第8話 喫茶店主の探し物(3)
ドリスの修理屋を出た僕とロイ先生は二人でベネットの中央の大通りに来ていた。
丁度昼前ということもあり、大通りは人々が行き交い活気にあふれている。
肉屋、魚屋、八百屋などなどが立ち並びあちらこちらから客引きの声が聞こえてくる。
この道を真っ直ぐに行ったところに僕たちの目的地であるバザー会場があるのだ。
「情報集めのついでにお昼ご飯も買っていきましょうか。丁度いい時間ですから」
先生が左右に並ぶ店を眺めながら言う。
「そうですね。ドリスさんの分も買っていきますか?好き嫌いとかあるのかな」
「ええ、この後はドリスの店に戻って得た情報を整理したいので。好き嫌いですが彼女は甘いものが苦手という印象があります。甘味以外を買っていってあげましょうか」
そうして昼食の話をしながら歩いていると先生が前に顔を上げた。
「お、どうやら着いたようです。ここが例の商業一団のバザー会場でしょう。この町ではなかなか見ない商品もありますから楽しみですね。時間があれば見ていきましょうか」
「先生、まずは情報集めですよ」
「わかってます」
バザー会場の広間には様々な色のテントが並び、それぞれがテントの前に木箱を並べて商品をそろえている。
先生の言っていたように、普段はあまり目にすることのない商品もあった。
それらに目を取られていると
「ニッカはな何か欲しいものはありますか?最近は仕事を覚えるために頑張っていますし、気に入ったものがあれば私が買ってあげますよ」
先生が笑顔で話しかけてきた。
会場に入る前は先生にあんなことを言っていたのに、そのやり取りを思い出すと恥ずかしくなる。
恥ずかしさをごまかすようにきょろきょろと周りを見回していると、ふと黒色の帽子が目に留まった。
近寄ってよく見ていると
「おう坊主、それ気に入ったか?ちょっとかぶってみてもいいぞ」
店のおじさんが話しかけてきた。
言われるがまま帽子を手に取り試しにかぶってみる。
「よく似合ってるじゃねーか」「よく似合ってますね」
おじさんと先生の声が重なる。
「それにしますか?ニッカ」
先生が尋ねてくる。
今一度、手にある帽子を目をやるとその色とデザインに妙に気をひかれる。
「じゃあ、いいですか?これ」
持っている帽子を先生に見せる。
「はい。すみません、これいただいてもいいですか?」
「うい、まいどあり!」
「先生これありがとうございます。大事にします!」
「そういえば、店主の方あなた方の商業一団の団長に少し話を聞きたいのですが、居場所を知っていたりしますか?」
「ああ、あの人か。たしか一番奥のテントで書類とにらめっこしているよ」
商人はバザー会場の奥の方を指さす。
「そうですか、ありがとうございます。では、ここらで失礼します」
先生が軽く会釈する。僕もそれに合わせた。
その後商人の指した方向へ歩みを進める。
「ここですかね。すみません、少しお時間よろしいでしょうか?」
団長がいるであろうテントの前で先生が中に声をかける。
「ええ、どうぞ。入ってください」
中からすぐに女性の声で返事があった。
「お邪魔します」と二人で入口の布をくぐって中に入る。
中は思ったより広かった。
中央には机が置かれ上にはいっぱいの書類が積んである。
机の奥に誰かいるようだが書類の山で顔が見えない。
すると、書類の山の横からひょこっと赤髪の丸眼鏡をかけた女性が顔をのぞかせた。
「どうもどうも、いらっしゃい」
声の方を見るとすらりとした女性が机の向こうから歩いてきた。
「こんにちは、急にお邪魔してすみません。この町で探し物屋をしているロイと申します。こちらはニッカ」
「いえ構いませんよ。こんにちは、私はこの商業一団の団長っていう立場になるのかな、ミサって言います。よろしく」
先生と僕は順番にミサと握手をした。
「それで今日はなんの用事でいらしたの?」
「単刀直入に聞きます。トマナオレンジについて何か情報を持っていませんか?
あなた方は広い活動範囲を持つ商人の一団ですから何か知っていたらと思ったわけです」
「トマナオレンジ……知ってるよ」
ミサは顎に手をかけて少し考え込んだ後、にやりと笑ってこちらを見る。
「教えて頂けませんか?」
すかさずロイが言う。
「これは一つ貸しだからね。『いつか私のお願いをなんでも一つ聞く』っていうのを条件で情報を提供してあげてもいい」
ミサが鋭い目つきで先生を見る。
商人が交渉をするときのような雰囲気がある。
先生は返事をするまでに少し時間をとった。
商人からのリスクのある頼み事と情報を天秤にかけているようだ。
「わかりました。何か頼みがあればそのときは言ってください」
「じゃあ、交渉成立だね!はい、握手。あと一応紙にも残しとこっか」
ミサはロイの手を引き無理やり感のある握手をする。
そして机から一枚皮紙を取り出すとペンでスラスラと何かを書き込んでゆく。
しばらくして、「はい」とその紙とペンを先生に渡す。
先生は何をしていたか理解しているようだった、受け取ると自身の名前を書き込みミサにかえす。
「北側……この町を真っ直ぐ北側へ数キロ進んで、森林地帯を抜けた先にトマナオレンジの木を見たことがあると友人に聞いた。情報の正確性は私が保証する。商人は信用が大事だからね。ただ、私が知っているのはここまで」
「ありがとうございます。これでかなり行き先が絞れました。長居をしては迷惑でしょうから我々は失礼しますね」
僕たちは一礼してミサのテントを後にする。
「全然いいよ、書類整理ばかりは退屈だからね。しばらくはこの町にいるからまたおいでよ」
振り返るとミサが笑顔で手を振っていた。
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