忠告してきた。


でも、内容は結構大きめの声で言ってましたけど……



「そんな貴重なものどうやって手に入れたんですか?」

つい気になったのでついでのつもりで尋ねてみる。僕にとっては些細な質問だった。


「それは教えない!!!」

それだけ言うとドリスはもうクリスタルの話はしないとばかりに、プイとそっぽを向いてしまった。


幼児が拗ねたようだった。



「もうドリス、急に大声を出さないでください」

先生が耳に手を当てて顔をしかめる。


「ニッカ、ドリスは一応情報屋ですのでホイホイと情報を言うのを好まないんですよ」

先生が僕に小声で耳打ちする。


それを聞いて僕はすぐにドリスのもとへ行って謝る。


「ドリスさんごめんなさい」


「いや私も悪かった」


先生が笑顔で僕とドリスの肩にポンと手を置く。

「二人ともまだ先は長いですからね。明るくいきましょう」



「はい!」「うん!」


僕とドリスは元気よく頷いた。

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