第6話 除霊に失敗し協会を追放された、業界の鼻つまみ者だ
「ふう……」
私は息をつく。
部室棟を出て、しばらく歩いた所で、ようやく一安心できた。
だけど……これからまた大変だ。
一難去ってまた一難、というやつだろう。
ひとまずは……。
「ありがとうございました」
私は頭を下げる。
「礼など要らん」
「いえ、助かりました。本当にキモ……もとい、怖くて」
オカえもんの気持ち悪い笑みを思い出し、身震いしてしまう。
日本語が通じるのに意思疎通出来ない、別の生き物……そんな感じで、とにかくおぞましかった。
「あんなのは無視すれば良いのだ。怯むから調子に乗る。所詮は良く吼えるだけの犬畜生よ」
「は、はぁ……」
すごい毒舌だ。
だけど、気圧されてばかりでは駄目だ。
彼女は、私をスカウトすると言った。
それはしっかりと断らないといけない。そうだ断ろう。
「さあ。車を用意してある、乗れ」
私はその車に乗る。
これから鈴白さんの本拠地に付けていかれるのか。注意しないと。
ちゃんと断って、そして……
「ついたぞ、ここだ」
到着したのは、カフェだった。
入ってしまえば、部室での二の舞だろう。それではだめだ。
ちゃんと、今度こそ断って。
「お客様、注文をどうぞ」
「えっと……うわっ、高!」
「私の奢りだ、好きなのを頼むと言い。私は緑茶を頼む」
「えっと……」
「じゃあこの紅茶とショートケーキを頼む。それでいいな?」
「は、はい……」
そして少しして、ウェイターさんがケーキと紅茶を持ってきてくれた。
……美味しい。
「って、そうじゃなくて!」
めっちゃ流されていた。
なんだろう、オカえもんは話が通じなかったが、この少女はこの少女で強い。各自に相手を自分のペースに嵌めて動かすスゴ味があった。
「なんだ、珈琲のほうがよかったのか。それとも私と同じく日本茶が好みか?」
「いえ、紅茶も好きです……じゃなくて!」
きっぱりと断るつもりだったのにずるずると来てしまった。
ちゃんと、言わないと。
「お誘いは、とてもありがたいと思います。
ですが私には、すでに師事を決めた方がいるので、鈴白さんのお誘いは、受けらられません」
私は頭を下げる。
これでもう大丈夫だ。
鈴白さんだって、わかってくれるはずだ。
「ふむ」
鈴白さんの声に、私は顔を上げる。
鈴白さんは……笑顔だった。
その笑顔が……怖い。背筋に寒気が走る。
「この私の。歴史に名を残した偉大なる霊能者、八咫姫鏡の生まれ代わりである、八咫姫鈴白の直々の誘いを断るというのか。
齢かな、耳が遠くなって聞こえなかった。
もう一度言ってくれるか? 言えるものなら」
……。
怖いいいいいいいい!?
気温が二度ほど一気に下がった気がした。
なんだこの少女、外見は幼いのに滅茶苦茶怖い。
「……え、えっと、はい。すみませんごめんなさい申し訳ありません浮気は無理です」
言ってしまった。
いや違う。言ってやったのだ。
すごく怖いけど。
そんな私に対して、しかし彼女は激昂する事もなく、冷静に言った。
「ふむ。自分には教えてくれる人がいる……だったか」
「はい……」
「それは、草薙十夜という男か」
「……はい。でもなぜそれを……」
「私を誰と思うておる、小娘。
“千里眼”とも異名を取った八咫姫鏡の生まれ変わりだ。
その程度の秘密、霊視でお見通しだよ。
お前とその男が、愚かにも東京霊智協会に戦いを挑もうとしておることも、な」
「……!」
まずい。
み、見事にばれている。
これが伝説の霊能者の、霊視……!
「そ、それは……」
「まあいい」
鈴白さんはため息をつく。
「お前があの男の事を好いているのはわかるが、あの男は止めておくことだな」
「えっ……」
いや別に、助けられたから師事しようと思っているだけで、好きだとかそういうのは無いのだけど。
うん、たぶん無い。
「あの男のかつての名前を教えてやろう。
奴の本当の名は叢雲九丈。
かつて天才少年霊能者と呼ばれ、そして除霊に失敗し協会を追放された、業界の鼻つまみ者だ」
……!
