第2話 ママ、なんで殺したの、次は殺さないでねって。

 会場に着くと、既に人がたくさんいた。

 立ち見席まであるので、かなりの人気イベントなんだなあと実感する。


 私は入り口でチケットを渡し中に入る。そして人ごみの中へと入っていった。


「あ、奏! こっちこっち!」


 入口の近くの席で私を呼ぶ声がする。そこには友人たちがいた。


「ごめん、お待たせ」


 友人たちの元へ行くと、彼女らは嬉しそうに迎えてくれる。


「大丈夫、そんなに待ってないから」

「ありがとう……」


 そしてしばらくするとブザーが鳴り響き、会場の照明が落とされる。ステージにスポットライトが当たり、司会の女性が現れる。


『みなさーん! お・ひ・さ・し・ぶ・りーっ! 霊能者・占い師・スピリチュアルセラピストの皆さん、そしてオカルト作家さんでお馴染みの大先生の皆様方ッ!! おまたせしました! 関東スピリチュアルフェスタ開幕です!』


 司会の女性の言葉に、会場から歓声が上がる。


 そんな喧騒の中、トークショーが始まった。

 最初は有名どころの心霊動画投稿者が集まって、それぞれの心霊体験を話していく。

 中には、本当にあった怖い話のような内容もあって、背筋がぞくりとする場面もあった。

 でも、私にはわかる。


 これは全て作り物の世界だということを。


「…………」


 そう考えると何だか虚しくなってきてしまう。


(ここにも、本物はいないのか)


 思えば田舎でもそうだった。

 本物を名乗る霊能者、拝み屋は何人もいた。


 だけど……。皆、偽物ばかりだった。

 私の視える世界をわかってくれる人は、いなかった。彼らに対して反論したら、私が嘘つき呼ばわりされた。

 そんなのばかりだったのだ。


 私は、溜め息をつく。


 そんな中も、心霊YouTuber達のトークは続いていった。


『さーて、では心霊相談のコーナーにいきましょー』


 司会役の人が言うと、会場から拍手が巻き起こる。


『はいはーい、それでは早速始めましょうか。相談者はこちらの方でーす』


 司会者の人に連れられて、一人の女性がステージに登場する。

 彼女の相談に、壇上の心霊YouTuberたちは受け答えをしていく。

 そして相談者はその言葉に感動し、喜び、あるいは涙を流していく。

 それが、私にとって……とてもうすら寒いものに感じてしまう。


 茶番だ。


『いやー、オカえもんさん絶好調ですね~!』


 司会の人が言う。

 オカえもんこと岡島武。心霊動画の再生数は100万を超える大御所だそうだ。

 霊能力もあるという触れ込みだった。


『いやぁ、こんな機会は滅多に無いからねぇ』


 彼は照れた様子で頭を掻く。


『いやいや、凄いですよ! 私なんか、全然霊視できないのに! 流石はプロというか!』

『いやいや、私なんてまだまだだよぉ』

『またまたご謙遜を! では次の相談に行きたいと思いまーす』


 その後も次々と相談者が呼ばれ、様々な悩みを解決していった。

 私は、それを他人事のように見ていた。


『はいはい~! ではこちらのお悩みの方どうぞー!』


 スタッフが人混みの中から一人の少女を連れてきた。


(彼女は……)


 長い黒髪。整った顔立ち

 それは、私が知る人物だった。


 私と同じ学校の制服を着た女子生徒だ。

 名前は……確か、


「あれ、一之瀬さんじゃない」

「本当だ、渚さんだ」


 私の友人が口々に言う。


(一之瀬渚……か)


 彼女とは交流が特にあるわけじゃないけど、覚えている。

 放課後の教室でこっくりさんだか何だかをしていたのを見た。

 ……そして、黒いものが彼女に憑いているのも、見た。


 まあ、私には関係ないけど。

 彼女は俯いたまま、震えた声で相談する。


『あ、あの……最近、変なものが見えるんです……』

『へぇーどんな風に?』

『そ、その……人の形をした小さな黒い影が……私のそばにずっといるんです……! 怖くて……夜も眠れなくて……!』


 その告白に、会場がざわつく。

 いや……盛り上がる。


『ふぅん……なるほどねぇ……』


 オカえもんは顎に手を当て、じっと彼女を見つめている。


 なんだろう。

 私はその視線が、とても嫌なものに見えた。

 

