第41話

 孔雀院さんと肩を並べて女子寮に踏み入る。

 男子寮とは多少内装が違うようだ。微かながらもきらびやかで、凝ってるなぁと思いながら足を進める。


 白菊さんの部屋を訪問したことがあるらしい。孔雀院さんの歩みによどみはない。数分とせず目的の部屋の前にたどり着いた。


「じゃあノックしますわよ?」

「ああ」


 孔雀院さんが手を首をひるがえしてドアを小突く。

 カチャと音が鳴って隙間が開く。眼鏡をかけた女子が顔を覗かせた。


「あの、また来たんですか?」


 大人しそうな子だ。見るからに気後れしている。孔雀院さんのお嬢様オーラにあてられたのだろうか。

 

 俺に視線を振るなり、少女が驚いたように目を見張る。


「猫田さん。どうしてここに?」

「俺を知ってるのか?」

「ええ、まあ……」

 

 少女が視線を落とす。白い頬が仄かに茜色を帯びた。男性慣れしていないのだろうか。

 さすがに会話はできると踏んで口を開く。


「俺達は白菊さんに用があるんだ。いつ戻るか知らないかな?」

「白菊さんなら三十分くらい前に部屋を出て行きましたけど」

「どこに出かけたか知ってる?」


 少女がかぶりを振る。


「分かりません。門限までには帰って来るけど、出かける先までは教えてくれないから。でも篝さんって人と会うとは言ってました」

「篝さん、ね」


 お礼の言葉を残して部屋の前から遠ざかる。

 ロビーまで戻って、孔雀院さんとソファに腰を下ろす。


「これからどうする? 部屋の前で張り込むか?」

「ギリギリに帰って来る可能性もありますけれど」

「そうなんだよなぁ」

 

 ルームメイトの反応からして、孔雀院さんは何度も白菊さんのいる部屋を訪問している。

 にもかかわらず白菊さんとはろくに話せていない。偶然ではないとすれば、白菊さんが門限ぎりぎりを狙って女子寮に戻っていると考えられる。


 門限は男子女子共通だ。男子の俺は、階段を駆け下りて男子寮にある自分の部屋に戻らないといけない。魔法を使わないとそれなりの秒数が要る。


 女子の孔雀院さんも同様だ。同じ女子でも割り振られた部屋が違う。部屋の前で立って待つにも限度がある。


「校門前で待つか」


 俺にとってはその方が好都合だ。話を終えたら男子寮まで走ればいい。このまま女子寮で待つよりは時間を短縮できる。


「わたくしも行きます」

「孔雀院さんの部屋は女子寮にあるんだろ? 寮内で待っていた方が遅くまで待てるぞ」

「嫌です。一人で待つなんて退屈ですもの」

「そりゃそうだ」


 別の問題も発生しそうだし、孔雀院さんにも付いてきてもらった方がいいか。


 孔雀院さんは人気者だ。彼女一人で待たせると、廊下を歩く女子がお近づきになろうと声をかけるかもしれない。


 人とのつながりを重んじる孔雀院さんのことだ。白菊さんが戻ってきても、話し途中の女子生徒を放ってはおけないだろう。話すタイミングを逃す図が容易に思い浮かぶ。


 二人で女子寮のエントランスを後にする。空はすでにオレンジ色。後から滲んだ藍色が明るみを侵食しつつある。

 門限は近い。白菊さんもそろそろ帰路をたどっている頃だろうか。


 校門前で足を止め、孔雀院さんと言葉を交わしながら白菊さんとの帰宅を待つ。


「失礼、ちょっと時間もらえないかな?」

 

 突如男性に話しかけられた。切れ長の目に冷たい風貌。身なりは長いコートが垂れているものの、その立ち姿には隙がない。


 一目で分かった。

 この人は一般人じゃない。日常的に戦場に身を置いている人だ。


 俺は孔雀院さんよりも一歩前に出る。


「何でしょうか?」

「白菊雪莉華さんを呼んできてもらえないかな? 至急伝えておきたいことがあるんだ」

「失礼ですが、あなたはどこの誰ですか?」

「ああ、これは失礼。子供だからと言って礼を欠くべきではなかった」


 男性がコートの内側に手を入れる。

 内ポケットから引き抜かれたのは名刺入れ。カードには探偵事務所と名前が記されている。


「柳さんですね。とても探偵ってふうには見せませんが、俗にいうフロント企業ってやつですか?」


 男性がきょとんとする。失笑が空気を震わせた。


「人を失礼と言うわりに無礼な子だな。人を暴力団の人員扱いするなんて」

「お互い暇ではなさそうですし、単刀直入に言います。柳さんは見える人ですか?」


 切れ長の目が微かに見開かれる。小首を傾げる孔雀院さんをよそに、柳さんの口元が違う意味で弧を描く。


「ああ、それは本当に失礼した。君はそっち側の人間なのか。それなら話は早い。こちらの知り合いに篝という男がいる。以前から不穏な動きが見られてね、こちらの方で行方を追っているんだ。最近この近辺で目撃されたのだが、居場所を知らないだろうか?」

「行方は知りませんが、篝ですか」


 柳さんの眉がぴくりと跳ねる。


「何か心当たりが?」

「はい。白菊さんが篝って人とどこかに出かけたって話を聞きました」

「遅かったか」


 コート姿が踵を返す。


「邪魔をしたね。もし白菊さんに会ったら、篝という男を信じるなと伝えておいてくれないか?」

「会ったら伝えておきます」

「ありがとう」


 柳さんが足を前に出す。何らかの力を使っているのか、コート姿がスポーツ選手じみた速さで小さくなった。


「あの、つまりどういうことですの?」

「白菊さんが危ないってことだよ」

「きゃっ⁉」


 孔雀院さんの手首を握り、強引に外壁の裏まで引きずり込む。


「と、突然何をするんですの! びっくりするではありませんか!」

「いいからそこに立ってろ。今から白菊さんを探す」


 華奢な体を隠れみのにして術式を展開。白菊さんの捜索を試みる。

 霊力と魔力は似て非なるものだが、同じ力であることに変わりはない。俺の術式に組み込まれた『魔力』の概念を『霊力』に置き換えれば事は済む。


「関数置換、完了」


 頭の中に一つの座標が浮き上がる。


 不穏な動きというのが何かは知らないが、女学生をこんな時間まで連れ回すような大人だ。どのみちろくなものじゃない。


……孔雀院さんを連れ回す俺も似たようなものか。


「白菊さんの居場所が分かった」

「本当ですの!?」

「ああ。門限には間に合わないけど俺は行く。孔雀院さんは――」

「部屋に戻れなんて言ったら引っ叩きますわよ」

「いい返事だ。行くぞ」


 校門の外へと靴先を出す。両町に叱られることを覚悟で手足を振った。

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