私は息を呑む。何かありそうな人だと思っていたが……それは想像していなかった。
だけど。
私は言う。
「……それでも。あの人は私に色々と教えてくれました。私に優しくしてくれました。……だから、あの人のことを悪く言うことは……ゆ、許せません」
「ふん、気の強い女め。だがそれが何になる。真実とは残酷なものなのだ。
随分と信用しているようだが……。
奴はが今まで十年間どうやって生きてきたか教えてやろうか」
「そ、それは……霊能者として、人助けとか」
私を助けてくれたみたいに。
しかし鈴白さんの言葉は、予想と違っていたものだった。
「霊感が無いのに、か?」
「……え?」
そんなはずはない。
だって彼は、私の視ていたものを、私の視ていた世界を理解してくれた。
「正しくは、霊感を失った、だ。
先程も言っただろう。叢雲九丈は、除霊を失敗した。
その時の霊障で、奴は霊感を失い、霊を視る事が出来なくなったのさ。
そして協会を追放された叢雲九丈は、草薙十夜と名と顔を変え、かつて救った人間たちを頼り……いや、縋りながら生きながらえてきた。
昔取った杵柄とやらで、霊能者の真似事をしながらな。
ああ、霊感が無いのに霊能者のふりをして食っていく。詐欺師でなくて、なんだというのだ」
そう、鈴白さんは笑う。
「霊感を失ったが、霊能力は残っていたらしいがな。
だが、どれだけ霊能力があろうと、霊感が無ければ効率よく力を使えんのは道理。
フロントガラスをペンキで黒く塗りつぶした自動車で運転するようなものだ。
わかるか? 霊感少女よ。
なぜ、叢雲九丈……いや、草薙十夜がお前に近づいたか。
お前には強い霊感がある。
だが、それを有効利用するすべ……霊能力を持たず、知識も無い。
くくく、まるで誰かと鏡写しではないか」
「…………」
それ、は。
「いかに貴様のような愚鈍な小娘でも、もう理解に至るだろう。
霊を視る事以外に能の無い、知識も無い、ただ強がるだけの弱い娘。
失った自分の霊感の代わりに、己の眼とするに非常に都合がよかったのよ。
そのためだけにお前は命を救われた、そのためだけにお前は求められた。
利用されているのだ」
……。
その言葉に。
私は、黙るしかなかった。
「復讐の道具として、目として利用されるのはあまりに不憫、あまりに哀れ。
だから私がお前の面倒を見てやろうというのだ。
それにな、私の直属の弟子となるなら、あのくだらぬ配信者の小僧よりも立場は上となれる。先日の意趣返し、復讐も容易に果たせるぞ。
悪い話ではあるまい」
確かに悪い話じゃ……ないのかもしれない。
だけど……。
「……それでも」
私は言う。
鈴白さんをまっすぐに見ながら。
「草薙さんは、私を助けてくれました」
「下心があってでもか? 利用されるだけだぞ」
……そんなもの。
「……完璧な人間って、いるんでしょうか」
「なに?」
「私は……霊感はある、霊は見える……だけどそれだけで。ずっと一人でした。
一人でいい、独りで平気だとずっと思っていたけど、違った。
彼も、霊感を失ったのなら……きっと大変で、寂しくて、つらかったと……思います。
そんな時に、霊感がある人を見つけたら、近づこうと思うのは普通ではないでしょうか」
私も、ずっと……同じ世界を共有できる人を求めていたから。
だから……わかる。
むしろ、あの人が霊感が無い、霊感を失っていると聞いたとき、安心してしまったのだ。
だってそれは、鈴白さんの言葉が正しいなら……私は、あの人の力に、助けになれるというてことだから。
ただ見えるだけで、何の力もなかった私が、だ。
それは……なんてすてきなことなんだろうって。
「それに私は、復讐とかは……正直、どうだっていいです。
ただあの人の力になりたい。
そして、力をつけて……困ってる人を、助けたいと、今は思います」
私の目の前で、私が何もできなかったばかりに、あんな男に騙されてしまった一之瀬さんを思い出す。
私に、もっと力があれば。
もっと強い意志があれば。
きっとあの時、ああはならなかっただろう。
だから――
「私は、強く……なりたいんです。
あの人の元で。
で、ですので……お話は、お断りします」
私はっきりと断った。
鈴白さんは……身体を震わせていた。
怒らせて……しまっただろうか。
だけど、違った。
「くく……はっはっは!」
彼女は、笑い出した、さも愉快そうに。
「え……?」
「はっはっは! はーっはっはっは!」
鈴白さんはしばらく笑って。
「はぁ……笑った笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだ」
「えっと……」
「いや、すまん。そうか、そうかそうか。
決意は固いようだな、悪くない。
私の部下に相応しい」
「いや、だから……」
これだけ言ってもわかってくれないのだろうか。霊能者ってのは人の話を聞かない連中ばかりか。
そう思ったら……鈴白さんは予想外の言葉を言った。
「なあ、お前もそう思うだろう、草薙十夜」
そう、近くにいるウェイターさんに向かって。
……え?
そして私はそのウェイターさんを見る。
………………。
「く、草薙……さん?」
なんでここにいるのだ。
いや、緊張してて目の前の鈴白さん以外目に入らす気づいてなかった私も私だけど。
「……なんで?」
私は、そう言うことしかできなかった。
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