第一章
トマナオレンジ編
第6話 喫茶店主の探し物(1)
「ニッカ~朝よ~」
そんな声で僕は目を覚ました。
ベッドから立ち上がり、カーテンを引き窓を開いた。
途端に暖かい日の光が差し心地の良い空気が部屋の中に入ってくる。
僕は軽くストレッチで伸びをした後、服を着替えて自分の部屋を出た。
「母さん、おはよう」
キッチンで作業している母に声をかけた。
「おはようニッカ。今日も先生のところ?」
顔をこちらに向けながら母が言う。
「うん。そうだよ、じゃあ行ってくるね!」
「気を付けていってらっしゃい。迷惑はかけないように、先生によろしくね」
はーい、と返事をしながら小走りで玄関へ向かう。
靴を履き「行ってきまーす」とドアを開けた。
先生のもとで探し物のお手伝いをすることになってから数日、『飼い猫を捜してほしい』とか『妻に合った誕生日の贈り物を一緒に探してほしい』とか何個かの依頼を解決はしたのだが、いまのところ大した力になれている気はしない。
先生曰く僕はいかなる可能性もすぐには捨てない、見つけるまであきらめない、依頼主に寄り添える、これらがこの仕事に向いているところ、らしい。
自分自身あまりピンときてはいないが……くよくよ悩んでいても仕方ないので、自分のできる精一杯をしようと自分に言い聞かせる。
そんなことを考えながら、大通りから細い路地に入り駆け足でその先の広間へ抜けた。広場にいくつかあるうちの赤い窓ガラスのドアが特徴的な建物へ入っていく。
お邪魔しま~す、と中に入ると、小さなソファーに腰かけたすらりとした男がパンを口へ運びながら笑顔で振り向いた。
「おはようございます、ニッカ。朝食はもう食べましたか?ニッカの分もあるので良ければどうぞ」
「おはようございます、先生。まだ何も食べてなくてお腹ペコペコでした。お言葉に甘えていただきます」
先生の反対側のソファーに座り、机の上の紙袋から先生が食べているものと同じものを手に取る。
ただのパンかと思ったが、どうやらパンの間にオレンジのような果物が挟まれていてシロップがかかっているようだ。
「ニッカは『ロールレッシュ』を食べるのは初めてでですか?」
不思議そうにパンを見ていた僕を見て先生がそんなことを訪ねてきた。
「ホットドッグは食べたことあるんですけど、ロールレッシュ?は初めてです」
「おいしいですよ。定期的に食べたくなるんですよね~」
ロールレッシュにかぶりつきながら先生は言う。
それにならって僕も思いっきりかぶりついてみた。
途端に口いっぱいに果物の酸味とシロップの甘さが広がる。
パンのサクサク感も丁度よく合わさって口内でハーモニーを奏でる。
「おいしいですね、これ。どこで買えるんですか?」
「お、ニッカも一目惚れしましたか?このパンは大通り沿いのアルティという名前の喫茶店で買えるんですよ。持ち帰りもできるのが便利なんですよね、あのお店」
「今度、家族に買って帰ってあげようかな」
そんな他愛もない会話をしながら食べ続ける。
二人そろって食べ終わり少しくつろいでいた時、ゆっくりと店のドアが開いた。
入口に目をやるとぽっちゃりとして白い髭を携えた優しい目の男が立っていた。
「いらっしゃい。私ここのオーナーのロイと申します。なにか探し物の依頼ですか?どんなものでも私たちが探しますよ」
「どうも、お邪魔しますね。私、サディックといいます。今日は探してほしいものがあって来ました」
「詳しい話は座ってゆっくりしましょう。ニッカ、飲み物の用意をお願いしますね」
先生はサディックをさっきまで僕が座っていたソファーへ案内し、僕は奥の部屋から飲み物を取ってきてサディックの前に置いた。
「さて、それで探してほしいものというのはなんでしょう?」
先生が尋ねる。
サディックは僕の出した紅茶を一口飲んでからゆっくりとしゃべりだした。
「ロールレッシュっという食べ物は知っていますかね。パンの間に柑橘系の果物を挟んで、そこにシロップをかけたスイーツのようなものなんですが」
「ええ、知っていますよ。この町のものでしたら大通りのアルティのやつがおいしいですよね」
「おお、私の店にいらしたことがありましたか。それでは少し話がしやすい、うちの店では酸味が特徴的なサンオレンジを間に挟んでいるんですがある噂を聞いたことがありましてね」
サディックが一度話を切って間をとる。
「その噂とは何ですか?」
「オレンジの中でも希少性の高く、オレンジにしては赤っぽい果肉が特徴的なトマナオレンジの木がここベネットの近くにひっそりと生えていたというものでね。一口でいいからトマナオレンジで作ったロールレッシュを食べてみたくなったんで今日は参ったわけです。私の探してほしいものはそのトマナオレンジを数個、依頼料としましてはトマナオレンジで作ったロールレッシュでどうですか?」
身を軽く乗り出しながらサディックが言う。
「わかりました。いいでしょう、その条件で依頼を受けましょう。ただし、ベネットの外に出るのといま手元に情報がほとんどないのでかなりの時間を要してしまいますがそれでも良いですか?」
「ああ、構わないよ。では、私は店に戻りますね」
満足気な表情でサディックは頷き、立ち上がるとそのままドアへ歩き店をあとにした。
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