第5話 一緒に霊能力者の道を究めようじゃないか!

「あなた、八坂奏さんよね? 私たちは心霊同好会なんだけど動画見たよ大変だったよねあなた霊が見えるんだって?すごいよね私たちもそういうの興味あるんだけど部室に来てよ今から!」


 知らない子からものすごい勢いで誘われた私は、放課後に心霊同好会の部室に行くことになった。

 というか、強制連行された。


 ……だけど、強引な流れだけど私はイヤではなかった。

 私をわかってくれる、認めてくれるということなのだから。

 先日も、草薙さんという、私をわかってくれる人が現れた。


 今まで私は中学の時の失敗から、自分を見せず、人と本当にかかわろうとしていなかった。本当は誰よりも繋がりを求めていたくせに、だ。

 だけど私は変わろう。

 前向きに生きるのだ。


 ……なんて、思っていた時期が私にもありました。


「やあ! 久しぶりだね!」


 そう薄っぺらい営業スマイルを張り付かせて私を出迎えたのは、二度と会いたくない霊能者……オカえもんだった。

 なんでこんな所にいるのだろう。


「うげえ」


 思わず変な声が出た。


「ああ、そんなに緊張しないでいいよ。別に取って食おうとしているわけじゃないから」


 オカえもんはそう言って笑う。

 その笑顔はまるで仮面のようで、信用できなかった。


「さて、と。今日は君にお話があって来たんだよ」

「私には無いです。詐欺師と話すことはありません」

「ああ。話というよりも謝罪と提案かなぁ。 

 あの時は本当に悪かったね、ごめんごめん。お詫びに君に憑いている水子は除霊しといたからさ」


 笑顔で言うオカえもん。

 周囲の部員たちも、「よかったね」「さすが」と言って来る。


 なんということだろう、会話が成立していない。


「この間も言いましたが、水子なんていませんから」


 私は言った。


「それは僕が除霊したからだよ!」


 彼はしれっと言って来る。厚顔無恥とはこういうことを言うのだろう。

 勢いに負けてしまいそうになるが、私は言い返す。


「違います。最初から、赤ん坊というのは……」

「ああ、それはもういいから。そんな過ぎた事よりもこれからの事を話そうじゃないか、建設的に」


 オカえもんはそう言った。

 話を聞けよ。


「これからの事……?」

「そう。僕は君にチャンスをあげようと思ってる」

「チャンス……?」

「ああそうさ」


 オカえもんはうなずく。


「あの時は不幸なすれ違いと誤解があってあんなことになったけど、僕たちは同じく霊が見えるもの同士、理解りあえると思うんだ」


 何がすれ違いと誤解だろう。

 こいつはおそらく視えていない。もし視えていたとしても……私の視ているものとは違う。


 同じものが視えているのは……きっとあの人だけだ。


「だからもう一度やりなおそう。君と僕の二人で、一緒に霊能力者の道を究めようじゃないか!」


 もう一度、も何も一度たりとて一緒の道を歩いた事は無いんだけど。


「君に足りないものは知識だ。知識と経験さ。

 それらが無いから、赤ちゃんは霊にならないなんて馬鹿なことを言う。

 だけど無知は罪じゃあない。僕は君の罪を寛大な心で許そう。

 君はまだまだ素人。僕が教えてあげるよ。だから――」


 私は……


「結構です」


 きっぱりと断った。



「……どうしてだい?」


 それでもオカえもんは笑顔を崩さない。態度を変えない。


 ……強い。


 正しい意味ではなく、歪んだ意味で、この人は強い……弱い人間に対して。

 昨日までの私だったら……押し切られていただろう。

 いや、ないか。生理的に無理だし。



「私にはもう、教えてくれる人がいますので」


 そう、私にはもう理解者がいるのだ。この男の出番など無い。あってたまるか。


「……へぇ」


 しかし、オカえもんはにっこり笑う。気持ち悪い。


「その人は誰なのかな?」

「それは」

「ああ、言わなくて良いよ。もうわかったから。そっかそっか、そうかそうか。うんうん、なるほどねぇ~」


 オカえもんは納得いったように何度もうなずいていた。

 そして、


「じゃあさ、こういうのはどうだろう。

 君はその人ときっぱりと別れなさい」


 わけのわからないことを勝手に言い出した。


「……え?」

「その人とは縁を切るんだ。そして、代わりにこの僕の弟子になればいい」

「……なっ」


 私は絶句する。

 何を言っているのかわからない。思考が完全に破綻している。


 人間って、ここまで自己中心になれるものなのだろうか? まるで宇宙人と話している気分である。


「僕が君を教え導いてあげよう。

 そうすれば、君はもっと高みへと登れる。その道こそが正解なんだ。

 君の言う『本当の仲間』だってできる。

 さあ、どうする? 悪い取引ではないはずだよ」


「…………」


 悪い取引でしかない。

 だけど……これはどうしたらいいのだろう。

 この男には何を言っても届かない。

 そもそも最初から、理解しあおうという気が無いのだろう。

 相手を自分の思い通りに操り、従わせることしか考えていない……そんな人だ。


 会話が成り立たない。


 だけど、ここから逃げようにも……難しいと思う。

 満面の笑顔の部員たちが、出入り口の傍にいる。


 逃げられない。


 さて、どうするか……。


 そんなことを思っていると、その出入口が、外から開けられた。

 