『その……それで……おまじないとか教えてもらえたらと思って……!』


 彼女が言い終えると、オカえもんはにやりと笑いながら言う。


『よしわかった! 僕に任せてくれ!』

『ほ、本当ですか!』

『ああ! このオカルトの専門家であるこの僕が、君の悩みを解消しよう!』


 そう言うと、オカえもんは立ち上がり、一之瀬さんの傍に行った。


『えっ……あの』

『しっ、黙って』


 困惑している彼女をよそに、オカえもんは彼女の身体に触る。


『んー、うんうん、なるほどなるほど』


 服の上から、全身を撫でまわすように触る。


『ちょっ……何を!』

『大丈夫大丈夫、任せておいて』

『い、いやでも……ちょっと!』


 抵抗する一之瀬さんを無視して、彼は手を動かす。

 そして、何かを探っているかのように、腰のあたりをまさぐっている。


『あ……あの……そこは……ダメっ』


 顔を真っ赤にする一之瀬さん。

 その様子を見て、会場にいる観客達はニヤニヤとしている。


『おおっと! これはセクハラではないのかー!?』

『違いますよー。

 この子は小さな黒い影って言いましたよね。水子かと思ったんです。

 水子はですね、女性の子宮あたりによく憑くからこうして調べないと』

『おっ、なーるほど。

 確かに言われてみればそうかもしれませんね。ではそのまま続けてください』

『はいはい。一之瀬さん、我慢してねー、もうすぐ見終わるから』

『……っ』


 それから数分後、『ふむ』とオカえもんは手を離した。


『えっと……終わりました?』

『はい、やはり水子でしたねー』


 一之瀬さんはごくりと唾を飲み込んだ。


『あの……それってどういう意味なんですか?』

『簡単に言うと生まれる前に亡くなった赤ちゃんの霊のことだよ。

 多分、この子は昔、中絶された経験があるんじゃないかな。

 それで、君の家にもどってきたんだよ。だから、君に危害を加えようとしていたわけさ』


 オカえもんの言葉を聞き、彼女は顔を青ざめさせた。


『う……嘘ですよね。だって、そんな、どうして……』


『残念だけど、こういう霊は一度ターゲットを決めたらずっと付きまとうものなんだよ。

 だけど、このまま放っておいたら大変なことになる。

 もし仮に、この霊を祓わなかった場合、君はいずれ命を落とすかもしれない。

 強い未練を残して亡くなった人は、いつまでも彷徨っているものなんだよ。

 特に、赤ん坊の場合は、生まれる事が出来なかったという強い未練が残る。絶望、憎悪といってもいい。

 それは母親をとても憎むんだ。

 何故産んでくれなかった、と。

 心当たり、ある?』

『そ、そんな……な、ないです』

『そうかい?

