第4話 丁度、新しいオモチャを探していたところでな
「関東スピフェスタは大盛況でしたなあ」
高層ビルの一室に集う人間たちが笑う。
「いやいや、これも全て会長のおかげですよ」
一人が言えば、皆が追従する。
「まったくですな」
彼らは、この国の裏社会を牛耳る組織――のひとつ――の幹部たちであった。
表向きの顔は不動産業・建築業などの経営会社から、スポーツ選手、芸能人、宗教関係まで幅広い。
彼らの共通点――それは、「心霊を知るもの」であることだ。
全員が霊能者――というわけではない。真の霊能者など、世間の人間が思っているよりも少ない。
だが、彼らは霊の世界を「識っている」。
霊と呼ばれるものが在る事、それが生きている者たちに影響を及ぼす事、そして――その力を使う者たちがいる事を、識っている。
そしてそれを利用して私腹を肥やして来た。
彼らの名は――
『東京霊智協会』。
霊能者たちの組織である。
「さて、成功ではありましたが……課題もありますな」
「ああ、西からの引き抜きとか」
「懐疑主義者、否定論者たちの行動にも目を光らせなければなりませんな」
「ああいうのは困りますな」
口々に言い合う幹部たち。
「そして――」
モニターに映し出される、とある動画。
心霊YouTuber、オカえもんの動画だ。
そのコメント欄は、議論――というより、罵倒と中傷に満ちていた。
「炎上、しているな」
中心に座する男が言う。
彼は東京霊智協会の会長、枢天城。
日本最強と目される霊能者の一人である。
「はい」
傍らにいる女性が言った。
「見事に炎上しています。フォローに回っていますが沈静は難しいかと」
「愚民は煽りやすいが、それ故にこうなると厄介ですな」
「全くです」
男たちが笑う。その笑いあう男たちの中で、一人だけ青ざめている男がいた。
オカえもん――岡島武だ。
「それで、何があった。説明しろ、友よ」
枢が冷たく言う。
「は……はい」
岡島は震える声で答えた。
「はい……あの……今回のイベントで……ちょっとトラブルがありまして……」
「トラブル?」
「はい……あの……僕が……その……っ」
岡島はしどろもどろになる。それを周囲の男たちは侮蔑の目で見ていた。
「霊歌、説明しろ」
「はい」
枢は傍らにいる、秘書の女性に命令した。
「オカえもん様は、フェスタで心霊YouTuber達のトークショーにて、人生相談・除霊請負を行っていました。他の出展者も行いっている業務ですね」
「ふむ」
「その中で、一人の少女がオカえもん様に相談をしました。
内容はごくありきたりな、なんでもない「私は憑かれているかもしれない、助けて欲しい」というものです。
オカえもん様はいつも通り、それは霊の仕業だと除霊の仕事に繋げようとしましたが――」
「が?」
「生来の好色……少女趣味が出たようで、その女子高校生に対して、夜に儀式を行おうと誘いをかけました」
「そ、それは……!」
岡島が慌てる。
「それ自体は――よくあることであり、特に問題ではないのですが」
霊歌がいう。
霊能者が依頼人に手を出すことは、この業界ではありふれた事だ。いちいちあげつらうようなことではない。
だが――
「ですが、その時、一人の少女が声を上げました」
「少女?」
「はい。トークショーの質問者の一人だそうです。
彼女はオカえもん様の言動に真っ向から反論し、言ったそうです。
水子は憑いていない、赤ちゃんは化け物ではない――と」
「ほう」
その言葉に、枢は愉快そうに笑う。
「激高したオカえもん様は、こう御高説なされました。
子供は天使とか頭の緩い事を言うのか、子供ほど残酷な者はいない、子供が天使なら虫や小動物を遊びで殺さないし、いじめもおきない。躾ないと、子供は動物と同じだ――と」
なるほど事実ですね、と霊歌は付け加える。
周囲の男たちも賛同した。
岡島の意見に賛同したうえで――
「愚かな事を」
「何を言っているのだ、この男は」
「流石は三流芸人だ」
そう、笑って侮蔑した。
「主婦たちも重要な顧客だというのに、正気かね」
「正論ほど、人を傷つける事はないというのに」
男たちの声に、霊歌は続ける。
「そして少女たちを恫喝し、オカえもん様は見事、口をはさんできた少女を論破。
依頼人の少女も、オカえもん様に依頼をすることを決意。
そして、一連の動画をオカえもん様は配信なされたのです。
論破された少女は、堕胎を繰り返し水子が憑いているとオカえもん様からのお墨付きをいただきました。めでたしめでたし――ということです」
「素晴らしい、感動した」
「いい話ではないか」
男たちが拍手する。
全く心のこもっていない喝采だった。
「……」
岡島は震える。汗がぽたぽたと足元に落ち、まるで失禁したかのような水溜まりを作っている。
「その動画が公開されると、多大な反響がございました。
皆様が仰ったように、主婦層や女性たちの反発が増大。また、勇気を出した少女をプロの霊能者が一方的に虐めている構図で不快だ――等のコメントが殺到しています」
「当然でしょうな」
「はい。
しかし、これは単なるきっかけにしか過ぎません。
この騒動はSNSで拡散され、ネットニュースでも取り上げられ、多くの人間が目にすることになります。
