第10話 喫茶店主の探し物(5)
「ニッカ~朝よ~」
いつもの母の声で目を覚ます。
カーテンの隙間からオレンジ色の光がこぼれている。
今日は初めてのベネット近郊の仕事というだけで他に変わったことはない。
外から聞こえる心地の良い鳥の鳴き声を聞きながら、いつものように窓を開け着替えをしてリビングに向かった。
「おはようニッカ、朝ごはん食べる?」
キッチンから母が顔をのぞかせる。
「おはよう母さん、うん今日はベネットの外に行くお仕事だからしっかり食べておきたいんだ」
ダイニングテーブルのそばの椅子に腰かけながら母に返事をする。
母は「わかったわ、ちょっとまっててね~」と鼻歌を歌いながらキッチンへ消えていく。
しかし、すぐにまた顔を出す。
「ベネットの外って危ない場所もあるけど大丈夫?準備はしっかりね」
「うん、昨日先生に言われてからしっかり準備したよ。大丈夫大丈夫」
心配させないように笑顔で答えた。
「それならいいんだけど」そう言い母はまたキッチンへ戻ってしまった。
しばらくすると朝食をもった母がキッチンから出てきた。
平らな皿に乗ったトースト、上には目玉焼きが乗っている。
もう片方の手には木のボウルからはみ出すほどのサラダが盛られている。
それらをテーブルに置いた母は「じゃあ食べよっか」と僕の向かいに座る。
自分の前に置かれたトーストをかじりながらふと思いついた疑問を投げかけてみる。
「母さんはベネットの外に出たことあるの?」
突然の質問にかなり驚いているようだ。
軽く目を見開いて口は少し開きっぱなしになっている。
いままでで初めて見るほどポカンとした表情をしていた。
「ま、まあ、昔ちょっとだけね。前にも言ったことあると思うけど、元々ベネットには住んでなかったわけだし。外に出た経験はあるわよ」
動揺しているのか、かなり雑に誤魔化す。
僕には知られたくないことでもあるのだろうか。
まあ誰にでも一つや二つ隠し事はあるか。
深く追求することはせず、そのまま他愛のない話を続けて朝食を終えた。
朝食を食べ終えた僕は自分の部屋に戻り、昨日ドリスの修理屋から帰ってきた後すぐに準備したリュックを背負う。
部屋を出る前にベッドの端にかかっている黒色の帽子をかぶった。
部屋を出た僕は玄関へ向かうと、しゃがんで靴を履いてしっかりと紐を結んだ。
立ち上がって「行ってきます」とキッチンの母へ声をかける。
すると駆け足で玄関まで来た母が「これを持っていって、良かったらみんなで食べて」と風呂敷に包まれたお弁当を手渡してきた。
それを受け取ってリュックに入れると行ってきますとドアを開けた。
「気を付けて行ってくるのよ~」
母の声に手を振って返事をした。
駆け足で集合場所へ向かう。
いつもは先生の店(家でもある)に行ってから仕事が始まるが、今日の行き先は先生のもとで働くようになってから頻繁に会うドリスの構えている修理屋だ。
自分の家から直接行くのは初めてだな、などと考えながら道を進んでいく。
ドリスの修理屋にはもう二人ともついていた。と言っても、一人はここに住んでいるのだが……
「遅いぞ!ニッカ。遅刻ギリギリじゃないか」
ドアを開けるとすぐにそんな呆れ声が飛んできた。
見ると正面カウンター越しに、腕を組んで頬を膨らませているこの店の店主がこっちを軽く睨んでいる。
でもドリスさんここに住んでいるから集合楽じゃないですか……
口に出すと面倒なことが起こりそうなので、心の中でそう呟く。
「でもドリス、あなたはここに住んでいるから集合に遅れることはないでしょう。
それにニッカは遅刻してはいないのだからそこまで言わなくても……」
ドリスの幼稚さに呆れた目をした先生が僕の思考を読み取ったかのように言う。
「うるさい…じゃあ、全員そろったことだし地図で最終確認だけして出発するぞ」
ドリスは話題を逸らすと同時にカウンターにアメリア王国の一部が描かれている地図を広げた。
「ここがベネットだ」
ドリスが海岸近くの小さな丸い印を指さす。印の下には文字で『ベネット』と書いてある。
そこからスーッと指を北方向へ動かした。
「商業団の団長が言っていたのが、おそらくここの森林地帯でここを抜けた先にトマナオレンジの木があるはずだ」
何か質問は?とドリスが僕と先生の顔を交互に見る。
僕は首を横に振る。先生も今の段階では特に聞きたいことはないようだ。
「それじゃあ早いとこトマナオレンジに向けて出発するぞ!」
ドリスが両手をパンッとたたいて言った。
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