第7話 今度こそ、お前自身が救ってみせろ。

「……別に隠すつもりはなかったけど、他人の過去をべらべらと喋るのはどうかと思うのだが、クソババア」


 草薙さんは黙って、手慣れた手つきで私の冷めたお茶を新しいのに取り替えて、言う。


「いや、許せ。年寄りの悪戯心だよ。お前の可愛い弟子を見ていると、ついいじめたくなってな」

「なるほど。やはりあなたを迎えに行かせたのは間違いだったわけだ」

「そんな事は無いさ。実に有意義だったとも。

 空気の読めぬお前ではあの修羅場は切り抜けられんかっただろうさ」

「性悪婆さんの方がややこしくなると思うのだが」


 ……。


 二人は普通に仲良く話している。いや、仲が悪いのだろうか?

 少なくとも敵対しているようではないけれども……。

 見ていると、鈴白さんがこちらに向き直る。


「いや、すまんな。

 さて何から説明すべきか……まあ、端的に言うと、だ。

 この男、草薙十児は私がスカウトし、部下にしたのだよ。

 ああ、こやつがお前と出会う前の話だ。お前が助けられた時には、すでに私の部下だったのさ」

「不本意だけどな」


 そう、草薙さんは言う。意味がわからない。

 だって、彼はあのオカえもんのいる霊能者の組織と戦う、と言っていた。

 そして鈴白さんは、その組織の……幹部だ。


「だが貴様も納得済みだろう、小僧。

 戦うとは、何も正面からぶつかるだけが戦いではない」

「え……?」


 私の疑問に、鈴白さんは言う。


「獅子身中の虫、という言葉があるだろう。そういうことだよ小娘。

 腐りきった組織を潰すには、中から食い荒らして潰すのず一番よ」

「く、食い荒らす、ですか」

「言葉のあやだ。

 今の霊智協会……いや、日本中の心霊業界は腐りきっておる。

 小娘、貴様はさっき言ったな。人を助けたい、と」

「はい」


 半分はただの勢いだけど。


「それはな、多くの霊能者たち、霊能者を名乗り、騙る者たちが最初に抱いた想いだ。

 無論一部は我欲、自己顕示欲や承認欲求、性欲に金銭欲でこの道を選んだ者たちだが……。

 多くの者はな、自分に力がありそれで人を助けたい。力を得て人を助けたい。

 そう思ったものだよ。

 最初は、な」

「最初は……?」

「だがどんな組織も新しい風が入らねば腐っていくものだよ。

 今や、金と権威の魔力によって霊能者たちの理想も誇りも魂も穢れ果てた。

 そこの小僧が、失脚させられたように、な」


 ……え?


「失脚……させられた?」


 私は草薙さんを見る。彼の表情は変わらない。


 お師匠様は言う。


「そこの婆さんの言う通り、かつて俺は叢雲九丈という名で霊能者をやっていた」

「聞いた事はあります。テレビでも……たしか見ました。十年ほど前に……」

「ああ。だけどある除霊をした時に、俺は罠に嵌められた。

 失敗するように仕組まれたんだ。多くの犠牲者が出た。

 そして俺は霊障で大やけどをし、霊感を喪った。

 霊感を喪った俺は、協会に必要ない、と追放されたんだ」


 そう、草薙さんは淡々と言う。

 いや、それってとても大変な人生だろう。

 天才霊能者・叢雲九丈がテレビから姿を消したのは、確か……15歳ぐらいだった。

 私より幼い時に、そんな人生を……?


「そして最近、私がこいつを見つけた。見つけたのはどこだったかな……。

 そうそう、長野だったか。

 かつて仕事で助けた老夫婦の所で世話になりながら拝み屋をしていたな。

 そこだけではなく、日本各地を転々としていたのだったか」

「ああ。

 八坂、この婆さんの言ってたことは事実だ。

 俺は霊感を失いつつも、それまで霊能者としてやってきていた技術を使ってなんとかやってきていたが……

 そんな時、この婆さんに見つかり、スカウトされたんだ。

 このまま放っておくのか、とね」

「放って……?」


 何の話だろう。 

 しかし私の疑問をよそに、鈴白さんが言う。


「邪魔者は消す。考えるのは自分の利益と都合。

 それは力がある奴も、力の無い詐欺師も変わらぬ。

 己のためなら依頼人も平気で食い物にして食い潰し、捨てる。

 他人の事など何とも思わない増長慢の外道鬼畜ども、それが霊能者というものの正体だ。

 お前も、そこの小僧も、そして私も。

 奴らの被害者というわけだ」


 ……被害者。


 彼女もまた、何かを背負っているのだろうか。


「だからこそ、私はな、八坂奏。

 お前が欲しいのだよ。

 草薙十児が認めたお前を手に入れ、そして東京霊智協会の中で力をつけ、頂点に立つ。

 改革し、食い破り、壊し、そして建て直す。

 そう、改革――それこそが私の目的だ」


 そう鈴白さんは言う。


 その瞳に映るのは……怒り? 憎しみ? ……どちらでもない気がする。

 ただただ純粋でまっすぐな……強い意志を感じる眼差しだった。

 ただ強いだけじゃない……信念すら感じるような強い光を放っていた。

 その強い意志に、私は気圧される。

 それは諦観に流されて生きてきた私には無いものだったから。


 草薙さんも、この瞳に惹かれたのだろうか。


「……」


 私は……迷う。迷ってしまう。

 彼女の言うことが本当なのか、嘘なのか。


 わからない。だけど……だけど……!


「私は……」


 私は言う。草薙さんの顔を見ながら。


「草薙さんのそばにいたいです。 強くなって……困っている人を助けたい」


 そう、はっきりと。


「そうか」


 草薙さんは淡々と言う。


 ……心なしか、その表情は笑っていた気がした。


「だから……八咫姫鈴白さん。このお話、お受けします。よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる。

 鈴白さんは笑ったままで言う。


「いい返事だ。

 困っている人を助けたい、か……先程も言ったが、多くの霊能者がその志を持つが、現実の前に挫折していく。

 貫けるか? 八坂奏。その道を」

「……はい」


 私は大きく答える。

 私は、草薙さんに救われて、生きる希望を与えられた。

 そして、彼の力になりたいと思った。

 だから……私はその道を選ぶ。


「そうか。

 なら……貴様に時間は無いぞ」

「え?」

「救いたいのだろう、あの娘……一之瀬渚を。

 喜べ、と言ってしまうと違うかもしれんが……」


 鈴白さんは、予想しなかったことを言った。


「あの娘の除霊は失敗した。

 登壇で大見栄を切ったあの餓鬼は、奴が水子と呼んで馬鹿にした悪霊を前に、何もできんかったわ」

「……え?」


 イベントで、オカえもんに助けを求めた一之瀬さん。

 彼女は……除霊されなかった?

 だけど部室では、オカえもんはそんなそぶりは微塵も……。


「現在、一ノ瀬渚の案件は保留。

 そこで、私が彼女の案件を引き受ける事にした。

 他人の仕事を奪うのは霊能者のご法度だが、奴としても解決できぬ案件を抱えるだけ負債となるからな、どうとでもなろう。

 ……わかるな、八坂奏。

 

 先程吐いた言葉が嘘でないなら。

 胸に抱いた志が本物なら。

 ――あの日救えなかった友を、今度こそ、お前自身が救ってみせろ。

 霊能者と、なってな」



 その日、私の――最初の目標が決まった。

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