第3話 少女の探し物(3)

 懐中時計の行方を探し始めて半日ほど経っただろうか、日もだいぶ傾いて空が夕焼け色に染まる。花屋を出た一行は、アンが3日前最後に立ち寄ったパン屋に向けて歩みを進めていた。

「手掛かりもなかなか見つかりませんね。大分回ったと思うんですけど。もう誰かがその時計を拾っていてくれて持ち主を探してくれているのかな」

僕が先生に話しかける。アンも不安そうに先生の方を見ていた。

「まだ全部を回ったわけではないですし、ニッカの言ったように誰かが持っている可能性もあります。それに今日見つからなくても、探し物が見つかるまでは何日でも探しますよ」

先生は笑顔で答えた。アンの顔に少し安堵の色が見えた。


 そうして歩いていると

「着きました。あの日、家に帰る前最後に立ち寄ったのがここのパン屋さんです」

アンが前方に見える茶色の建物を指さした。その指した先に目をやったとき、

 ドキッとした。煙突から白色の煙がモクモクと立っていて、窓からは数人の客がパンを選んでいる室内の様子が窺える。見覚えのあるこの建物と風景が比較的新しい記憶と結びついて嫌な感情を起こす。鼓動が速くなっていくのを感じた。ここは昨日僕が不採用を告げられたそのお店だった。昨日の今日で店に行くほどのメンタルは持っていない。途端に足が重くなって横を歩いていた二人と距離が開いていく。

 なにやら僕の様子の変化を感じ取ったロイ先生が「どうしましたか?体調でも悪くなりましたか?ニッカは外で待っていてもいいですよ」と声をかけてくれた。

「いえ、僕個人のことなので大丈夫です。協力すると言いましたし」

高鳴る鼓動を落ち着けるように僕は返事をした。

「わかりました。ただ、無理はしないでください。では、行きましょうか」先生が言った。



 先生がパン屋のドアを開ける。

ドアの上についていた小さいベルの音が鳴り、いらしゃ~い、とパン屋のおかみさんが寄ってきた。

「おすすめはクロワッサンです。ゆっくり選んでってね」

トレーとトングを手渡された先生は「なにか食べたいパンはありますか?遠慮はしなくていいですよ」と僕たちに尋ねた。

たくさん歩いてお腹もすいていた僕たちは各々パンを選んでレジへ向かった。


会計を終え包装されたパンを受け取ったロイ先生は、アンを指しながらおかみさんに

「3日ほど前に、この女の子が一人で来ませんでしたか?その日、大事にしていた懐中時計を無くしてしまった様で今探しているところなんです」

と事情を説明した。



 すると、パン屋の主人らしき男が近づいてきてアンを見て

「君か、あの時計を落としたのは。実はあの日閉店した後、店の掃除をしてたらパンの棚の下に落ちていた時計を見つけてね。持ち主が来るまでは店で預かっておこうと思っていたんだけど、

落とした衝撃か何かで止まってしまっていたから、この町の修理屋に見てもらっているところで今手元にないんだ」

優しそうな声でそう言った。

時計の所在が分かって良かったと安堵の表情をするアン。その顔を見て僕もひとまずほっとした気持ちになった。

すると先生が

「この町の修理屋というとドリスのとこですか?」と男に尋ねた。

「ああそうだ。2日前に持って行ったから、修理は終わっていると思うが店が忙しくて取りに行けそうにないんだ。代わりに頼んでいいかい」

男は店の客の方に目をやった後ロイに向き直って言った。

「それなら構いませんよ。その修理屋は顔見知りですから。ありがとうございます」先生は軽く会釈して店を後にする。ありがとうございました、と深くお辞儀をして先生の後を追うアンについていこうとしたそのとき、「あら、君」とおかみさんに引き留められた。


「ニッカ君よね。お仕事見つかったのね。良かったわ」

「いえ、まだ仕事が決まったわけではないですけど、今は探し物を探す手伝いをしています。力になれているかはわからないですけどね」

苦笑しながら答える。

「なんだかお似合いよ、探し物屋さん。頑張ってね。またいつでもいらっしゃい」手を振りながらおかみさんが言った。

「頑張ります。お邪魔しました」と頭を下げ僕も店を後にする。


店を出ると、先生とアンが待っていた。

「大分顔色が良くなったようですね、ニッカ。二人ともまだ、時間があるならこのまま修理屋に行ってしまおうと思うのですがどうでしょう」

「私はまだ時間あるので行けます。」アンが言う。

僕も「大丈夫です」と答える。

それを聞いて頷いた先生が

「では行きましょうか」と道を指さす。

三人は先生を先頭に歩き始めた。

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