「失礼する」


 そう言って入って来たのは、一人の少女だった。


 小学生だろうか。外人の血でも引いているのか、綺麗な金髪に白い肌の少女だった。


 私は思わず目を見張る。

 そしてその少女を見て、オカえもんが絶句した。

 

「な……っ」

「なかなか面白い話をしているじゃないか、小僧」


 その少女は、年寄りのような口調でオカえもんに言う。


「な……なんでここに……」


 オカえもんは狼狽える。他の生徒たちもそうだ。最も生徒たちは、オカえもんとは違い、好奇や憧憬の目で見ている人たちもいた。

 私も……聞いたことはある、知っている。


 この子は……。


「や、八咫姫……鈴白……さま」


 八咫姫鈴白。


 15年前に死んだ有名大者霊能者、八咫姫鏡の生まれ変わり……だったっけ。


 そういう触れ込みの美少女霊能者だ。

 有名人であり、テレビにもよく出ていた。


「うそでしょ!? なんでこんな所に!?」

「本物だ!!」

「きゃー!! 生鈴白様よ!!」

「サイン貰おうぜ!!」


 周囲の生徒達が色めき立つ。だが――


「やかましいわ、餓鬼ども」


 鈴白さんはぴしゃりと言った。その言葉だけで、皆静まり返った。

 自分より年上の高校生ばかりなのに、流石の貫禄だ。

 中身が老女というのは、本当なのかもしれない。


「な……何故あなたがここに」

「何故も何もなかろう。私がここにいるのは簡単な事だ。

 スカウトだよ」

「ス、スカウト?」

「ああ。そこの女、八坂奏といったか。お前、私の元で働かないか? 待遇は保障してやるぞ」


 鈴白さんに突然勧誘された私は、固まってしまった。

 なんだこの流れ。


「な……何を言い出すんだ! 彼女は僕の――」

「黙れ。貴様に発言を許可した覚えはない」

「ぐっ」

「さて、奏とやら。私の下で働くか? それとも、あの男の弟子になるか?」

「え……えと……」


 私は戸惑ってしまう。

 いきなりの事で頭がついていかないけど――

 だけどこれは……好機だ。


「そうですね。前向きに検討したいので、場所を変えてお話させていたただいてよろしてでしょうか」


 この場所から逃げるために、この人の提案にとりあえずは乗っておこう。そう思った。


「ふむ、よかろう。

 話し合いは大切だからな。商談を詰めていくとしようじゃないか。

 女同士。胸襟を開いて、じっくりとな」

「……」


 鈴白さんは笑う。


 ……怖い。

 だけど、オカえもんの気持ち悪さ、おぞましさと比べたら百倍マシだと思う。


「は、はい」


 私は返答する。

 だが、


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 それをオカえもんが制止した。


「勝手なこと言わないで下さいよ。僕との話は終わっていないでしょう?」

「……何?」

「そ、それに彼女も嫌がっている。彼女の才能は僕が見出したんだ。僕が彼女に教えるべきなんですよ」


 嫌がってないし、あんたに見いだされていないし、教わりたい相手は別にいる。

 ……いっそ清々しいまでに、自己中心的な男だった。


「……ほう」


 オカえもんの言葉に、鈴白さんの目が細まる。


「小僧がこの私にそこまでいうか」


 その言葉に怯むが、しかしオカえもんは続けた。


「ええ、言いますとも。彼女は僕の――」

「――ならば、力づくで奪えばいい」


 鈴白さんはオカえもんの言葉を遮る。


「なっ……」

「霊能力者同士の勝負、どちらが正しいか白黒つけようではないか」

「な……何を言っているんですか。

 ぼ、僕があなたに勝てるわけが……そ、そうだ! これは会長のお声がかりなんですよ、あの会議で会長直々に、失態を償って期待に応えろと、確かに言われました! 会長の御意思を――」

「ほう、奇遇だな。私もその会議で、彼女を手に入れる許可を会長殿にもらっていてな。

 ダブルブッキング、という奴か。ああ困ったな。

 どちらも会長殿直々の言葉か……あの若造も耄碌したか? 直接聞いてみるとしようか。なあ、小僧?」


 その鈴白さんの言葉に、オカえもんは蒼白になり、金魚のように口をぱくぱくとさせる。


「……ふん」


 その姿を見て、鈴白さんは笑う。


「思い上がるなよ小僧。

 協会での地位や権力も、霊能者としての格も、全てが私に遠く及ばん。

 貴様は所詮、弱いものに対して虎の威を借りて威張り散らすだけの汚い狐にすぎんのだ。吼えるなら相手をよく見る事だ。

 今回は許す。

 次からは、よく考えてから行動するんだな」


 そう言って鈴白さんは、踵を返す。


「さて、行くぞ小娘」

「え……は、はい」


 私は戸惑いながらも、その後についていく。


 オカえもんは……追ってくることはなかった。

 ただ、屈辱と怒りに染まった顔で、私達を睨んでいた。

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