 だけど君に心当たりがなくても、水子にとってそんなことはどうだっていい。

 生まれる事が出来た生者への羨望、嫉妬、憎悪。それが君に向いている、君に憑りついているんだ。

 生まれたい。生きたい。

 そして君の体を乗っ取ろうとしている。そうすれば、自分を産んでもらえると思っているのかもしれない。

 ……いずれにせよ、危険な状態に変わりはないよ。

 ただひたすら生きている人間を、女性を、母を、そして自分以外の編まれることができた子を妬み、憎み、祟る化け物だ。

 この霊は、非常に厄介だ。

 並の人間には手に負えない。だけど、僕ならなんとかできると思うよ。僕に任せてくれないか?』


 オカえもんは優しく微笑む。一之瀬さんはしばらく考え込むと、意を決したように顔を上げた。


『はい、お願いします! お金なら払いますから、どうか助けてください!』


 ……違う。


 私はそう思った。

 このままじゃいけない。なぜかはわからないけど……このままでは、取りり返しがつかなくなる。

 直感的にそう感じた。


『だけどなにしろ強力な悪霊だからねぇ……これは正直、僕も危険かもしれない。

 だけど助けを求めている女の子を助けないわけにはいかないね。

 この霊だと……相場で五十万はいただくけど……でも特別だ。

 十万円でいいよ』

『じゅっ……!?』


 その額に一之瀬さんが驚く。


『あはははは! オカえもんさん太っ腹ですねー!』


 司会者が茶化すように言う。


『まぁねぇ、困ったときはお互い様だし』

『でも、そんな大金……』

『大丈夫、ある時払いでいいからさ。

 ただ、凶悪な水子だからここでぱぱぱっと除霊は難しい。

 だから後日ゆっくりと、ね……』

『わ……わかりました。 よろしくお願い……』


 私は思わず席から立ち上がる。そして叫んだ。


「待って下さい! 」


 その声に会場がまり返る。

 私へと視線が集まる。


 ……や、やってしまった。


「あの……」

『何だい? まだ君の番じゃないんだけどなぁ?』


 オカえもんが私の方を見る。

 私はびくりと身体を震わせた。


 恐怖でも、気圧されてでもない。


 気持ち悪い。

 どうにもこの男は気持ち悪いと私は思う。生理的に無理だ。


「あなたは、何をしようとしているんですか?」

『……何って? 除霊だよ。見ればわかるだろ?』


 彼は不思議そうに答える。

 それが余計に気持ち悪さを加速させるのだ。


 私はイラつきながらも、言葉を続ける。


『除霊ですか。


 私の言葉に、オカえもんだけでなく、その場にいる全員が驚きの表情を見せた。

 司会の人が慌てる。


『いやいや、何言ってるの? えーと、ごめんなさいね、順番守ってもらわないと困るよ君?』


「失礼。すぐ終わりますから」


 私は何を言っているんだろう。


 するとオカえもんが口を開く。


『いやいやいやいや、ちょっとちょっとちょっとちょっと! お嬢ちゃん、あんた一体何を言っているんだい?』


 彼はずいっと顔を近づけてくる。

 気持ち悪さを私は飲み込んで耐える。


「苦しんでいるのは本当だと思います。だけど……違うんです。だって……」


 私は言った。


「赤ん坊は、化け物なんかじゃありませんから」


『……は?』


 オカえもんは呆気にとられた様子で私を見つめていた。


『何言ってんの? ずっと大昔から言われ続けてるでしょ。

『赤ん坊の霊が憑いている』って。まさか知らないわけないでしょ』

「知ってます。

 でもですね、赤ん坊はあなたが言うように、生きてる人を恨んで、妬んで……祟るようなのじゃない。

 純真なんですよ、よくも悪くも。

 私は、一度も……一度だって、見たことが無い」

『……はあ』


 オカえもんは溜息をつくと、「やれやれ」といった感じで頭を掻いた。


『あー、あのね、君がそういうのが好きなのはわかったよ。

 でもそれは君の勝手な想像だろう?

 実際にいるかどうかも分からないものに怯えている人がいる。それで、僕の出番ってわけだよ。

 わかるかな?』

「勝手な想像なんかじゃ……」

『それに君ね、僕はプロなんだよ。その道のね。

 僕に頼んできた人たちを今までたくさん見てきたし、その人たちの悩みを解決してきた。

 そして彼らはみんな笑顔になったんだ。僕に感謝してね!

 ……だからさ、君みたいな素人が邪魔しないでくれる?』


 そして彼は一之瀬さんの方を振り向くと訊ねる。


「ねえ君、この子に何か言いたいことがある?」


 一之瀬さんは少し怯えたように首を横に振る。しかし、すぐに思い直したように答えた。


『はい……あの、実はわたしにもはっきりした姿が見えているわけではないんですけど、確かに感じるんです。

 自分の中に誰かがいるような気がして……。

 その子がわたしの中に入ってくるたびにすごく怖い気分になって……

 だから、先生に相談したかったんです』

『ふぅーん……』


 オカえもんは少しの間考える素振りを見せると、再び一之瀬さんに話しかける。


『あのさぁ君、君自身はこの子のことどう思うの?』

『えっ……』


 一之瀬さんは戸惑いの表情を浮かべた。


『どうって……いきなり……で、でも……』


 一之瀬さんは私のほうをみる。


『赤ちゃんが化け物じゃない、っていうのは……私も……そうなんじゃないか、って……』

『へえー』


 オカえもんは一之瀬さんの言葉を聞くと、なぜか満足げに笑った。

 そして聴衆に向かって手広げて言う。


『なるほどね。どうやら君は、いや君たちは水子に憑かれすぎて、思考まで操られているようだねー』

『……え?』


 一之瀬さんは戸惑った声を上げるが、オカえもんはそれを無視して続けた。


『もしかして子供は天使とか言い出す頭のユルいこと言っちゃってる?

 違うな。ガキほど残酷な生き物はいない。

 ガキが純粋無垢な天使ちゃんなら、虫とか生き物を平気で殺すか?

 幼稚園や小学校を見ろ、残酷に痛快にいじめの温床だ。躾なきゃガキは動物同然なんだよ』


 オカえもんの口調が変わっていた。フレンドリーな仕草はどこへ行ったのか、私への敵意を隠していない。まるで別人のようだ。


『……オカえもんさん?』


 一之瀬さんは不安げな声でオカえもんの名を呼ぶ。


『おっと、失礼。

 だけどさぁ、そういうのって気持ち悪いよね。

 なんで子供が大人より純粋なんだって話だよ。

 親に甘やかされて育った奴は、自分が一番偉くて何でもできると思ってるし、他人を思いやるってことをしない。

 自分さえ良ければそれでいいと思っている。まさに自己中そのものだ。

 いいかい、そんな子供が死んで肉体という枷から解き放たれたら、もう化け物になるのも当たり前だ。

 悪霊に理性なんてない。

 そして君はそういうものに憑かれている。

 水子は自分たちを守るために、思考を操作して君たちにそんなことを言わせているんだ。

 もう一度よく考えてみよう……』


 そしてオカえもんは再び一之瀬さんの肩に手を置く。


『君はどうしたい? 助かりたいのか、助かりたくないのか……』

『わっ……わたっ……わたしは……ただ……こっ、怖くって……でもっ……』

『うんうん』

『ほっ、ほんとは……い、嫌だけど……でもっ、このままじゃいけないって思ってるんですっ』

『うんうん』

『だから……だから……除霊をっ……お願いしますっ』


 一之瀬さんの目からは涙が溢れ出していた。


『そう、わかったよ。それじゃあさっそく話を始めようか』


 オカえもんは優しく微笑むと、彼女の肩を抱く。


 そして私を見て、言った。


『ねえ、お嬢ちゃん。

 お前にはさっきも言ったとおり大量の水子が憑いてる。

 俺の霊視では……』


 そして、信じられない事を言った。

 マイクに向かって、会場に響き渡るように。


『お前が堕ろした子供たちだよ、何人もいるぜ。

 ママ、なんで殺したの、次は殺さないでねって。

 よーく覚えとけよ、天ヶ崎高校一年三組、八坂奏』

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