第43話 

「……は? 一体、何が……」


 レンズの向こう側で二つの目がまばたきする。

 きょとんとした顔が俺を見た。男性が歯を食いしばり、がらんとした洞窟内にうめき声が響く。


「君ッ! 僕の式神に一体何をしたッ⁉」

「消してやった」

「はァ!?」

「だから消してやったんだよ。お前祓い屋だろ? 代わりに妖怪を対峙してやったんだ」

「ば、ばかなっ、そんな馬鹿なことがあるかッ! 一匹で街を滅ぼしかけた強力な妖怪だぞ⁉ それなのに、な、何てことを……っ!」


 篝がぎゅっと拳を固く握り締め、わなわなと体を震わせる。

 それも数秒。バッと仰いでレンズ越しに目が見開かれる。


 視線を追うと、天井の辺りで黒いもやが渦を巻いていた。


「あはっ、あはははははははっ! やっぱりだ! この僕が見出した妖怪だ! 凄いぞ! かっこいいぞーっ! この程度で終わる雑魚妖怪なわけがないっ!」


 歓喜の交渉も長くは続かなかった。すぐに篝の笑みが色あせる。


「何だこれは。拘束が解かれている? まさかさっきの一撃で術式にバグが生じたのか!?」


 男性が一人勝手に驚いてバッと振り向く。


「何てことしてくれてんだてめええええエエエエエエエエッ! お前のせいで、僕の儀式場が台無しだッ!」

「そうか。よかった」

「よくねえよォッ! もう駄目だ、だめっ、解き放たれるッ⁉ 東京はおしまいだぁっ」


 篝が頭を抱えてうつむく。

 

 地球ではよほど名を馳せた妖怪なのだろう。表ざたになっていない辺り、地震か何かの現象として歴史に名を残したのかもしれない。


 日本で奉られる神の大半は祟り神。なんて話を耳にしたのはいつのことだったか。捧げものをしないと地震や津波を起こしてうっとうしいから、清らかな乙女などを差し出して満足させたらしい。


 そんな存在、神でも何でもない。力が強くてどうにもならないから、それっぽい名前を付けてご機嫌を取っただけだ。グランアースで本物の神格を相手取った俺の敵じゃない。


 音もなく両手を重ね、手のひらを天井に向ける。

 全盛期には程遠いけど、あの程度の敵を葬るくらいわけはない。


 洞窟内の輪郭が破邪の光で暴かれる。一つに戻ろうとしていた黒いもやが輝きに消える。


 天井を眺めて一分ほど。

 黒いもやは発生しない。先程まで有った禍々しい霊力は感知できない。今度こそ完全に祓えたようだ。


「……霊力が、消え、た?」

「そうだな。じゃ白菊さんは俺が連れて帰るから」


 軽い調子で言い放って踏み出す。

 レンズ越しの目が見開かれた。男性が歯を食いしばる。

 

「何なんだよお前……何なんだよお前ッ!」

「二回も言わなくなって聞こえてるぞおっさん」

「あっ! さては僕のモアイをほふったのもお前だなッ! 許すまじッ!」


 篝が地面を蹴る。顔を憤怒でゆがめて腕を振りかぶる。


 軽く魔力を放った。

 頭一つ高い体が脱力したように足をもつれさせ、そのまま地面に伏す。


「拍子抜けだな。てっきり何かの術で応戦してくると思ってたが」

 

 さっき儀式場と告げていたし、ここに踏み入る前に霊力のほとんどを使い果たしていたのだろうか。単純に術が対人向けじゃなかった可能性もあるけど、地を舐めているおっさんに質問するのも面倒くさい。結局は物理最強だったってことにしておこう。

 

「猫田、それ生きてますの?」

「ああ。気を失ってるだけだよ」


 振り向いた先で青い瞳と目が合った。物陰から端麗な少女が顔を出している。繊細な指にはスマートフォンが握られている。


「うまく撮れたか?」

「ばっちりですわ」


 孔雀院さんが片目をつぶる。


 妖怪はスマートフォンのカメラには映らない。篝さんと白菊さんの間にあったことを話しても、警察を動かせるかどうかは疑問が残る。


 でも暴力行為は証拠として保存できる。きっちりと法律に触れる行為だ。地に伏せし男を白菊さんから遠ざけることができる。


「これでしばらくは白菊さんから遠ざけられるな。孔雀院さん、白菊さんのことは任せていいか?」

「ええ、任せなさい。わたくしの手で、頑固なお友達の目を覚まさせてやりますわ」


 孔雀院さんのことだ。特別作戦を立てたわけではないだろう。

 それでも整った顔立ちはみなぎる自信に彩られていた。

 

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