今はまだ小さな波紋かもしれませんが、いずれ大きなうねりとなっていくことでしょう」
「ふむ」
枢は考え込む。
「かっ……会長! これは、その……あのガキが!」
岡島が叫ぶ。
「黙れ」
「はいっ」
岡島は脂汗を垂らしながら、背筋を伸ばす。
「下手を打ったな。下らん。
……お前たちだったらどう対応した?」
枢は、集まっている男たちに問う。
「そうですな。否定から入るのがいけません」
「我々は相手から情報を引き出し、場を支配して操るものだ」
「赤子の霊がついていないと言われたら、それを否定せず、その子の主張を引き出したうえで自分のペースに持っていかねば」
「論破しようとしてくる敵こそ、最大の走狗になり得るのですからな」
男たちは口々に言う。岡島は反論など出来ない。たとえ反論できたとしても――だ。
彼らが黒と言えば、白だろうが赤だろうが黒となる。
それが彼らの世界なのだから。
(く……クソ……っ)
岡島は歯噛みする。
自分がやってしまったことは取り返しがつかない。もう引き返せない。
「まあ良い。
過ぎたことを悔いても仕方がない。これからの事を考えようじゃないか、友よ」
枢の言葉に皆同意を示す。
だが岡島の顔色は蒼を通り越して土気色になっていた。
「あ……ああ……」
もはや岡島は言葉すら発せない。失禁していないのが奇跡だろう。
「そう恐れるな、友よ」
枢が立ち、笑う。
その柔和な笑顔が何より恐ろしい。
「言っただろう、これからだと。友よ、君はどうする。
何を持ってこの失態を拭い、私に、組織に利益をもたらしてくれる?」
「そ……それは……っ」
「私は君を信じているよ、友よ。この程度の事で折れるような男ではないと」
枢は優しく語りかける。
「そうでなければ、私は早々に君を切り棄てねばならなくなる。
それはつらい。だって、君の代わりはたくさんいるのだから――」
「ひっ……」
岡島の口から悲鳴が漏れる。彼の顔は恐怖で歪んでいた。
「だが、安心して欲しい。私は信じている。
君はこの程度で終わってしまう器ではないと」
「は……はひ……」
岡島は震える声で答える。
「さあ、見せてくれ、私の期待に応えてくれ。
そして証明してくれ、私が信じるに足る男であることを――」
枢は手を差し伸べる。
その手が、岡島の顔をそっと掴んだ。
そして――
「ぐ、ぎゃああああああああ!!!!」
岡島が絶叫する。
枢の手から、指から、影が岡島へと伸びていく。
その黒い触手は岡島を侵食していく。
それはただ岡島が恐怖によって見ている幻覚か、それとも――。
いや、どちらであろうとそれに差異は無い。
今、岡島は確かに、枢の視えざる何かによって、苦しめられているのだ。
それだけが、その結果だけが全てである。
「ああああああ!! 痛いぃいいいいいい!!!」
岡島が悶える。
「友よ、お前に猶予をやろう。三か月だ。
それまでに、私に利益をもたらしてくれ。わかるな?」
「は……はい……っ」
岡島は泣きながら答えた。
「よろしい」
枢は笑う。
「ならぱ行きたまえ、友よ。猶予はないぞ?」
「はい……っ」
岡島は逃げるようにして部屋を出て行った。
「……さて、どうなるでしょうか」
霊歌が言う。
「どうなろうと構わないさ。代わりなど、いくらでもいる。
それより霊歌。その少女の名前、わかるか」
「はい。八坂奏。天ヶ崎高校の一年生です。
どうなされますか?」
逆らったから処すのか、と霊歌は言外に問うた。だが枢はかぶりをふる。
「面白いではないか。
まがりなりにもプロの霊能者にして有名配信者に、公衆の面前で反論する。
これが売名目的か、それとも恐れ知らずの懐疑派、否定派か……」
「では、私が確かめてこようか」
枢の言葉に、一人の少女が声をあげた。
「……八咫姫様」
霊歌がその人物の名を呼ぶ。
まだ幼い少女だった。小学生くらいだろうか。
八咫姫鈴白。東京霊智協会の幹部の一人だ。
「……貴女が直々にですか」
「ああ」
鈴白は首肯する。
どう見ても年上である霊歌に対して、まるで年下を相手にするような態度でいた。
そして――それを咎める者は、ここに誰もいなかった。
皆、彼女より年上だと言うのに。
「丁度、新しいオモチャを探していたところでな」
「ふむ」
「それに――」
少女は微笑む。その笑みは、妖艶でありながら無邪気さを秘めていた。
「面白そうな予感がする。とても楽しいことになりそうじゃないか」
「それはそれは……興味が湧きましたか、八咫姫刀自」
「ああ、会長殿。私に任せてくれ。
それと刀自はやめて欲しいものだな、今世の私はまだ11歳の少女だ。
会長殿も、私に小僧や少年、坊主などと呼ばれたくあるまい」
老獪に笑う鈴姫。
その言葉に、周囲にも笑いが起きる。
「確かに、この齢でそれは面はゆい。以後注意しよう。
さて、ならば君に任せよう。存分に楽しんで来るがいい」
「ありがとうございます、会長殿」
鈴白は優雅に礼をした。その所作にはどこか、猫を思わせるようなしなやかな美しさがあった。
そして、その瞳には――隠しようのない、爛爛とした不敵な輝きがあった。
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