第40話
俺は一人スマートフォンをタップする。
時刻は放課後。他の生徒は部活動に精を出している。
本来の予定では、俺も部活動に励むつもりだった。運動部は華だ。バスケやサッカー、種目はとにかく何でもいい。活躍して女子にもててバラ色の学生生活を送る。そんな未来を思い描いていた。
しかし最近気づいた。俺が全力を出すとつまらなくなる。出力を調整して周りになじむことはできるけど、そうなるとプレイは全部手加減ありきだ。フィールドの上で舐めプぶっこくのを青春とは呼びたくない。
そんなわけで所属する部活も決まらなかった。俺は誰もいない中庭で独りスマートフォンをいじっている。
遠くから聞こえるかけ声が遠い。別次元の世界で起こっているできごとに感じる。胸の奥で強烈な疎外感と寂しさがわき上がる。
白菊さんは、ずっとこんな思いを抱いていたのだろうか。
「ちょっと」
聞き覚えのある声を聞いて顔を上げる。
孔雀院さんがぷんぷんとした雰囲気を醸し出していた。
「どうしてここに来たんだ?」
俺はずっと画面をタップしていた。孔雀院さんとやり取りをしていたんだ。わざわざ顔を合わせて話さなくても言葉を交わせていた。直接会うことにメリットがない。
「どうして来てはいけませんの? お互い校舎にいるのですから、面と向かって話をするのは当然ではなくて?」
「おいおい、さっき説明しただろ? 俺達が二人で話してると変なうわさが立つんだって」
「そんなものどうでもいいですわ。わたくしは一切気にしません」
「俺が気にするんだ」
「どうしてあなたが周りの目を気にしますの?」
「どうしてって、そりゃするだろ。孔雀院さんといると悪目立ちするんだから」
孔雀院さんの周りに人が集まることは望ましいことだ。俺もそうなればいいとは思っていたし、命を懸けて術式の試運用に貢献してくれた。その分だけ幸せになってくれても罰は当たらないと思う。
だからといって、それが俺にプラスとして働くかどうかは別の話だ。
付き合ってるとか恋愛対象だとか、意識してないことを周りから言われるのはうっとうしい。周りが孔雀院さんを狙っているだけに結構絡まれる。今のところ俺に本命はいないけど、そういう空気は御免だ。
孔雀院さんのぷんぷんとした表情が鳴りを潜める。
「猫田は、わたくしのこと嫌いですの?」
「そうじゃないよ」
「だったらいいではありませんの」
「お前俺の話聞いてたのか?」
「聞いています。だから言っているのです。重要なのは周りがどう思うかではなく、あなたがどう思っているかではなくて? こんなこと、学園に入学する前のあなたならば分かっていたはずでしょう?」
言い返せない。ぐうの音も出ないほど正論だった。
後悔しないように全力を尽くす。そう言ったのは他でもない俺じゃないか。それなのに今さら周りの目を気にしてどうする。
部活のことはいい。全力で取り組めない以上、手を抜いてスターを演じても誰も幸せにならない。
でも白菊さんは違う。俺は彼女に借りがある。白菊さんも誰かとのつながりを欲していた。だったら初めましてから入ればいいんだ。そこに他者を介在させる余地はない。周りに溶け込むことに一生懸命で、いつの間にか忘れていた。
学校で浮かないように振舞うのも大事。
しかしそれ以上に、後悔しないように動くのが最優先だった。
「いや、驚いたよ。まさか孔雀院さんに説教されるとは」
「失礼な物言いですわね。いつまでわたくしを下に見ていますの? わたくし達は同級生なのですわよ?」
「そうだな、悪い。ちょっと調子に乗った」
孔雀院さんが目をぱちくりさせる。
「猫田、あなた謝れましたのね」
「失礼な。孔雀院さんは俺を何だと思ってたんだ?」
「上から目線で説教を垂れる意地悪な殿方ですわね」
「大体合ってる」
孔雀院さんの教師気取りはもう終わりだ。
俺はベンチから腰を上げ、スマートフォンをポケットにしまう。
「何にしても、孔雀院さんの言う通りだよ。やりたいことが決まってるなら、他者の目なんて気にしてる場合じゃないよな」
「やっとらしくなりましたわね」
孔雀院さんがふっと微笑む。
心なしか、孔雀院さんが嬉しそうに見えた。
「白菊さんがどこにいるか知ってるか?」
「たぶん寮の部屋ですわ。いつも放課後になるとすぐ下校しているようですから」
「分かった。俺はこれから部屋を訪問しようと思うんだけど、孔雀院さんはどうする?」
「わたくしも行きます。雪莉華には、一度きっちり言ってやらないと気がすみません」
「決まりだな」
口角を上げる。孔雀院さんも不敵に口端を吊り上げた。
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